メリフィスは斯く語りき
午後の日差しが頭上から差し込む、広い闘技場。
汗を流し鍛錬に励む多くの者たちの影が、幾何学模様を描いている。
正面の塔の窓からその様を見下ろす瞳に、さほどの興味の色はない。
誰か一人を注視するでもない。ただ漫然と場を見ているだけだった。
やがて。
「あー疲れた…って、何やってんのメリフィス!」
背後の扉が無遠慮に開かれ、一人の女性がずかずかと入ってくる。
「ってか、何もやってないのよね。いいなあ結構なご身分で。」
「お疲れ。ま、そう突っかかるなよソーピオラ。」
振り返った窓際の男―メリフィスが苦笑を浮かべ、そう告げた。
ドサッとソファーに身を投げ出した女性ーソーピオラもまた、同様に
苦笑を浮かべて酒の瓶を手に取る。
ガルデン大要塞は、今日もそこそこ平穏だった。
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「…で?今日もいたのかよ。」
「4人よ4人。今日こそはいないと信じてたのに、新たに4人よ!」
右手の指を4本立てて大きく振り、ソーピオラがうんざりといった声で
メリフィスに告げる。
「しかもその中の2人は、それぞれ父親と母親が魔人ってパターンよ。
ルクトよりも血の濃い奴らが、何で今になって応募してくるかなぁ!」
「それなら見た目でも判るだろ。」
「一人は小さな角が生えてたわよ。…募集要項を読んでなかったのかと
怒鳴りつけてやりたかった。」
報告しながら、ソーピオラは大きなため息をつく。
「何のために、ルクトを追い出した理由をわざわざ国中に公示したのか
わかりゃしないって話よ。…人魔はお断りって、散々言ってんのに!」
「メグランからの流入が、ここまで多いとは想定してなかったからな。
知らない奴が多いのも仕方ない。」
「他人事ぉ!!」
仰向けになったソーピオラが、足をバタバタさせて怒鳴った。
「いちいち判別してんのはあたし!もうちょっとそこを労ってよ!!」
「わかったわかった。今度また何か買ってやるから。」
「絶対よ!!」
「ああ。」
ようやくソーピオラは怒りを収め、ソファーに座り直す。
「で?」
「何だよ。」
「そっちはどうなのよ。」
「何がだ?」
「熱心にご見学ですけど、ルクトの後釜は見つかったの?」
「アホ抜かせ。」
吐き捨てるように答えたメリフィスの視線が、再びすぐ眼下の闘技場に
向けられる。相変わらず、その目は何の熱も帯びていなかった。
「金に釣られて寄って来た雑魚に、あいつの代わりになるような凄腕が
そうそういるわけないだろうが。」
「ま、そりゃそうよね。」
窓際に歩み寄り、ソーピオラも軽く頷いて闘技場を見下ろす。
「あいつの噂とかはあるのか?」
「メグランも今はかなり混乱してるから、そう細かい情報は入らない。
だけど、ウォレミスの騒乱の中には確かにいたみたいね。相当な数を
ぶった斬ってたって話よ。」
「そんな場所で何をしてたんだよ、あいつは。」
「さあね、分かんない。」
酒の杯をちびちびと少しずつ傾け、ソーピオラが肩をすくめた。
「でもまあ、らしくないのは確か。ルクトの性格から考えればね。」
「間違いなく、誰かとつるんでるんだろうな。」
腕組みを解きながら、メリフィスはゆっくりと言葉をつなぐ。
「あいつは断じて馬鹿じゃないが、先の事をあれこれ深く考えるような
性格でもない。どっちかと言えば、勢いのまま魔王の城に特攻したか、
目に付く範囲の人助けをしてる方がしっくり来る。」
「確かに。」
頷いたソーピオラが、窓の向こうの空に視線を向ける。
「竜の谷のアレも、どう考えたってあの子の仕業っぽくなかったし。」
「ああ。あれはあの魔人がやったんだろう。それは間違いない。」
これ以上見ていても時間の無駄だと思ったのか、メリフィスは窓際から
離れた。そしてソファーに座る。
「誰とつるんでいるにせよ、動きが読めなくなったってのは事実だな。
ま、少なくとも故郷に戻って農業をやるって可能性はないだろうが。」
「…だったら、何かしら手を回して探ってみる?それなら多少は」
「いらねえよ。」
メリフィスは即答した。
「俺たちの目的は何だ?」
「アステアの魔王を倒す。」
「そうだ。そこは絶対変わらない。ルクトがいた時も、今もだ。」
「…つまり?」
「ルクトだってそれは分かってる。そしてあいつが何を目指そうと、
俺たちの目的に対してそうそう反目はしないだろう。」
「言い切るわね。」
「お前だって分かってんだろ?」
ぐっと背中をそらし、メリフィスはソーピオラを逆さに見つめた。
「ルクトは、そんなに器の小さい男じゃない。追い出されたからって、
私怨で魔王に与して俺たちの目的を妨げたりはしねえよ。どうせなら、
自分の手で魔王を倒す道を選ぶさ。そのくらいの気骨は持ってる。」
「誰と組んだとしても?」
「誰と組んだとしてもだ。」
そこでソーピオラは、フッと小さく笑みを浮かべた。
「…認めてんだよねえ、どこまでもルクトの事はさ。」
「当たり前だろうが。」
茶化すような口調には全く動じず、メリフィスは頭を起こして告げる。
「あいつはルクト・ゼリアスだぞ。この俺が背中を預けていた剣士だ。
そこらの腑抜けとはそもそもモノが違うんだよ。」
「それにしちゃあツレないわね。」
「魔王を倒すためだ。そのくらい、お前なら分かってるだろうが。」
「もちろん。」
あらためて、ソーピオラが笑った。
「わざわざ探る気はない。あいつが誰と何をしていようが、俺の目的は
変わらない。邪魔するなら退ける。ただそれだけだ。」
もはやメリフィスの言葉は、完全に自分に向けたものになっていた。
「先んじるならやってみろルクト。俺は俺の道を行く。」
そろそろ日も傾き始めた、ガルデン大要塞の塔の一室で。
メリフィスとソーピオラの進む道もまた、少しずつ形を成していた。




