ここからの選択
日が傾き始めた頃。
「んじゃあ、今日はこのへんまでにしとこうか。」
「ああ。」
ガンダルクの号令に、ルクトは特に異論を挟まずに馬を停めた。
まだ街道には至っていないものの、さすがにジリヌス王国に入ってから
忙し過ぎる2日間を過ごしている。ライセンスが無事取得できた以上、
あまり急ぐ理由もなかった。いや、正確には急ぐ理由が失われている。
あえて何も言わず、ルクトは野営の準備を始めていた。
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「おおー、豪勢じゃん!!」
「奮発してくれたんだな。」
まだ日は暮れていないものの、今日のところは早めに食事を済まそう。
そんなルクトの意見により、出立の際に村で渡された弁当を広げる。
上等でも上品でもない。それでも、感謝の思いのこもった弁当だった。
「とりあえず、残さず食おう。」
「もちろん。」
労働の対価。そんな言葉と共に2人は黙々と食べる。
気の早い一番星が、そんな2人の頭上にチカチカと瞬き始めていた。
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とにかく、今日はさっさと寝る。
2人、いや3人の意見はピッタリと一致していた。
メリフィスたちを出し抜いて資金を調達した時点まではよかった。
しかしジリヌス王国に入ってからというもの、どうも当初の予定通りに
話を進められていない。と言うか、ギルドでトッピナーに会わなければ
冗談抜きでまずい事になっていた。どうにか現状打開のきっかけまでは
掴んだものの、状況的にはまだまだマイナスと言うしかない。
メリフィスに追いつかれる前に王に会いに行くという算段は、もう既に
破綻してしまっている。ルクトが、お尋ね者のような扱いになっている
厳しい現状。もはやジタバタしても予定は取り戻せない。
それなら、とにかく開き直って今日までの疲れを取る事に専念しよう。
少なくとも、メリフィスはまだこの国には来ていない。トッピナーが
彼に告げない限り、こちらの状況を悟られる事もないだろう。もちろん
彼女が信頼できればの話になるが、2人ともそこは心配しなかった。
「ま、明日よ明日。寝よ!」
「ああ、おやすみ。」
「アミリアス!」
『はい。』
「寝ずの番はよろしくねー!」
『はあーい。』
この状況にも慣れてきたなと考え、ルクトはちょっと笑いそうになる。
ほんの半月前までは、まったく考えもしなかった。
自分がメリフィスのパーティーから追い出され、先代魔王ガンダルクと
一緒に旅をする事になるなどとは。
状況の変化もなかなか凄いけれど、それをあっさり受け入れている己も
なかなかに信じがたい。でもそれは決して、悪い事でもないだろう。
そんな事をつらつらと考えながら、ルクトは眠りに落ちていく。
やはり、それなりに疲れていた。
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翌朝は、さほど冷え込まなかった。
ごく簡単な朝食を済ませた2人は、揃って朝の体操をする。
これは洞窟を発った日からずっと、ガンダルクが提唱している習慣だ。
当初は嫌々だったルクトは、今朝はかなり気合が入っていた。
「おお、なんか真面目だねえ。」
「…そうか?」
「うんうん、いい事だよ。」
すっかり昇り切った朝日を見つつ、体操を終えたガンダルクが座る。
対面の岩に腰を下ろしたルクトが、やがてポツリと口を開いた。
「…さて、どうするか。」
「そうねえ。」
冷めたオジ湯(花から淹れる茶)を啜りながら、ガンダルクが答える。
「ぶっちゃけ、予定は白紙よね。」
「ああ。それは認めるしかない。」
「アミリアス。勇者ご一行は?」
『まだ動いてませんね。どうやら、ウナクス君が脱退するかどうかで
協議しているみたいです。そこそこ傷が深そうなので。』
「あいつそこまでやられたのか。」
『ただ貴術が使えないってだけで、フライドラグンに手も足も出ない。
そんな実力で魔王討伐は無理です。ここでやめるのも選択でしょう。』
「なるほどな…」
腕組みしたルクトは、少しの思案の後で再び口を開いた。
「どっちみち、今は急ぐ事は何にもない状況だな。…良くも悪くも。」
「かと言って、あんまりノンビリはしたくない。あたしとしてはね。」
「俺もだよ。」
『同じく。』
「じゃあ、行動を起こそう!!」
パンと手を叩き、ガンダルクがそう号令をかけた。
やけに勢いが感じられるその言葉に対し、ルクトが怪訝そうに問う。
「…行動って、何か具体的な案でもあるのかよ?」
「あるよ。まああまり確実じゃないけど、ひとつだけ心当たりが。」
「心当たり?…どんなのだ?」
「お偉いさん。」
「は?」
意外な言葉に、ルクトは思わず身を乗り出した。
「…と言うと、もしかしてお前にも王族のあてがあるのか!?」
「そんなもんあるわけないじゃん、こんな小娘に!」
「ないのかよ!…って、うん、まあそうだよな。あるわけないな。」
食い気味に否定されたルクトが、納得顔で引き下がる。それに対し、
ガンダルクは小さく肩をすくめた。
「確かに王族なら話は早いんだろうけど、国に影響を与えられる存在は
その手合いだけじゃないでしょ?」
「と言うと上流貴族とか重臣とか、あるいは軍人とかか?」
「そのとおり。」
頷いたガンダルクが、なぜかほんの少し寂しそうに笑った。
「……昔、ちょっと申し訳ない事をしちゃった相手がいてね。」
「申し訳ない事?」
「そう。その時は何だか有耶無耶になっちゃったんだけど、今だったら
会いに行ける。って言うか、むしろ今だからこそ会えるって感じか。」
「何か複雑な事情があるんだな。」
話に興味を持ったルクトが、やがて大きく頷く。
「よし。じゃあまずはそれで行くとしよう。俺は乗る。」
『あたしも少し興味がありますね。…あと、少し心当たりも。』
「じゃあ決まりね。」
「それで、どこに行くんだ?」
ルクトのその問いに、ガンダルクはざっと北の方角に向き直った。
「ガルデン大要塞。」
「は!?」
目を見開いたルクトの声が裏返る。
「って、それアステアとの国境防衛の要衝だろうがよ!!」
「よく知ってるね。」
「そこにお前が行くってのか!?」
「そう。」
迷わず答えるガンダルクの口調に、冗談を言っている響きはなかった。




