プローノ将軍のもとへ
ラジュールの案内で向かったのは、街の中央に屹立している大きな塔…
のさらに北側の小さな塔だった。
「ああうん、そうだよね。あんまりあからさまな所にはいないよね。」
納得したような口調でガンダルクがそう呟く。
司令官の存在はある意味、何よりも優先すべきもの。だとすれば万一の
事態に備え、いかにもな場所への滞在は避ける。戦術の基本だろう。
並んで歩くルクトも、それには全面的に同意だった。
「…まあ、別にそこまで深い意味はないんだがね。」
ラジュールが振り返り、苦笑気味にそんな言葉を返す。
「司令塔は、昔からここにあった。要塞として街が拡張されていき、
それに伴って中央塔が建てられたんだ。もちろん司令部を移築する事も
計画されてはいたんだが、何となくそのままで今に至っている。」
「あぁー、なるほど…」
「割と適当なんですね。」
「ガルデンらしいと言えば、確かにらしいって話だよ。」
そんな言葉を交わすうちに、3人は塔の入り口まで到達していた。
入口の衛兵にラジュールが説明し、やがて門が開けられる。
そこでふとルクトは、ガンダルクの表情が何となく硬い事に気づく。
いつも飄々としている彼女からは、あまり想像できない形相だった。
「そんなに緊張するのか?」
「ちょっとね。もしかして意外?」
「…意外と言えば、意外だな。」
ルクトの声には、独特の実感が込められていた。
================================
外から見るよりも塔の内部は広い。そして整理されていた。
防具や資材などが整然と並べられ、中央あたりに上に続く階段がある。
「将軍は4階だ。それで…」
階段の真下まで案内してそう言ったラジュールが、そこで言葉を切る。
「通例で言えば、俺が同伴するのは当然なんだが。」
「できれば、あたしたちだけで会いたいんですよね。」
「……」
ガンダルクの言葉に、ラジュールはすぐには答えなかった。
あえて言葉を挟まず、ルクトは次の言葉をじっと待つ。
彼が同伴するというのは、限りなく当然の話だろう。
素性も定かでない人間をこの要塞の司令官の下に招き入れている以上、
いざという時には武力で対処する必要に迫られるからだ。誰の目にも、
その理屈は明白そのものだろう。
しかし、実際に自分たちが凶行に及んだとすれば、どうなるだろうか。
率直に言って、ラジュールに自分を止められるだけの武の力はない。
将軍との2人がかり…という運びになったとしても、ここまで2人を
連れて来ている時点で、すでに彼の失態は致命的なものになっている。
いくら何でも、彼がそこまでを全く考えていないなどという事はない。
今この場所に将軍がいないのなら、それはあまりにも短絡的な罠だ。
無駄に自分たちを怒らせ、自身のみならず将軍をも危険にさらす。
たった一人で案内してくれたのは、それなりに信用を得ているから。
手前勝手かも知れないけれど、そう信じたい。なら、彼の返事は…
「分かった。」
少しの間を置いて頷いたラジュールの声に、迷いはもうなかった。
「俺は2階で待つ。他の兵たちも、同じく2階で待機させる。ただし、
その旨は将軍に伝えておく。それは別に構わないよな?」
「もちろんです。」
そう言って、ルクトは頭を下げた。
「無理ばかり言ってしまい、本当に申し訳ありません。」
「いや、いいよ。君らを信じたのは俺だ。その事実は受け入れる。」
「ありがとうございます。」
珍しく居住まいを正したガンダルクも、そう言って頭を下げる。
驚いたものの、ルクトにはその様子はさほど不思議には見えなかった。
================================
急な階段をゆっくりと上る。
直前の約束どおりラジュールは2階に留まり、他の兵も順に降りる。
どうやら、上階にいる将軍にはもう話もついていたらしい。
さらに上ると、もう人の気配もほぼ感じられなくなっていた。
外から見た印象どおり、4階は最上階だった。
上り切った場所は下の階よりもいくぶん狭くなっており、入口扉も少し
小さな両開きの型に変わっている。考えるまでもなく、この向こうが
将軍の在所なのだろう。ルクトは、あらためて背筋を伸ばした。そして
その傍らに立つガンダルクもまた、少し表情を引き締める。
「失礼します。」
そう言って、ルクトはゆっくり扉を開けた。ガンダルクを外に待たせ、
まずは自分だけが中に入っていく。
室内は、思ったほど広くなかった。調度なども予想以上に質素であり、
権力者の部屋といった印象がない。
ざっと見回したルクトの視線が、壁際に佇んでいる人物を捉えた。
ルクトよりも少し背の高い男性が、じっとこちらに目を向けている。
落ち着いた佇まいながら、その気配はまさしく武人のそれだった。
ちらりと見れば、額の左側に大きな古傷の痕があった。
「…君か、ラジュールたちを一人で負かしたカル君というのは。」
「はい。初めまして。」
「聞いていたよりもさらに若いね。その歳で大したものだ。」
「光栄です。」
賛辞の言葉に、ルクトは軽く頭を下げる。どうやら現時点で悪い感情は
持たれていないらしい。それだけは確信が持てた。
「それで?」
姿勢を崩さず、男性―プローノ将軍はルクトに問いかける。
「君がここに来たのは、兵士募集に応募したのではなく、ただこの私に
会うためだと聞いた。それと…」
言いながら、彼の目が入口扉の方に向けられた。
「確か、女の子の連れが一緒のはずだったね。待たせているのか?」
「ええ……」
ルクトはちょっと言いよどむ。
「実際のところ、将軍に本当に用があるのは連れの方です。」
「そうなのか?なら早く呼びたまえよ。何か遠慮でもしているのか?」
「いえ、そういう訳ではないです。ちょっと事情がありまして。」
「何だ?」
「驚かないで下さい…っていうのは変か。まあとにかく、呼びます。」
「?…ああ。」
怪訝そうなプローノを残し、ルクトは扉の方に声をかけた。
「いいぜ、入って来てくれ。」
「はーい。」
「…?」
扉越しの声に、プローノの左の眉がピクリと上がった。ほどなく扉が
再び開き、ガンダルクがゆっくりと足を踏み入れる。
「失礼しまーす」
「…………!?」
面接に望むような口調でそう告げて視線を向けてきたガンダルクに、
プローノは大きく目を見開いた。
「君は…確か……」
必死に記憶を探っていたらしい彼の双眸が、あらためてガンダルクを
しっかりと見据えて止まった。
「…レムリ、だったか!?」
「そうです。お久し振り。」
「いやしかし、そんな馬鹿な!?」
ついさっきまでの落ち着きはどこへやら、プローノは混乱していた。
そんな相手の反応に、ガンダルクは困り顔で笑う。
傍らでやり取りを見守るルクトも、同じように苦笑を浮かべていた。




