時代遅れか否か
「…確かに街、だよな。」
「そうね。」
『歪な場所ですねえ…。』
年配の案内人に連れられて足を踏み入れた要塞の通りを歩きながら、
ルクトたち3人はそんな言葉を交わしていた。
決して大きくはないが、間違いなくここはかつて街だった場所だろう。
そんな風に思わせる造りが、殊更に要塞としての歪さを強調している。
どこも石造りになっており、さすがに堅牢な防衛拠点たる印象は強い。
しかし、道の組み方などに関しては普通の街だった頃のそれをそのまま
流用しているらしく、侵入してきた者を迷わせるような構造ではない。
率直に言って、中に入り込まれたらかなり厳しい状況になるだろう。
攻城戦の経験などほぼ無いルクトでさえ、その事は想像できた。
道を往く者は、さすがにその大半が男性だ。もちろん兵士なのだろう。
しかし、武装していない者の割合が思ったよりも高い。平時とは言え、
まったくの平服で談笑しながら歩く若者の姿が、嫌でも目に付く。
「………」
「こんな状況でいいのか、と思ってるかい若いの?」
「ええ、多少は。」
「だろうな。」
振り返って問いかけた案内の男は、ルクトの答えに苦笑を返した。
「正直、俺もかなりそう思ってる。だが、やっぱり時代ってものには
抗えない時もあるんだよな。」
「時代、ですか。」
どこか実感のこもった男の言葉に、ルクトもガンダルクも耳を傾ける。
「俺はここに赴任してもう長いが、激戦と呼べそうな戦いなんてのは
ほとんど記憶に無いな。正直な話、あんまり現実味がない。と言っても
別に世の中が平穏でないのは知っての通りだ。それがどうにも、な。」
「…もしかしてここはもう、時代に取り残された場所なんですか?」
「お、はっきり言うね嬢ちゃん。」
遠慮のないガンダルクの言葉にも、男は苦笑を崩さなかった。
「そうかも知れん。勇者に冒険者。今の世の中を左右しているのは、
ああいう個の力が強い連中だよ。…何だったか、王のお気に入りの…」
「メリフィスですか?」
「そうそう、それ。当代最強だとかいう勇者な。もしもいずれ魔王を
倒したりすれば、いよいよこの要塞も用済みだ。今さらだけどなあ。」
「……」
「いや、悪い悪い。ちょっと士気を下げちまったな。せっかくここまで
足を運んでくれた人間に、わざわざ聞かせる愚痴じゃなかった。」
黙ってしまったルクトたち2人に、男がそう詫びた。
しかしガンダルクは笑みを浮かべ、小さく首を振って答える。
「いえいえ、そういう話も大事だと思います。少なくともあたしは。」
「…そうかい?」
「立派な建前を聞いてるだけじゃ、見えるものも見えなくなってくる。
愚痴だろうが何だろうが、その場にいる人の言葉ってのは大事でしょ?
それを聞こうともしない為政者なんて、ロクなもんじゃないですよ。」
「言うねえ嬢ちゃん。大物だよ。」
「にゃはははは。それほどでも。」
「…大物…ねえ。」
妙に盛り上がる男とガンダルクとの会話を傍らで聞きながら、ルクトが
実感のこもった声でポツリと呟く。アミリアスは何も言わなかった。
あれこれ話しているうちに、一行はひときわ大きな門の前に来ていた。
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「さてと、まずはここで腕試しだ。もちろんそのつもりだよな?」
「ええ。」
「…一応聞いておくが、嬢ちゃんはどうするつもりだ?」
「あたしは単なる付き添いです。」
「だよなあ、うん。」
納得顔で頷いた男に、ルクトが念のために質問する。
「ちなみに雇ってもらえたとして、女性同伴でもかまいませんよね?」
「ああ、もちろんそれは大丈夫だ。所帯を持ってる奴も住んでるよ。」
「やっぱり。」
ここまで歩いてきた中で、そこそこ状況は把握できていた。
どう見ても場に相応しくない子供の姿もあれば、来訪者とは思えない
場に馴染んだ女性の姿も見かけた。さらに言えば、通りの向こうには
娼館とおぼしき建物もあった。
いいか悪いかは別にして、ここでは女性の存在も当然になっている。
もちろん割合的には圧倒的に少ないものの、異質というわけでもない。
これもまた、百年以上に渡ってこの地に在り続けたガルデンの現実だ。
魔王が再臨した今、この現実がどこまで許容されるのかは分からない。
誰にも確かな事は言えないだろう。むろんルクトにもガンダルクにも。
今は、目の前の目的のためとにかく動く。できる事はそれしかない。
ガンダルクがここにいる事に理由を求められないという事実だけでも、
僥倖と捉えるべきだろう。ルクトはすでに、そう割り切っていた。
「じゃあ、模擬戦ですか。」
「そうだな。ちょっと待ってくれ。話をつけてくるから。」
「お願いします。」
男が門の脇の詰め所に向かう間に、ルクトはガンダルクに声をかける。
「念のために聞いとくぞ。」
「うん?」
「俺がここで働くって選択は、お前としては望ましくないよな?」
「もちろん。」
ガンダルクは即答した。
「…あのおじさんはいい人だけど、ここで何か進展するとは思えない。
グダグダと馴れ合うよりは、目的を果たして別の場所に行きたいよ。」
「だよな、分かった。」
「待たせたな。じゃあこっちだ。」
走って戻ってきた男の言葉と共に、目の前の扉が開かれていく。
視界に入ったのは、闘技場だった。ここまでの雑多な空気とは明らかに
一線を画する、戦う者特有の熱気がかすかに感じられる空間。
「…よし。」
小さく息をついたルクトは、傍らのガンダルクに言った。
「んじゃ、まずは腕試しだな。」
「ここ数日の成果を見せてよ。」
『期待してますよー。』
「任せとけ。」
小さく笑ったルクトが、迷いのない歩調で足を踏み出す。
パッと開けたその頭上は、雲の隙間から青空が覗き始めていた。




