思い出した初心
「おおーい!降りて来いって!!」
真下から呼びかけるルクトの声が、つんと冴えた未明の空気に響く。
山の方へと耳を澄ますと、こだまが小さく返って来るのが判った。
「んじゃ降りよっか。」
『了解です。掴まり直して…』
「いや、このままでいいから。」
曲芸じみたバランスで立ちながら、ガンダルクは事もなげに告げる。
『本当に大丈夫ですか?』
「ゆっくりならぜんぜん平気。」
『分かりました。お気をつけて。』
アミリアスがそう答えると同時に、二番刀はするすると縮み始めた。
一瞬だけ浮いた爪先を難なく柄先に戻し、ガンダルクは直立姿勢のまま
ゆっくりと地表まで戻っていった。収縮が完了する直前に勢いをつけて
ポンと跳び、空中で一回転を挟んで無事にルクトの眼前に降り立つ。
「ただいまー。お疲れルクト。」
「あ、ああ…。」
さすがに、気後れしたらしいルクトが曖昧な言葉を返した。
「どうしたの?」
「いや、なかなか凄い平衡感覚だなと思って…。」
「ああなるほどね。ま、それは練度が桁違いだって事よ。」
「練度?…どういう意味だ?」
「また今度ね。それより…」
軽く流したガンダルクが、二番刀の柄をコンコンと叩く。
「母体はどこよ、アミリアス?」
『場所は把握しています。なので、まずは一旦抜いて下さーい。』
「だってさ。」
「ああー、そうだったそうだった。まだ母体が残ってたんだったな。」
そう言いながら二番刀を引き抜いたルクトは、少し決まり悪げに笑う。
「悪かったな、いきなり刺して。」
『いえいえ、おかげさまでこちらも重要な事実に気づけました。まあ、
ここは結果が全てとしましょう。』
「ああ。」
「よし、じゃあ仕上げ!!」
ガンダルクの元気な声は、心地よく朝の空気に響いた。
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「ここでいいんだな?」
『バッチリです。角度はまっすぐでお願いしますね。』
「分かった。行くぞ。」
ドスッ!!
村とほぼ反対側に位置する、段々畑の最上段にある幅広い畝の上。
アミリアスの指示に従い、ルクトはその中央部に二番刀を突き立てた。
「これでいいのか?」
『はい。動く気配もないので、このまま行けると思います。』
「どのくらい下なの?」
『畑の畝で数えるなら、およそ4段くらいでしょうね。』
「そんなに深くないんだな。」
『ディグローと言えど、あまりにも深いと掘削が大変なんでしょう。』
「なるほどね。」
『では行きます。それなりの反動がありますから、しっかりと押さえて
上に力が逃げないようよろしく。』
「分かった。」
応えたルクトが柄を握り、二番刀にのしかかるような体勢で踏ん張る。
「いいぜ。」
『それでは、下に参りまーす!!』
ドシュン!!
魔石が発光すると共に、ルクトの体は鋭い衝撃を受ける。しかし彼は
それを押さえ込み、体勢を保った。ギュルギュルという耳障りな音が、
足元で次第に小さくなっていく。
そして、数秒後。
ズン!
明らかに土とは違う手応えが柄から伝わり、かかる力が無くなった。
どうやら、地中を伸びていた刀身が”目標”を貫いたらしい。
「…行ったか?」
『脳天直撃です。仕留めました。』
「ふぅ。」
アミリアスの返答に、ルクトは小さなため息をついた。
『では戻しますね。』
その宣告と同時に、さっきとは逆の手応えが伝わってくる。ほどなく、
元の長さに戻った二番刀をルクトが一気に引っこ抜いた。
土にまみれた刀身の先端部に、黒い血がこびり付いている。
母体を仕留めた証だ。
山あいから朝日が顔を出したのは、それから間もなくの事だった。
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ガラッ!
