街の喧騒の中で
魔人国アステアは、大陸を南北方向に貫くような形になっている。
そして人間の統治する5つの国が、アステアを囲むように存在する。
古来より”魔人”という存在は人間に怖れられてきたものの、本格的な
戦争にまで発展した事はなかった。明らかに異質な存在ではあっても、
それなりに理性的な関係は保たれていたのである。
その上で、アステアには「フリーランド」と呼ばれる地域があった。
北端のヘズレ境界から南へ下り、南端のラスゴ境界に至る地域を指す。
この地域は古くから、周囲の国々の国境線と接しており、その中でのみ
「人間が自由に往来できる」という不文律が存在していた。もちろん、
絶対安全なわけではない。その中ならアステアは問題視しないという、
言わば「黙認」の地域であった。
ガンダルクが討たれ、魔王の座が廃位となってから百年の時が流れて。
このフリーランドもまた、かなりの様変わりを見せていた。
少しずつ人間の入植も増えていき、いつしか人間と魔人との交易などを
担う地域としての役割が付加されていったのである。長い歴史の中で、
それはひとつの革新でもあった。
そして、時代は今に至る。
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「おお…賑わってるなあ。」
竜の谷を発って、ほぼ丸1日。
野営を挟んでようやくたどり着いたのは、雑多で賑やかな街だった。
「来た事ないの?」
珍しそうにキョロキョロと周囲を見回すルクトに、傍らのガンダルクが
問いかける。2人はライドラグンを連れ、市場に足を踏み入れていた。
「ああ。フリーランドの街に来たのは、少なくとも俺は初めてだよ。」
『まあ、そうでしょうね。』
彼が右腰に提げている二番刀から、アミリアスがそう声をかける。
『人間の入植が進んでいるとは言っても、ここはアステアの国内です。
魔人を討つ事を生業としている勇者や冒険者が、好んで足を踏み入れる
場所ではないでしょうね…ん。』
「付け忘れるならいっそ諦めろよ、その語尾。」
『…そうします。』
「なるほどねー。」
納得顔で頷いたガンダルクが、周囲を見渡してちょっと苦笑する。
「あたしが死んだ事で生まれた街と考えれば、あんたと一緒に来るのは
確かにちょっと感慨深いかもね。」
「死んだ事で…とか形容されると、俺としては訳わからなくなるな。」
「でしょうね。ま、済んだ事よ!」
吹っ切れたようににっこりと笑い、ガンダルクは歩き出した。
「とりあえずは腹ごしらえよ!それから、荷物を売りに行こう!」
「よっしゃ。」
『行きましょう!』
所狭しと並ぶ店の屋根越しに、青い空が見える昼時だった。
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「…それにしても、本当に魔人の数が多いんだな。」
鳥肉の煮込み料理をつつきながら、ルクトが周囲を見渡して呟く。
食堂は大いに賑わっていた。
「そりゃあここもアステアだもの。むしろ人間の多さの方が凄いよ。」
「理屈では納得できるんだけどな。明らかに姿の違う魔人がここまで
当たり前のように近くのテーブルに座ってると、価値観が変わるよ。」
「いい事じゃない。」
同じ肉料理を旺盛に頬張り、ガンダルクが満足そうに笑う。
「別にあんたやメリフィスたちの仕事を否定する気なんかない。けど、
そういう仕事をやってると、こんな場所には来る機会もないでしょ?」
「ああ、確かに…。」
「あたしが言うと限りなく変かも知れないけど、魔王がいなくなって
世界は変わった。相変わらず悪さをする魔人がいるのは事実としても、
もうちょい自分の見識を広げるのも悪くないと思うよ?」
「そうだな。」
『ああ、我が魔王が人を諭す日が来るとは…長生きするもんですねえ』
