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追放剣士とお気楽魔王~自由な奴らが世界を変える~  作者: 幸・彦
第一章 追放と出会いと
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追放の剣士

平和な時代の到来。


ガンダルク亡きあと、アステア国の「魔王」は事実上の廃位となった。

暴虐の限りを尽くした魔王の配下の魔人は、次第に姿を消していった。

なおも人を襲う魔人は絶えなかったものの、もはや人の世界にとっての

絶対的な脅威にまではなり得ない。ありふれた災禍のひとつであった。


もうひとつの、大きな変革。

きっかけは、自分たちの意思によりアステアからその足を踏み出した、

数多くの魔人たちだった。

人への悪意を持たない彼ら彼女らの存在は、確執と恩讐とを乗り越えて

人の世界への融和を果たしたのだ。

それは最悪の魔王ガンダルクの死がもたらした、ひとつの奇跡だった。


魔人は、断じて絶対悪ではない。

その事を、世界は永い時間をかけて少しずつ受け入れていった。

古より続いていた永い闇の果てに、世界は光に満たされていった。



それから、100年の歳月が流れ。

平和な時代を謳歌していた世界に、衝撃が走った。


既に伝説として忘れ去られていた、アステアの魔王の座。

そこに腰を下ろす者が現れたのだ。


100年の時を経た、新たな魔王。もはやその脅威を忘れていた世界は

恐怖に混乱し、そして新たな世界の危うさを今さら思い知った。

魔人を受け入れていた数多の国は、その存在に今さら戦慄していた。


しかし、いかなる時代においても、勇者は人の世界の中に現れる。

平和な世界で忘れられていた称号を掲げる強き者たちは、新たな魔王を

己が手で討ち滅すべく立ち上がる。世界に再び平穏をもたらすために。


果たして、魔王を討つのは誰か。

100年の永き沈黙を破った魔王が目指すのは、いかなる破滅なのか。


================================

================================



場の空気が、再び凍りついた。

ひそひそ声さえピタリと無くなる。

そんな張り詰め過ぎた空気の中に、メリフィスの冷たい声が響く。


「爺さんだか婆さんだか、とにかく確かそのあたりが魔人なんだよな。

 俺が知らないとでも思ったか?」

「……」


言葉以上に冷ややかな視線を受けたルクトは、返す言葉に窮していた。

そんなルクトに、容赦のない言葉が投げられる。


「黙ってても話は終わらないぜ。…それとも答えたくないってか?」

「………」

「答えろよ、ルクト・ゼリアス。」


「…ああ、そうだよ。」


重い沈黙を経たルクトのひと言に、周囲からざわめきが起こった。

しかしその重苦しい空気に動じず、ルクトはメリフィスに問い返す。


「…俺が人魔だから追い出すのか。それがお前の考えなのか?」

「まさか。」


睨み据えるルクトの視線に動じず、メリフィスは大きく肩をすくめた。


「…ガンダルクが死んで100年。今じゃ石を投げれば人魔に当たる、

 そんな世の中だ。いくら俺でも、そんな時代遅れは言わねえよ。」

「だったら、何でだよ!」

「黙ってたってのが問題なんだよ。分かり切った事を言わせるな!」


メリフィスの強い語調に気圧され、ルクトはぐっと唇を噛んだ。


「確かに今の世の中、魔人の血統は世界中にすっかり浸透しているさ。

 だけど魔王がアステアに現れた。それもまた事実だろうが。…もう、

 今まで通りの世界じゃないんだ。俺だって魔王討伐を掲げてる以上、

 パーティーに魔人の血を引く奴は置いておけないんだよ。」

「…だけど…」


「そもそも、何で黙ってたのよ?」


そう声をかけたのは、メリフィスの隣に座っていた緑髪の女性だった。


「あんたは確かに、そこそこ強い。だけど、その強さが光の加護なのか

 人魔の呪いなのかで、意味は全く変わってくる。分かるでしょ?」

「…俺の力は人魔の呪いじゃない。努力の賜物だ。」

「だから言わなくてもいいって?」

「………」

「言う必要が無かったからってのは通らないわよ。あたしたちは常に、

 互いに命を預けてるんだからね。そんな人間は信用できない。」

「ソーピオラ…」

「あ、人間じゃないからいいだろ…とでも言うつもりだった?」


”ソーピオラ”と呼ばれた女の声は、メリフィス以上に冷たく響いた。

その視線が、店内をざっと見渡す。つられて周囲を見回したルクトは、

自分へと突き刺さる非難の眼差しにようやく気づいた。


誰もが、自分を見ていた。

蔑みのような、恐れのような目で。


窓際の席に座る、唯一人を除いて。


もう、ここに自分の居場所はない。

その確信を抱くのに、場の冷たさはあまりにも十分過ぎた。


================================


「こんな事は言いたくなかったが、まあ仕方ないよな。」


腕を組んだメリフィスがそう呟き、うつむいたルクトに告げる。


「お前の抜ける穴は確かに痛いが、今すぐアステアに乗り込もうなんて

 俺たちだって考えちゃあいない。別の使い手をゆっくりと探すさ。」

「そうそう。」


相槌を打ったソーピリアが、ニッと口元を歪めて笑った。


「とりあえず、人間の剣士をね。」

「………」


「このアルメニクって、確かお前の生まれ故郷だろ。ちょうどいいから

 実家に帰って帰農したらどうだ。きっと親も喜ぶぜ?」

「いいじゃん、お似合いかもよ?」


茶化すようなソーピリアの言葉に、クスクスと笑い声が聞こえた。


「まあ、今日までの取り分を…」


ドゴォン!


轟音と共に、テーブルが割れた。

ルクトが拳で叩き割った音と悟り、周囲の嘲笑の声がピタリと止む。


「分かったよ。」


そう言って立ち上がったルクトが、荷物と剣を抱えて出口へと向かう。

その背に、メリフィスが最後の声を投げかけた。


「元気でなぁ、人魔のルクト君!」

「……」


ルクトは、何も答えなかった。

そのままゆっくりと入口扉を開け、振り返る事なく店を出て行く。


それで終わりだった。


彼が出て行って、数秒も経たずに。

店内は、いつもどおりの騒がしさを取り戻していた。


まるでルクトの存在など、最初からなかったかのように。



夜空を仰いだルクトは、その視線をもう一度だけ店明かりに向ける。

涙は零さななかった。怨嗟の言葉もひと言も吐かなかった。


唇をかみ締め、正面に向き直る。




歩き去る彼の影が、ひと気の絶えた夜の道に黒々と伸びていく。


春とは名ばかりの、寒い夜だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはある意味追放されるのも理解はできる······ 要するに「敵国出身者がその出身を開示せずに部隊に入隊していた」みたいな状況だから、 スパイ·裏切り者の可能性を完全には否定できないもんな…
[良い点] とても良いです。この小説もインドネシア語を使って書きました。これがタイトルです Permata surgawi: Saya, Saudara perempuan Saya dan 10 t…
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