カウギ村の依頼
まばらに木が生えている崖が左右に迫る、足場の悪い山道。
そこを駆け抜けたところで、パッと視界が開けた。
連峰を臨む眼下の平原に、ポツンと貼り付くように集落が見えている。
「あれがカウギ村か。」
『そのようですね。』
「確かに辺鄙な場所にあるねえ。」
ウズロの街を、到着したその日の夜遅くに出立。そして月明りを頼りに
夜通し駆け、明け方にようやくここまで辿り着いた。
とにかく急げ。
トッピナーの指示に従い、ルクトとガンダルクは迷わずここまで来た。
逆境を跳ね除け、自分たちの描いた未来を拓くために。
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小さく見えていたのは、ただ単に村が遠かったからではないらしい。
実際にかなり小さかったのである。
見えてから到着するまでの所要時間の短さで、それが実感できた。
みすぼらしいという印象はさすがにないものの、ウズロの街と比べると
まさに辺境という表現が相応しい。いや、もはや秘境に近い。
「うん、まあこんな場所の依頼なら嫌がられるでしょうね。」
「確かにな。」
言葉を交わした2人に、疲労の色はさほど見えていなかった。
「ええと…とりあえず役場へ行けばいいんだっけな。」
『こんな辺境の村にはギルドなんてありませんから、そういった話は
村役場で一括管理するでしょうね。どこの国でもよくありますよ。』
「引きこもりの割に詳しいねえ。」
「ま、それなりに教えてくれた子がいますから。」
「いつの話よ…。」
あれこれ言い合っているガンダルクたちを尻目に、ルクトは村の入口で
ひらりと馬を降りた。ガンダルクもそれに続き、2人で並んで大通りを
ゆっくり進んでいく。朝が早いので人影もまばらだった。
「ちょっといいですか。」
農具小屋から出てきた年配の女性にルクトが声をかける。
「何ね?」
「朝早くにすみません。役場に行きたいんですけど…」
「あらま、こんな早くに来なさったのかい。ご苦労だねえ。」
旅仕様の馬とルクトたちを見やった女性が、そんな事を言って大通りを
ざっと手で示した。
「突き当りまで行って左よ。他より大きな建物だからすぐ判る。」
「ありがとうございます。」
「どうもありがとー。」
礼を述べたルクトとガンダルクは、そのまま役場へと向かう。さすがに
建物の前まで至れば、それなりに人の姿も多く見受けられた。誰もが、
早朝に馬で来訪した若者2人に興味深そうな視線を向ける。
入口のすぐ脇に馬を繋いだ2人は、そのまま役場へと入っていった。
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時間が時間なだけに、中はいたって静かだった。
木造りの古びたカウンターの奥に、白髪の目立ち始めた壮年の男性と
髪をピッチリと束ねた女性がいる。来訪者はルクトたちだけだった。
「すみません。」
「あ、ハイハイ。」
カウンター越しに呼びかけたルクトに、女性が立ち上がって応対する。
「ようこそカウギに。…ずいぶんとお早いお着きですね。」
「ええまあ、とにかく急げと言われましたので。」
「誰に?」
「ウズロのトッピナーさんにです。ご存知ですか?」
「あらら、トッピナーのお知り合いですか!?」
途端に、女性の声は明るくなった。
「元気にされてました!?」
「ええ、それはもう…」
「もうそろそろ結婚の目処はついたのかしら!?」
「は?…いえ、それは何とも…」
「あたしだけ抜け駆けしたみたいな感じだから、聞きにくくってさ!」
「さいですか…。」
「婚活を始めたのは、一緒だったんだけどねえ。彼女どうにも縁が…」
「ホッジスさん!」
まくし立てる女性を見かねたのか、奥にいた男性が声をかけてきた。
彼女のトークから解放されたルクトは、ホッと安堵の息をつく。
「用があって来た方々なんだから、まずそっちを聞かないと。」
「あ…はい。失礼しました。」
いささか恥ずかしそうに居住まいを正した女性が、あらためてルクトに
向き直った。
「どのようなご用向きでしょう?」
「あ、はい。ええっとですね。」
座り直したルクトは、確かめるかのようにゆっくりと来意を告げる。
「こちらの村で依頼を出されていたディグローの駆除。これを俺たちで
