とりあえずの方針
夜更かしが過ぎたので、翌日はほぼ昼前の起床となった。
とりあえず宿は引き払わず、食事を済ませるために再び市場に向かう。
これからの行動は、状況を確認してから考える事にしていた。
「さてと。」
朝食とも昼食ともつかない食事を済ませたルクトたちは、昨日の東屋で
一服しながら話し合う。
「今、メリフィスたちはどのへんにいるんだ?」
『竜の谷から西へ5ヘルマ(キロ)ほどの地点ですね。』
「遅いね。まだそんなもんか。」
『ライドラグンを失ったのに加え、谷でウナクス君がけっこうな深手を
負ったようですからね。そう速くは移動できませんよ。』
「よくそこまで判るもんだな。」
『そりゃあ当然でしょう。』
心なしか、二番刀がぐぐっと反ったように見えた。
『洞窟まで来て頂き、さらには直接お会いして斬られてもいるんです。
この上ないほどしっかりマーキングできてますからね。』
「…体張ってんなあ。」
呆れたように笑ったルクトが、その視線を空に向ける。
「で、囮のフライドラグンはどこを飛んでるんだ?」
『この街のはるか上空を、のんびり旋回してもらってますよ。』
ガンダルクとルクトが揃って空に目を凝らしたものの、それらしい影は
まったく見えなかった。
『ソーピオラちゃんの探知貴術は、位置は判っても高さは判りません。
おそらくこの街にいるだろうという認識でしょう。バレてなければ。』
「なるほどな。…それであいつら、ここを目指してると思うか?」
『まあ、それに関しては五分五分…といったところでしょうね。』
確かめるかのようなゆっくりとした口調で、アミリアスが答える。
『正直、我々に対してはかなり怒り心頭だろうなと思います。』
「でしょうね。」
『ですがこの現状では、下手に遭遇した場合には向こうの方が危ない。
装備を揃え直すなりしない限り、返り討ちになると考えるはずです。』
「会いたくないのはメリフィスたちも同じって事だよな。」
『おそらくは。』
そう言うと同時に魔石が光り、簡単な地図がテーブルに投影された。
『ここが今いるキンカジの街です。で、メリフィスたちがここ。』
アミリアスの説明に合わせ、地図上に黒い点滅が順に追加されていく。
『もう少し北に、ここより小さな街があります。おそらくメリフィスは
このキンカジかその街、どちらかに向かっていると思われますね。』
「なるほどな。」
頷いたルクトは、点滅する3つの点をじっと見つめて続ける。
「…今のペースなら、メリフィスが街に着くのは明日以降だな。」
『間違いないでしょうね。どちらの街に向かうにせよ。』
「よっしゃ!」
ひときわ大きな声でそう言い放ったルクトが、パンと手を叩いた。
「どうすんの?」
「とりあえずは、もう一日この街に滞在しよう。それで装備を揃える。
で、明日の朝に出発だ。」
『どこに向かいますか?』
「それは、今日のうちにあらためて決めよう。いいだろそれで?」
「うん。いいんじゃない?」
頷くガンダルクは、傍らの二番刀にチラッと目を向けた。
「念のために、メリフィスの位置はちゃんと随時チェックしといてよ。
おっかないから。」
『もちろんです。あたしだって怖いですからね。…お任せを。』
「じゃあ行くか。」
ルクトの号令と共に、2人はスッと立ち上がる。
日差しの下、キンカジの街は午後の喧騒に包まれていた。
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「あ、あれ昨日売ったランプだ。」
市場を物色しながら、ガンダルクがそんな事を言って笑う。
そんな彼女の隣を歩きつつ、ルクトはほんの少し物思いに耽っていた。
その脳裏に、昨夜の話が蘇る。
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「あたしは勇者グレインとの戦いで死ぬ。それは覚悟してた。だから、
戦う前に勅令を出してたのよ。」
「勅令?…どんな内容のだよ。」
「まあ要するに、もしあたしがこの戦いで死んだら、以降の魔王の座は
廃位にしろ。そしてその後、本当に望む者はアステアを出て人間たちと
融和してもいい…って話よ。」
「マジかよ。」
さすがにルクトは驚愕した。
「それ、2つともお前自身が言った事だったのか。」
『ガンダルクが魔王としての立場で出した、最初で最後の勅令です。』
アミリアスがしみじみとした口調で補足する。
『事実上、ガンダルクは先代であるザンツの汚名をほぼ被って死んだ。
だからこそ、魔王などという面倒な存在は無くそうと思ったんですよ。
そしてアステアを、もう少し世界に開かれた国に変えようとした。』