「いちいちうるさいなもう!安値で売り払うぞ!」
『あなたのお宝ですよあたしは?』
「変わり果ててんじゃんか!!」
「だから喧嘩すんなってのに!」
そんな掛け合いが、食堂の喧騒の中に流れていった。
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「さあて、んじゃこの荷物の中身をあらためようか。」
食事を終えたルクトたちは、賑わいから少し離れた東屋に来ていた。
すぐ傍らに繋いだライドラグンは、うとうとと舟を漕いでいる。
午後の気だるい時間帯だった。
「およそ知ってるんでしょ?」
「ああ。まだ何日も経ってないからな。俺を追って来ていたんなら、
他の案件も受けてないだろうし。」
言いながら、メリフィスたち3人の荷物をテーブルの上にぶちまける。
物珍しそうに物色するガンダルクを尻目に、ルクトはそれらの品々を
手際よく分類していった。
「やっぱりいい物が揃ってるねー。当代一と言われる勇者は違うよ。」
「昔のお前からすれば、メリフィスも俺もまだまだ雑魚なんだろ?」
「当然でしょ。グレインにもその仲間の域にも、全然届いてないよ。」
「はっきり言うねえ。」
「ま、あくまで昔の話だからね。」
あれこれ語りつつ仕分け作業をしていたルクトの手が、黒い結晶体を
見つけてふと止まる。
「…ん?何だこれ。知らないな。」
「けっこう重いね。」
『ちょっとあたしが調べてみましょうか。ルクトさん!』
「ああ。」
応えたルクトが、傍らに置いていた二番刀を掲げて結晶体に当てる。
瞬間、かすかに魔石が発光した。
『…ああ、なるほど判りました。』
「何だったの?」
『これは守護者に武器として持たせていた棍棒を、圧縮貴術によって
このサイズに縮めたものですね。ソーピオラちゃんの仕業でしょう。』
「持ってきてたのか。」
『まあ、百年以上も前に手に入れた良質なジルニウム鉱石ですからね。
後で売ろうと思ったんでしょう。』
「へー、あれがここまで圧縮できるんだ。さすがだね。」
感心したようにそう言ったガンダルクが、結晶体をしげしげと見やる。
「元に戻せる?」
『もちろん可能ですが、今はやめておくのが賢明です。』
「何でだよ。」
『いったん解呪してしまうと、もうこの状態には戻せなくなります。
貴重な物なので、これは今は売らずに持って行きましょう。』
「何か使う当てでもあるの?」
『あるかも知れません。いつか。』
「そうだな。」
あっさりその意見を採用したルクトが、結晶体を自分の鞄にしまう。
続いて手に取ったのは、青緑に輝く大きな丸い石だった。
「おお、でっかいネラン石だね。」
「半月くらい前に、アルメニク王国にある洞穴で見つけたやつだな。
けっこう苦労したから、ソーピオラが大喜びしてたっけ。」
「じゃあ置いとく?」
「いや売る。」
『即答ですね。』
「別にいいだろ。あ、それと…」
「それと?」
「こいつは貴術系道具を作る媒体になるから、分けて売った方がいい。
細かく割れてる破片でも売れるし、いっそ叩き割ろうぜ。」
『「……」』
しばし黙り込むガンダルクとアミリアスに、ルクトが目を向けた。
「どうかしたか?」
『いやあ…』
「あんたも意外と早く染まってきたなあ…と思ってさ。」
「そりゃそうだろ。」
そう応え、ルクトはニッと笑った。
「お前らを相手に、いつまでもしつこく常識を振り回してられるかよ。
どうせなら割り切って楽しくやる。その方がいいに決まってるだろ?」
「ルクト。」
「何だよ。」
「やっぱり見所あるねえ。」
「…あんまり褒められた気がしないなあ、お前が相手だと。」
『でしょうね、そのとおり。』
「うるさいなもう!売るぞ!!」
『ご勘弁を!!』
午後の日差しの中。
話し声を子守唄に眠るライドラグンの影は、ひときわ濃くなっていた。




