メリゼとメリゼ以外の者と
血まみれ傷だらけでありながらも、ゲルテの判断は速かった。
皆の意識がまだルクトに向いている間に、素早く踵を返してその場から
遁走を図ろうとしたのである。
しかし、ラジュールの対応はもっと迅速だった。
戦いが終わる前に、すでにゲルテのすぐ後ろにまで移動していた。
結果。
ガゴン!!
駆け出そうとしたゲルテの脳天を、鞘に収めたままの剣が捉えていた。
呻き声を上げる間もなく、ゲルテはぐるりと一回転して倒れ伏す。
一瞬遅れ、皆の視線がハッと一斉にラジュールに注がれた。
「あっさり逃げるな、卑怯者が。」
「お見事。」
トッピナーが、彼の機転と早業への賛辞の言葉を口にする。どうやら、
彼女も場合によってはゲルテを自ら捕らえようと思っていたらしい。
戦いの始まりも終わりも、今にして見れば実に唐突だった。
================================
「大丈夫だな?」
「ええ。」
「…しかし武器を失いました。」
しばしの後。
皆は、街道を少し外れた大きな柱の前まで移動していた。
いささか大儀そうに座るシャリアとイバンサに対し、プローノが問う。
致命傷にこそならなかったものの、彼らの受けたダメージへの認識を
疎かにするわけにはいかない。そのため、プローノはしつこいくらいに
彼ら2人の状態を気遣っていた。
殴られた時の勢いから見れば、今の2人の傷は浅い。自力で歩けるし、
馬にも乗れる。何とかシャンテムの待つ城までも辿り着けるだろう。
武器の喪失は色々な意味で痛手だ。とは言えそれは割り切るしかない。
しかし現状は、そんな単純な話にはなっていない。獣人暗殺部隊の時と
同様には考えられないし、敵の襲撃を退けたから行こうとはならない。
「こいつを締め上げる?」
昏倒したままで縛り上げられているゲルテを見て、トッピナーが問う。
「あの魔鎧兵の中身は全員死んだ。事情を訊けるのはこいつだけよ。」
「いや、それはちょっと難しいかも知れないな。」
プローノがそう答え、ゲルテの顔をじっと見据えて続ける。
「締め上げた末に何を語ろうとも、我々にはその真偽を確かめるための
基準というものがない。…そして、本物だった時の心構えも必要だ。」
「まあ違うんだろうけど、絶対じゃないからねえ。」
すぐ隣のガンダルクがそう告げた。
「メリゼやルクトたちのやった事が過剰だったとは、別に思わない。
だけどもし本物だったら、この国の見方そのものが変わっちゃうよ。」
「確かにな。」
遠くに見えている城へと目を向け、ルクトがしみじみと答える。
「首尾よく城に到着したとしても、メリゼ様以外の「俺たち」の存在が
否定される可能性は捨て切れない。怪しいのは事実だからな。」
「……」
誰も何も言えなかった。
メリゼ自身は「苦言を呈します」と明言しているものの、相手は女王。
意向に反したと思われれば、同行の者たちの立場は一気に危うくなる。
ましてやルクトもガンダルクも他の者たちも、あまりに出自が怪しい。
信用できないと言われてしまえば、本当にそれまでだ。
何とかここまで来たものの、今さらかつての肩書きが枷になっている。
形容し難い徒労感のようなものが、皆の心にのしかかっていた。
================================
しかし、沈黙は短かった。
「とは言え、後戻りをする選択肢はないわよね。」
そう言ったトッピナーが、いまだに意識の戻らないゲルテの胸座を掴み
ぐっと持ち上げる。
「とにかくメリゼ王女を、あの城に連れて行く。送り届けるんじゃなく
あたしたちも一緒に行く。それが、これから先の道を探る意味でも絶対
必要だったはずでしょ。だったら、こんなガキとガラクタ人形ごときに
曲げられるいわれはない。」
「そうだな。」
「うん。」
「確かに。」
不遜とも言えるトッピナーの言葉に対し、皆が短く賛同の声を返した。
この男がもしも本当にシャンテムの使いだったとするなら、この状況は
かなりの問題だろう。ただ同時に、シャンテムがメリゼに会いたい…と
思っているのも確かとなる。なら、もう開き直って会いに行くべきだ。
そうしないと何ひとつ始まらない。
先に手を出してきたのは向こう側。結果はどうであれ、それも事実だ。
「よし。じゃあ行こう。…そいつも連れて、女王に会いに行こう。」
「はい!」
ルクトの号令に、他ならぬメリゼがひときわ大きな声で応えた。
勢いを取り戻したかのような彼女の気迫に、皆も笑って立ち上がる。
「ま、細かい話は着いてから…ってノリで臨もうか。」
相変わらず軽い感じでガンダルクが呟く。
結局のところ、現時点での方針に変わりはなかった。
士気を取り戻した皆が、あらためて隊列を組もうとした刹那。
ガシュンガシュンガシュン!
聞き覚えのある駆動音が、前方から聞こえ始めていた。
================================
何なのかは、確かめるまでもない。
魔鎧兵だ。しかも今回は7体。
街へと向かう街道から、まっすぐに向かってきていた。
さっきのものと比べると、全体的に白い。そして素人の目でも判る。
さっきのものより完成度が高い。
「…新手かよ。」
表情を険しくしたルクトが呟く。
その隣で、メリゼも口を引き結ぶ。
やはり、城までの道程はあくまでも険しいものらしかった。