受けたいと思いまして。」
「……え?」
ルクトの言葉に、カウンターの向こうの2人は怪訝そうな表情になる。
「ウズロのギルドで、募集をされてましたよね?」
「え、ええ…確かに…」
「ひょっとして、もう完全にあきらめてました?」
傍らからガンダルクが問いかける。
返事はなかったものの、2人の表情でそれが図星である事は分かった。
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「……しかし、どうして今になってお越しになったんですか。」
応対を代わった男性が、対面に座るルクトたちにそう質問する。
応接室に通された2人は、先ほどの男女と話を続けていた。
「トッピナーさんから、誰ひとりとして手を出さない案件だと聞いて。
だったら俺がやろうかなと思ったんです。少し事情がありまして。」
「しかし、提示した以上の報酬は出せません。時間が経っている以上、
駆除もかなり難しくなっています。そこはご承知ですか?」
「まあ、何とかなるとは思います。腕には覚えがあるので…。」
「失礼ながら、実績は?」
そこで、ルクトは言葉を切った。
嘘が苦手な彼にとっては、そこそこ神経をすり減らす交渉である。
ソロで仕事を請けた経験の乏しさも相まって、やはり緊張があった。
腹を括り、努めて何気なく答える。
「まだ、ありません。」
「は?」
目の前の2人が、はっきりと訝しい表情を浮かべた。
「実績がない、とは?」
「…田舎から出てきたばっかりで、まだ冒険者登録をしてないんです。
だから正確には、依頼を受けて来たんじゃないんですよ。」
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「ううん…」
突拍子もない事を言い出したルクトに、男性はさすがに頭を抱えた。
「それは何とも…難しい話ですな。つまり、ウズロのギルドで当方の
依頼を見つけて、そのまま手続きをせずに来られたんですか。」
「そうです。」
「どうしてまた…」
「ああいう大きな街の冒険者ギルドで登録をしようとすると、けっこう
高くつくんですよ。なにせ手持ちが乏しくて、それが痛いんです。」
そこまで言ったルクトは、ググッと身を乗り出す。
「聞いた話ですが、ここの役場でも冒険者登録はできるんですよね?」
「え?…ああ、まあ一応は。」
「いや、ちょっと待って下さい。」
その男性の言葉を補足するように、女性が食い気味に言った。
「見てのとおり辺境の村ですから、ここで即時発行できるライセンスは
完全なフリー形式のものだけです。つまり国の補償がありませんよ?」
「かまいませんよ。国の補償なんてのは願い下げですから。」
即答するルクトの声には、何となく実感がこもっていた。
隣に座るガンダルクが、うんうんと意味ありげに頷く。
「いや、しかし…」
「別に、信用ができないなら依頼を達成してからでもいいですよ。」
ルクトに代わり、ガンダルクがそこで口を挟んだ。
「その代わり、登録料はお安くしてもらえると嬉しいなあ。」
「「……」」
顔を見合わせて黙ってしまった2人に、ルクトがあらためて告げる。
「…何なら、報酬も完全な後払いで結構です。無茶を言ってるってのは
分かってますし、結果が出なければ話にもならないですから。」
「本当に、それでいいんですか?」
「登録させてもらえるのであれば、願ったり叶ったりです。」
さらに実感のこもったその言葉に、ようやく男性は大きく頷いた。
「分かりました。せっかくここまでご足労頂いたんだ。頼みます。」
「頑張りまーす!」
元気よく言い放ったガンダルクが、勢いをつけて立ち上がる。
「とりあえず、何か食べられるお店とかってありますかね?」
「え?」
「夜通し走って来たんで、もうお腹ペコペコでして…」
「ああハイ!用意させます!」
「お願いしまあす!!」
あたふたと部屋から出て行く女性の背を見送ると、入口の扉から大勢の
村人が覗き込んでいた。どの顔も、興味津々の表情を浮かべている。
「…どうか、お願いします。」
「了解です。」
ゆっくりと立ち上がったルクトは、目の前の男性と握手を交わす。
皮の厚い、節くれだった大きな手。
一目で判る、長年に渡り土を耕してきた農夫の手だった。




