剣を持つ者たちの道
「では始めようか。」
そう告げたラジュールが、携えた剣を静かに構える。先の2人と比べ、
限りなく自然体に近い構えだった。それを目の当たりにしたルクトも、
手にした剣をしっかりと構える。
事実上、この場での模擬戦はこれが最後になるだろう。それは確実だ。
だからこそ今回は訓練用ではなく、刃引きのみを施した剣が渡された。
決定的な殺傷力こそないものの、当たり所が悪ければ即死である。
それまでとは違う張り詰めた空気を感じ、場の人間たちは黙り込んだ。
数秒の静寂ののち。
「始め!!」
ゼンダの放った号令と共に、2人は一気に踏み込んで間合いを詰めた。
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ガキィン!!
刃同士がぶつかる耳障りな音が響き渡り、その場で2人が踏み込んで
鍔迫り合いの格好になった。互いの顔を見据える視線が一瞬交錯する。
と、次の瞬間。
「…ッ!?」
わずかに身を引いたルクトの体が、ラジュールの視界から消失した。
いきなり斬り合いの相手を見失ったラジュールは、素早く剣を構え直し
あわてて周囲を目で薙ぐ。しかし、ルクトの姿は忽然と消えていた。
「ど、どこへ行った!?」
いない。しかし代わりに視界に入る兵たちは、形容しがたい表情のまま
こちらを見ている。…いや、自分をではなく、自分の後ろを見ている。
まさか!?
とっさにラジュールは、剣を持つ手をぐっと斜め前に伸ばす。明らかに
不自然なその体勢はしかし、ルクトの位置を捉えるには十分だった。
もちろん、伸ばした手の先には誰もいない。その代わり、寝かせた刃に
ラジュール自身の背後が写り込んでいたのである。さらにその背後に
ぴったりと体を寄せている、ルクトの姿も。
「おっと。」
『そう来ましたか、妙手ですね。』
場にいる人間の意識から外れていたガンダルクが、アミリアスを相手に
小声で言葉を交わしていた。
「今の、何秒くらいいけてた?」
『4秒です。』
「…ま、3日の訓練ならそんなもんかな。初めてにしちゃあ上出来。」
納得したように頷いたガンダルクの目が、あらためてルクトに向く。
「んじゃ、決めろルクト。」
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ギシュッ!!
先ほどの刃の衝突音とは全く違う、さらに耳障りな金属音が走った。
思わず耳を塞いだ兵たちも、音が生じた原因ははっきり目にしていた。
ラジュールが、体ごとグルリと向き直ったその瞬間。
死角から音もなく駆け出たルクトの剣が、彼の胴を守る防具の表面を
一気に擦り抜けたのである。ルクトはそのまま距離をとり、あらためて
ラジュールに向き直った。そして、何も言わずにゆっくり剣を下ろす。
先の2人とは異なり、ラジュールはまだそこに立っていた。ダメージは
特に見受けられず、もちろん意識を失ってもいない。
しかし彼もまた、構えていた剣を静かに下ろした。そして何も言わず、
そっと自分の防具に手を当てる。
刃引きされていたはずの剣の刃が、彼の防具の表面に細い筋のような
溝を刻んでいた。その中央あたりはもう、ほとんど穴が開いている。
一瞬の交錯で、ルクトの一閃は彼の防具を鮮やかに削っていた。
もしこれが真剣だったなら、今ごろラジュールの体は胴部分で鮮やかに
両断されていただろう。誰の目にもその事実は明らかだった。
「…なるほど、凄まじいな。」
深々と刻まれた溝を中指で確かめ、ラジュールは苦笑まじりに言った。
そして、目の前で直立するルクトに向き直って告げる。
「俺の負けだ。…どうやら君の技量は、その特異な戦い方を除いても
剣技だけで我々を圧倒できるレベルらしい。身にしみて理解したよ。」
「ありがとうございます。」
「いや、礼を言うのは我々だ。」
頭を下げようとするルクトを制し、ラジュールは兵たちに向き直る。
「お前たちも、もう文句ないな?」
「………」
誰も言葉は返さなかった。
しかし2人を見つめる彼らの顔に、もう敵意のような色はなかった。
ここは、腕がものを言う世界だ。
少なくとも、このガルデン大要塞の中に広がっている世界では、人より
わずかでも優れた武の力こそが真に求められている。そのはずだ。
その意味では、ルクトの態度は別に無礼でも何でもなかった。
この場の”甘さ”を揶揄できるだけの力を、彼は確実に持っていた。
自分たちが及ばない事実を、卑怯だの何だのという言葉で塗り潰すのは
絶対に許されない。そんな者など、もはや兵とは呼べない存在だろう。
結果だけ見てみれば、今回もルクトの圧勝に終わった。
それでもこの闘技場で武の力を研鑽する者たちにとって、何かしらの
学ぶべき要素のある戦いであったと思いたい。
「…よし。それじゃしばらくの間、それぞれで訓練を続けておけ。」
「了解です!」
揃った声が返ってきたのを確かめ、ラジュールはあらためてルクトたち
2人の方に向き直った。
「では、要望どおりプローノ将軍のもとに案内する。」
「お手数をおかけします。」
「念のためひとつだけ訊いておく。かまわんか?」
「何でしょうか。」
「将軍に恨みがあるとか、そういう用件じゃないよな?」
「もちろん違いますよ。」
即答を返すルクトは、可笑しそうに笑って手を振った。
「ちょっとばかり、込み入った話がありまして。…なあ?」
「にゃはははは、そうそう。」
乗っかるようにガンダルクも笑う。
嘘のように軽くなった彼ら2人の口調に、ラジュールも笑みを返した。
「心配なさそうだな。…なにぶん、俺も管理職だからね。」
「色々すみません、本当に。」
「なあに、こちらこそ貴重な経験をさせてもらえたよ。」
愉快そうに言い放ったラジュールが歩き出す。
すでに門は開けられ、訓練兵たちは剣を手に訓練を再開していた。
その誰もが、もうルクトたち2人に視線を向けようとはしなかった。
最後に彼らに軽く会釈した2人が、ラジュールと共に場を後にする。
それと同時に門が閉ざされ、掛け声は途端に小さくなった。
「んじゃ、よろしく。」
「ああ、ついて来てくれ。」
仰ぎ見れば、いつの間にか空の雲はほぼ無くなっている。
そんな大要塞の午後だった。