「ま、嫌なイメージを変えたいって思ってる魔人は多かったからね。
ザンツがクズだったってのも含め、どうにかしたかったのよ。」
「…それでアミリアスは、これから変わる世界を見せようとしたのか。
グレインに倒される覚悟をしていたガンダルク本人に。」
『まあ、そうですね。あたし一人の判断ではありませんが。』
「うん?」
少し曖昧なその言い方に、ルクトは眉をひそめる。
「どういう意味…」
「とにかく。」
遮るように、ガンダルクがひときわ強い口調で言った。
「あたしは事実上、グレインの手で討たれた。後のアステアについては
あんたも知ってのとおりよ。魔王は空位になり、国内にいた魔人たちは
世界に出て、人間との軋轢や偏見を乗り越えて受け入れられていった。
その先にあんたの誕生もあった。」
「なるほど、な。」
語られる歴史に若干圧倒されつつ、ルクトが納得したように頷く。
「だけどその魔王空位も、百年しか続かなかった…って事なのか。」
「逆よ。」
「え?」
意外な即答が返った。
「いや、何が逆なんだよ。」
「百年しかじゃなく、百年も続いたって事よ。あたしとしても、まさか
そんな長い間あたしの命令を律儀に守り続けるとは思ってなかった。」
「思ってなかったのか。」
「魔人ってのはそういうものよ。…いや、そう信じてたんだけどね。」
実感のこもった声でそう言ったガンダルクは、大きなため息をつく。
『ザンツがアステア国内において非常に嫌われていたのも一因ですが、
ガンダルクは本人が思う以上に魔人から支持されていたのです。だから
最期の勅令は何よりも尊重された。その結果が、今の世界なのです。』
「うーん…まあ、事情は分かった。だけどそれが、何か悪いのか?」
「悪くはない。悪くはないんだよ。それは間違いないのよ。」
やけに強調するガンダルクの顔は、何とも複雑な表情を浮かべていた。
「だけど、百年の隔たりはマズい。それもまた事実なのよ。」
「何がそんなにマズいんだよ。」
「人間は、さすがにそこまで長生きできないでしょ?」
「うん?そりゃまあ…」
何となく返事したルクトが、そこでハッと何かに思い当たる。
「あ。」
「分かった?」
「…そうか、そういう事かよ。」
言いながら、ルクトの表情が次第に険しくなった。
「今のこの世界には、魔王を実際に知る人間がほとんどいないのか。」
「そういう事よ。」
重みのある仕草で頷き、ガンダルクがもう一度深いため息をつく。
「百年の間に、アステアの魔王って存在は本当の意味で伝説と化した。
もちろん魔人にはアミリアスみたいに長命な種族も多いから、あたしを
憶えてる者もいる。だけど、人間はそうは行かないのよ。」
「ああ、なるほどなー…。」
ルクトは、参ったというように額に手を当てる。
「何だか分からないけど、とにかく恐ろしい存在。どこの伝承でも大体
そんな感じだ。実際、魔王の手下を名乗る魔人はずっと存在していた。
それが今さら現れたから、世界中が現実以上に怯えてるって事かよ。」
「こんな事になっちゃうなら、廃位にしろなんて言わなきゃよかった。
後悔先に立たずって、この事よ。」
「魔王討伐なんていう目標立ててた俺も、曖昧だったもんなぁ…。」
微妙に同調した2人は、同じように頭を抱えていた。
『つまりはそういう事ですよ。』
黙ってしまった2人に代わり、アミリアスが口を挟む。
『もはや未知の恐怖と化した魔王という存在に、世界中が怯えている。
そういった得体の知れない恐怖は、思いもかけない結果を生みます。
だからこそ今、”魔王の何たるか”を伝える必要があるって話です。』
「分かった。」
それまでのどんな時よりも、ルクトはきっぱりと納得顔で答えていた。
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「魔王の脅威、か…」
賑わう市場を歩きながら、ルクトはあらためてそう呟いた。
「おおーい、早く早く!」
少し先を歩くガンダルクが、元気に彼を手招きする。
「ああ。」
答えたルクトの歩調が速くなった。
そうだ。
今ここで考え込んでも仕方ない。
とりあえず、こいつのやりたい事はしっかりと理解できた。
降臨した魔王については、まだよく分かっていない。それも事実だ。
だったらもう、腹を括ってこいつに付き合うしかない。
魔王討伐って目的は、今となってはあまりに短絡的過ぎる。
もっと別の道を探らないと。
その先で魔王と戦う事になるなら、その時は全力を尽くす。
だから今は、道を模索していこう。
決意を新たにするルクトを、午後の日差しが照らし出していた。




