女王と副王と客人と
「こちらです。」
「へー…」
リスベルに案内された離宮の大広間にて、ルクトたちは何とも言えない
声を上げていた。同伴したメリゼも同じ様に、それ以上に複雑な表情を
浮かべている。
女王の住まう城で、訪ねてきた隣国の王女とその同行者を迎える離宮。
それにしてはあまりに普通であり、しかも大して広い部屋でもない。
ちょっと高級な街の宿屋であれば、お目にかかれそうな調度である。
怒るというよりも、リアクションに困る境遇だった。
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「仰りたい事はよく分かります。」
案内人然としたリスベルが、ざっと部屋を見渡しながら告げる。
「ずいぶん質素な部屋だなあって話ですよね?」
「………」
やはりリアクションに迷う一行は、黙って彼の説明の続きを待った。
さすがのガンダルクも、この場では気楽なノリの発言は控えている。
「もちろん、豪勢な部屋もあるにはあるんですが。何しろメリゼ含めて
厳しい旅をされてきたと思います。野宿なども多かったでしょうし。」
「まあ…確かに。」
「とすれば、いきなり貴賓然とした部屋は逆に気疲れの元になるかと。
今までの延長のような部屋の方が、気兼ねなく休んでもらえるのではと
考えた次第です。…姉と私とで。」
「それはそれは。細かいお気遣い、感謝します。」
皆を代表して、プローノがそう礼を述べた。
確かにここまで、かなり無理をして旅を続けていた。推測のとおり、
野宿もごく当たり前になっていた。正直なところ、下手に豪華な部屋に
案内されるより、今のこっちの方がずっと落ち着くのも事実だ。
国宝級の調度品など、あるだけでも気持ちが磨り減りかねない。
何と言うか、地に足の着いた気遣いである。失礼を承知で形容するなら
王族らしくない。どちらかと言えば商売人などに近い気遣いと言える。
女王と副王がこの采配をしたという事なら、イメージは激変するものの
大いに感服すべき傑物だ。
気づけば皆、それぞれ小さな安堵の笑みを浮かべていた。
「メリゼ。」
「あっ、はい!」
リスベルに呼びかけられ、メリゼがしゃんと背筋を伸ばす。
「いやいいよそのままで。」
「いえ。何でしょう?」
「とにかく出迎えに飛び出していたから、あれこれ雑務が残ってる。
だから僕はちょっとの間外すから、皆さんの事をよろしく頼むな。」
「了解です!!」
「しばしお待ちください。」
ざっと皆の顔を見渡し、リスベルが声を張った。
「じきに姉も来ます。あらためて、今後の事など相談させて頂きます。
外に部下を数人駐留させますので、ご用があればお申し付けください。
まずはごゆっくり。」
「何から何までかたじけない。」
「いえいえ。それではまた。」
年長ゆえ、何となくプローノが皆の代表の立場になっていた。
そんな彼の感謝に応え、リスベルはそのまま場を後にする。
「気の利く人たちだねぇ。」
閉じた扉を見つめて、ガンダルクがそんな言葉を漏らす。
間違っても副王を評価する表現には相応しくない。しかし皆、おおむね
同じような感想を抱いていた。
「いい人じゃない。ねえ?」
「ええ…えへへ。」
肩に手を回すトッピナーの言葉に、メリゼが照れ笑いを浮かべた。
「…まあ、お言葉に甘えてちょっと休もうか。さすがに疲れた。」
実感のこもったプローノのひと言を合図にして、それぞれ椅子に座る。
素っ気ないものの、座れば分かる。間違いなく一級品だ。さすがに、
そこは女王の城クオリティである。
今さらながら、全員が感じていた。
紛れもない、長旅の疲れを。
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「あれ?」
離宮を出るために廊下を歩いていたリスベルが、対面から歩いてくる
近衛の女性の姿を見て足を止める。ほぼ同時に、相手も足を止めた。
少し気まずそうな表情を浮かべて。
「どうしたピノス。君、確か今日は姉ちゃ…女王の側付きだろ?」
「メリゼ様と客人の連絡係を特別に申し付かりました。」
「それ、もうあっちにいるけど?」
「シャンテム様の直通連絡係という事です。ご了解ください。」
「ああ…うん。まあ、よろしく。」
「はい。では。」
挨拶もそこそこに傍らをすり抜け、ピノスはいそいそと広間に向かう。
リスベルは、その背中をきょとんと見送っていた。
…何だあの子は。
何であんなに浮ついてるんだ?
普段は仕事一辺倒の堅物なのに。
もしや悪だくみでもしているのか?という考えが一瞬よぎったものの、
背中を見ているうちに掻き消えた。どう見てもそんな気配はないから。
「…仕事熱心だなあ。」
雑な結論で納得し、リスベルは再び歩き出す。心配はしていなかった。
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「行きたいって駄々こねるからさ。まあいいよって許可した。」
「あのピノスが?」
「まあいいんじゃないの?悪くない傾向だよ、いろんな意味で。」
「…ならいいけどよ。」
そこでシャンテムは、パンと両手を打ち鳴らした。
「さっさと雑務を終わらせようぜ、リスベルちゃん。」
「ああ。」
「あの子ちゃんは、無事にここまで辿り着いた。だけど、むしろ問題は
これからって話よい。」
「あの女性が魔王ガンダルクって、本当なのかよ。」
「聞いて納得した。間違いない。」
「大丈夫なのか?」
「たぶん。心配すなって。」
シャンテムが迷わず即答する。
「ここから国同士の腹の探り合いになるのは、とっくに覚悟の上よ。
あんたもそうでしょ?」
「もちろんだ。」
「あたしの見た限り、ガンダルク様は障害にも敵にもなりはしない。
それだけは信じていい。その上で、メグランとの折り合いを探る。」
「エンクラオと、あの宰相かよ。」
「腹を括れよリスベルちゃん。」
そこでシャンテムは、リスベルの顔をじっと見据えた。
「メリゼと幸せになりたいんなら、ここで男を見せな。」
「言われるまでもねえよ。」
「よっしゃッ!」
パァン!
同時に出した2人の右手が、甲高い音を立てて打ち合わされる。
王族にはあまり似つかわしくない、それでも限りなく確かな姉弟の絆。
互いの決意を確かめる2人の顔に、迷いの色はなかった。




