任された仕事
カウギ村から提出されていた依頼は「ディグローの掃討」。
内容から考えれば、中堅の冒険者が複数人で請け負うべき案件だった。
ディグローとは、土の中をモグラのように掘って暮らす魔獣の一種。
雑食性であり、主食は植物の根や虫など。積極的に人を襲う事はない。
しかし、縄張りや餌場を侵す存在に対し容赦ない攻撃をしてくるため、
不運な遭遇をした人間が殺される例も非常に多い、危険な魔獣である。
そんなディグローが、カウギ村の畑に現れ始めたのはひと月前だった。
さいわい死者が出る前に状況を把握できたものの、とにかく数が多い。
おそらく、母体がすぐ近くの地中にいると考えられた。
一刻も早く何とかしないと、加速度的に状況は悪化していく。
しかし辺鄙な場所にある村の、報酬も安い、しかも地味で危険な仕事。
率先して受けてくれる冒険者など、ただの一人も現れなかった。
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「…で、今に至るという訳です。」
「なるほど。」
役場の男性に案内されたルクトたちは、村を突っ切った山あいの斜面が
一望できる場所まで来ていた。眼下には、相当な規模の段々畑がずっと
連なっているのが見える。ただし、遠目にも判るほど荒れ果てていた。
「ここ、ベリザ(醸造用のブドウ)の畑ですよね?コルブさん」
「ご存知ですか!?」
コルブと呼ばれた男性は、ルクトの指摘に驚きの声を上げる。
「ウズロの冒険者ギルドに提出した依頼にも、そこまで詳しい内容は
書いていなかったはずですが…。」
「いや、単に知ってるだけですよ。実家がアルメニクの農家なんで。」
「そうでしたか…。」
実家が農家というルクトに、コルブはいたく親近感を持ったらしい。
警戒気味だった口調が、かなり軟化したのが感じ取れた。
「で、このベリザ畑にディグローがすっかり居ついてしまったと。」
「お恥ずかしながら、そのとおり。まだ村の方までは来ていませんが、
ベリザが完全に枯れたらもう時間の問題になるでしょうな。」
ガンダルクにそう答えたコルブが、深いため息を吐く。
「三代に渡って切り拓いてきたこの段々畑も、ここまで荒らされては
手の施しようがないです。とにかく原因を除かない限りは…。」
「分かりました。」
即答したルクトは、そのまま早足で荒れた畑の方へと降りていった。
ガンダルクもその後に続く。慌てたコルブが大声で呼びかけた。
「ちょっ、気をつけて下さいよ!」
「大丈夫。ディグローってやつは、完全な夜行性ですから。」
そう答えたルクトが、崩落した畝の上で屈み込んだ。土の状態を調べ、
萎れた茎にそっと手を当てる。
「生かさず殺さず、って感じだな。一気に食ったら後が続かなくなる。
割と考えて行動してやがるよ。」
「下級と言っても魔獣だからね。」
「アミリアス。」
『はい?』
「地面の下にディグローがいるか、感知魔術で探れないか?」
『うーん…残念ながら…』
いかにも不本意ですといった声で、アミリアスが問いに答えた。
『転生前なら楽勝でしたが、現在のあたしは大地との魔力接続が完全に
途絶してしまっています。二番刀の魔力そのものは十分なんですが。』
「洞窟を出られたのと引き換えに、そっちが無くなったって事ね。」
『ご推察のとおり。申し訳ない。』
「ま、それは仕方ないよな。」
そう言いつつ立ち上がったルクトの声に、残念そうな響きはなかった。
「数が多いのは確実だけど、相手がディグローなら数十匹ぐらいは俺で
何とか対処できる。とりあえずは、この辺の地勢を詳しく調べよう。」
「勝負は今夜?」
「ああ。天気も崩れそうにないし、今夜のうちに決める。」
言いながら、ルクトは遠くまで続く段々畑の畝にじっと視線を向ける。
「…これだけの畑を作るのは本当に大変だったはずだ。それがここまで
荒らされて黙ってられるほど、俺は農家根性は捨てちゃいないぜ。」
「にゃはは、いいねぇその意気。」
『頑張りましょう!』
ルクトとガンダルクが、二番刀の鞘を挟んでこつんと拳を合わせる。
仰ぐ空の蒼さは、山の緑と鮮やかなコントラストを描き出していた。
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一帯の地勢調査は、さほどの時間もかからなかった。
到着したのが早朝だったのも含め、本番の夜まではかなり時間がある。
そこで午後は、二番刀を使いこなすための訓練に充てる事になった。
「ずっと長剣一筋だからな。正直、刀はあまり得意じゃないんだよ。」
『だったら慣れましょう。あたしが直々に助言しますから。』
「刀術を刀に教わるのかよ…」
「ってか、あんた刀術なんて本当に知ってんの?」
『いえ、知りません。』
「知らないのかよ!」
呆れたようなルクトの声に、アミリアスは動じる事なく続ける。
『ですが、実際に使うルクトさんの体の動きについては助言できます。
形式ばった刀術を習得するよりも、その方が実戦向きでしょう。』
「まあ…そうなのかな。」
『とにかく練習あるのみです!!』
やけに張り切るアミリアスの声に、ルクトたち2人は顔を見合わせる。
「ま、いいんじゃない?」
にっと笑ったガンダルクの視線が、晴れた空に向けられる。
「本番まではまだ時間もある。今のうちに、やる事はやっとこうよ。」
「そうだな。…んじゃアミリアス、頼むよ。」
『了解です!』
ふと気づけば、村の子供たちが2人の様子をじっと見ていた。
その視線に何かしら意図を感じたルクトは、やがて苦笑いを浮かべた。
どうやら自分たちは、刀と話をする変な人間だと思われているらしい。
「何事も経験だよな。」
妙に悟ったような事を言う自分に、ルクトはもう一度小さく笑う。
そんなこんなで、カウギ村の一日はゆっくりと過ぎていった。




