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追放剣士とお気楽魔王~自由な奴らが世界を変える~  作者: 幸・彦
第一章 追放と出会いと
3/703

レムリという少女

翌朝は冷え込んだ。

しかし夜通し歩いていたルクトに、疲れの色などは全く見えなかった。

ただただ、同じ歩調で歩き続ける。まるで追い立てられるかのように。


すっかり日も昇った頃。

初めてルクトは立ち止まり、小さく息をついた。そして空を仰ぎ見る。

他に行き交う者さえいない街道で、その影はポツンと儚げだった。


どのくらいの間、そうやって佇んでいただろうか。やがてルクトは、

意を決したように足を踏み出し…


「ねえ、ちょっといいかな。」


背後から投げられたその言葉に、踏み出しかけていた足が止まった。

女性の声だった。

答える代わりに、ルクトはゆっくりと振り返って相手に目を向ける。


そこに立っていたのは、自分と同い年くらいの少女だった。


================================


あえて何も答えず、ルクトはじっと相手の姿を観察した。


肩より少し上で切り揃えられた、明るい茶色の髪。

動きやすそうな皮の軽装で、申し訳程度のダガーを腰に携えている。

冒険者と呼べなくもない出で立ちではあるものの、違和感の塊だった。


「ねえ。」

「…?」

「いきなり睨まないでよ。」


言われて初めて、ルクトは相手を無遠慮に睨んでいた事に気づいた。

あわてて視線を逸らした瞬間、不意に違和感の正体に思い当たる。

そうか…


「…お前、昨夜のあの店にいたよな?確か窓際の席に…」


口に出した事により、その心当たりは確信へと変わった。


そうだ、間違いない。

誰もが尖った視線を投げる中、この女だけはこっちを()()()()()()()

あんな状況だったからこそ、はっきりと憶えているのかも知れない。

しかしルクトのそんな思考は、続く少女の言葉によって断ち切られた。


「へえ、ちゃんと気づいてたんだ。さすがは勇者パーティーの一員。」

「………」

「あ、ゴメン。もうあのパーティーの一員じゃなくなったんだよね。」


今度は明確な意思を持って、ルクトは目の前の少女を睨みつけた。

不愉快な出来事をことさらに思い出させるその存在が、煩わしかった。

しかしルクトが鋭い視線を向けている理由は、怒りだけではなかった。

少女が警戒すべき相手であるという思いが、確かに胸の中にあった。


どうしてこいつはここにいる。

俺に用があるってのは分かってる。どうしてというのは理由じゃない。

どうやってここにいるのか、手段の話だ。


俺は一晩中、ずっと休まずに歩いていたはずだ。それもかなり速足で。

この女はそんな俺に、馬にもライドラグンにも乗らずついて来たのか。

息も切らさず、何よりこんな場所で俺に気づかれる事もなく。

見た目どおりの相手ではない。それは明らかだ。


何も言わず、ルクトは相手をじっと凝視していた。


================================


「…それにしても、アレはちょっとヒドイよねえ。いくら何でもさ。」


張り詰めた沈黙を破ったのは、少女のそんな言葉だった。

あまりにも何気ないその口調に、ルクトは思わず素で問い返す。


「アレって何だよ?」

「ルクト君だっけ?君に対しての、あの勇者たちの言い草よ。」

「……」


ある意味当然の話題でありながら、なぜかルクトはそれを振られるとは

まったく考えていなかった。無警戒な心に、嫌な思い出が鮮明に蘇る。


「そりゃ不機嫌にもなるよね。うんうん、分かる分かる。」

「余計なお世話だ。」


苛立つルクトの口調は、今まで以上に刺々しいものになりつつあった。


「俺が不機嫌だと分かってるなら、今その話を蒸し返すな。」

「いやあ、ちょっと心配になってさ。」

「何がだよ。」

「もしかして君、このまま魔王の元に殴り込む気じゃないかってね。」

「………」


返す言葉に詰まってしまったルクトの顔を見て、少女は納得顔で頷く。


「あーやっぱりね。とりあえず今はやめようよ。無駄死にするよ?」

「何でお前に言い切れるんだよ。」

「やっぱり否定しないんだ。この先って確か、アステアだもんね。」

「何で俺が無駄死にするって言い切れるんだよ!!」


何かの限界を超えてしまったのか、そこで初めてルクトは声を荒げた。


================================


「うん、そうでなきゃ。」


怒鳴りつけられた少女は、それでもいたって平然としていた。


「腹が立ってるんなら、吐き出した方がいい。大声も出した方がいい。

君の怒りがどれほど真っ当なものかは、ちゃんと分かってるからさ。」

「…俺は……」


後の言葉が続かないルクトを見つめていた少女が、不意に背を向ける。

そしてそのままの姿勢で言った。


「泣きやんだら言って。あたしは、こうして待ってるからさ。」

「………」


あまりにも無防備な少女の背中が、不意に歪んだ。

自分の流す涙のせいだと気づくまでに、数秒を要した。

棒立ちになったまま俯き、ルクトはぽろぽろと涙を流していた。


お世辞にも早起きとは言えない鳥の声が、ようやく聞こえ始める。

朝の光の中に、2人は佇んでいた。


================================


数分後。


「…悪かったな。」

「いやいや、謝る事なんてないよ。少なくともあたしには、ね。」


乱暴に涙を拭ったルクトのひと言を受け、少女がくるりと向き直る。


「で、ちょっとは落ち着いた?」

「ああ。」

「とりあえず、アステア行きは保留…って事でいいかな?」

「とりあえずはな。」

「よかった!」


ニッと笑う少女に、ルクトはなおも怪訝そうな表情で問いかける。


「どうしてそんなに俺を止める?」

「言ったじゃない、無駄死にするだけだって。」

「…だから、どうしてそこまで断言できるんだよ。」


先ほどと同じ問答になってきているものの、ルクトは今は冷静だった。

その問いに、少女は肩をすくめる。


「いや、断言とまでは行かないよ。…そんな気がするってだけ。」

「おちょくってんのか?」

「そうじゃない。」


それまでにこにこしていた少女が、そこで初めて表情を引き締めた。

気配が変わったのを感じ、ルクトも少し構える。


「むしろあたしも知りたいのよ。」

「何をだよ。」

「あなたが、どれだけ強いかを。」

「…?」


「じゃあちょっと、あたしのお願いを聞いてくれないかな。」


そう言った少女は少し頭を傾けて、ルクトの顔をじっと見据える。


「…いいだろう。」

「聞いてくれる?」


「まず話を聞く。」

「うん、それで構わないから。」


「とりあえずお前、名前は?」

「レムリって呼んでくれればいいよ。」

「分かった。」


視線を見返してそう答えたルクトの声に、もう迷いの響きはなかった。


「じゃあ聞こう、レムリ。」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 普通に勇者の言い分が正しい、差別や悪意の態度も見えない…これはほぼ100%も仲間に大きな嘘を付いた主人公が悪いじゃん…
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