曖昧過ぎる来訪目的
「君が魔王…ガンダルクだと?」
さすがのプローノにも、泰然としていられる限度はあったらしい。
ルクトとガンダルクの告白に、椅子を求める姿が何とも苦しげだった。
(おいアミリアス。下の階は大丈夫だよな?)
『もちろん。階下だけでなく外壁もチェックしてます。ご心配なく。』
壁際に立つルクトは、縮めたままの二番刀をこっそり壁に刺していた。
建物はしっかりと地面につながっているので、これだけでアミリアスが
ガルデン大要塞の全体を感知魔術でフォローできる。何と言っても、
場所も話題もリスクが高い。だから誰かに聞き耳を立てられないよう、
最低限の警戒をする措置だった。
やがてプローノは、どうにか呼吸を整えたらしい。あらためて顔を上げ
きっかりとガンダルクを見据える。
「…君が30余年に渡ってまったく歳を取っていない事実を鑑みれば、
少なくとも人間でない事は分かる。しかし、まさか先代の魔王とは…」
「いや、別に人間じゃないってわけでもないんだけどね。」
「面倒な話を加えるなよ今は。」
「ゴメンゴメン。」
ルクトの苦言にちょっと舌を出し、ガンダルクはプローノの向かい側の
椅子にそっと腰を下ろした。
「確かに、魔人の中にも長命な者はいくらでもいる。レメントみたいに
人間そっくりの姿を持って生まれる者もね。だから姿が変わらないって
だけで、あたしがガンダルクなんだという証明にはならないよね。」
「まさか、ここで往年の力の一端を見せるとでも言う気か?」
「いやいや、ないない。」
身を硬くしたプローノの言葉に、ルクトもガンダルクも苦笑する。
「心配しなくても、あたしにそんな力はないよ。もし往年の力を今でも
使えたなら、あんな岩人形ごときは指二本で砕いてた。」
「そ、そうか…」
何とか納得したらしいプローノが、ホッと息をつく。
いつの間にか眼前の相手がガンダルクという事実を認めてしまっている
彼の口調が、ルクトは何となく少し可笑しかった。
================================
「まあ、もう今さら疑っても仕方のない話だな。」
プローノが落ち着きを取り戻すのは早かった。
「百年前の戦いで勇者グレインの手で討たれ、人間に転生した。そして
その姿のまま百年もの歳月をずっと過ごしてきた。にわかに信じ難いが
疑う理由もない。それに…」
「それに?」
「往年の力を失っているのならば、ただちに今この場で脅威になるとは
思えないしな。」
「にゃはははは、確かに!」
楽しげに笑うガンダルクに対して、プローノも小さな笑みを返す。
やがて表情を引き締めた彼は、壁際に立つルクトに視線を向けた。
「…それで、君は?」
「君は、と言われますと?」
「彼女をガンダルクと知ってもなお行動を共にし、そしてここの兵士を
軽くあしらえるだけの力量の持ち主だ。少なくとも只者ではあるまい。
ここまで来たのだから、何者なのか教えてはくれまいか?」
「分かりました、プローノ将軍。」
答えて歩み出たルクトは、胸当てに手を添えて居住まいを正す。
「初めまして、ルクト・ゼリアスと申します。以後お見知り置きを。」
名乗る口調に、躊躇いはなかった。
================================
「ルクト・ゼリアス…と言うと…」
何かに思い当たったらしいプローノの手が、机の上に束ねられていた
書類を手に取ってパラパラと捲る。やがて中ほどの一枚に目を留め、
その書面とルクトの顔を見比べた。
「やはり、少し前に国からの通達が来ていたな。…勇者メリフィス殿の
パーティーから追放された人魔だとあるが、君がそうなのか。」
「そのとおりです。」
「なるほど、その強さは人魔の呪いあっての事と…」
「俺の剣の腕は、努力の賜物です。そこはご理解ください。」
食い気味にそう言い放ったルクトの剣幕に、プローノは一瞬黙った。
やがてその顔に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「これは失礼した。許してくれ。」
「いえ…こちらこそ。」
「ま、そういう事なのよね。」
割って入ったガンダルクが、2人の顔を見比べながら告げる。
「メリフィスのパーティーを追い出されたルクトにあたしが声をかけ、
岩人形を倒してもらったってわけ。ようやくって感じだったよ。」
「それで…お宝というのも手に入れられたのかね?」
「ええ。……まあ、そこそこ厄介な代物ではありますが。」
突き立てた二番刀を背に隠しつつ、ルクトは言葉を濁した。
「むしろ俺は、ガンダルクがやろうとしている事に共感したからこそ、
一緒に旅を続けてるんです。このガルデンへ来たのもそのためです。」
「やろうとしている事…とは?」
「まあ、もうちょっと世の中をマシにできないかなーって話ね。」
「いやすまん、よく分からん。」
助けでも求めるように、プローノがルクトに視線を戻した。
「人の世界を滅ぼしたいなどと言い出さないのは大いに助かる話だが、
マシにできないかと言われても正直困る。私に何を求めているのか?」
「まあ…そうですよね。」
曖昧な言葉を返し、ルクトが大きく肩をすくめる。
「正直言って、俺自身もよく分かりません。何をどうしたらいいか。」
「は!?」
「ついでに言うと、あたしもね。」
「…はあ?」
ルクトに倣うかのように肩をすくめたガンダルクの言葉に、プローノは
ポカンと大きく口を開けて呆ける。
あまりに毒気の抜け切ったその顔を見た2人が、思わず笑い出した。
呆気に取られていたプローノも、やがて堪え切れない態で笑い出す。
勇者パーティーを追放された剣士。
人間に転生した百年前の先代魔王。
そして大要塞の兵士を統べる将軍。
あまりにも異様な三者は、いつしか笑い合うまでに打ち解けていた。