「おお!?」
「出たぞぉー!!」
畝の側面を掘り起こしていた男たちの声が、谷に響く。それを耳にした
他の村人たちが、我先に殺到した。そして掘り手の指す方を確認する。
崩れた側面からだらりと力なく出ているのは、他のディグローの骸より
ふた回りほど大きな腕の先だった。幼子の腕ほどもある爪が禍々しい。
「間違いない、こりゃ母体の腕だ。それもかなりの大物だな。」
「…よく仕留められたもんだなあ。どうやったんだ兄ちゃん?」
「まあ、ちょっとした工夫です。」
作業を見守っていたルクトは、問いに対して曖昧に言葉を濁した。
細かい事はどうでもいいのか、村人たちは感心したように笑う。
「てえしたもんだな!!」
「ああ、若いのにすげえ腕だよ!」
「助かったぜ本当に!!」
「いやあの…はい。どうも。」
口々に賞賛と感謝を投げかけてくる村人に、ルクトは照れていた。
そんな彼を、すぐ傍らのガンダルクが笑みを浮かべながら見つめる。
日は、すっかり高くなっていた。
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「本当に、そんな事でいいのか?」
「ええ、十分です。」
何とか追加分の報酬を捻出しようとするコルブに、ルクトが頼んだのは
散髪をして欲しいという事だった。あまりにささやかな頼み事に対し、
さすがにコルブは恐縮する。しかし当のルクトは笑顔で言った。
「正直、連れの腕はあんまり信用が出来ないんで。」
「あれ、あたし馬鹿にされてる?」
「出来るのかよ?」
「いや無理だけどさ。」
「だろ?…じゃあお願いします。」
「分かった。じゃあホッジスさん!メーゲの店に案内してくれ!!」
「はあい!じゃあついて来て!」
元気に答えたホッジスが、ルクトに手招きをする。
「よろしくお願いします。」
一緒に役場を出て行くルクトたちの周りを、子供たちが駆け回る。
ちょっとしたパレードのような、賑やかな行進だった。
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「ありがとうございました。」
「いやいやお安いご用だよ。」
フリーのライセンス証を受け取ったルクトの礼に、コルブが笑う。
「ここで発行できるのは、この認証だけだ。簡易版ですまないな。」
「十分ですよ。俺たちは、まだまだこれからなんで。」
「そうそう、そのとおり。」
ルクトの手からライセンス証を掠め取ったガンダルクが、しげしげと
その記名欄を見つめて笑う。
「ね、カル・タクト君。」
「ああ。」
頷いて答えたルクトもまた、小さな笑みを浮かべる。
ガンダルクとルクト。
2人の名前を微妙に混ぜて決めた、ルクトの新しい通り名だった。
「それじゃあ失礼します。」
「ああ。また機会があればいつでも来てくれ。歓迎するからよ!」
「そうそう!」
わざわざ見送りに来てくれたらしい農夫たちが、笑いながら告げる。
「荒らされた畑は、俺たちがすぐに直すからよ。見に来てくれ!!」
「そりゃ楽しみだね。ねえカル?」
「ええ。期待してます。」
「応よ!!」
威勢のいい声に送られ、ルクトたち2人の駆る馬は村を発つ。
最後に見下ろした段々畑では、早くも総出の復興作業が始まっていた。
その力強さに、ルクトはあらためて嬉しそうな笑みを浮かべる。
「何かいいよな、ああいうの。」
「確かに意味ある事を成し遂げた…って感じでしょ?」
「ああ。」
『おや、笑い方が別人みたいですよルクトさん。』
鞍にかけられていた二番刀のアミリアスが、そんな言葉を投げた。
『髪型だけでなく、いろんな意味で変われたんじゃないですか?』
「そうかもな。…いや、むしろ…」
「むしろ何?」
「初心を思い出したって奴かな?」
「なるほどね!」
『納得です!』
愉快そうに笑い合った3人の声が、最後に山あいに響き渡った。
天気も上々。
馬を駆って走り出す姿は迷いない。
それは絶好の、再出発日和だった。




