待ち受けていたもの
「うーん、これぞ開放感だね。」
長い森を抜けた高台で、ガンダルクが大きく伸びをしながら言った。
他の面々も、馬を下りて同じように体を伸ばす。
ラキアノン急行の駅からここまで、ずっと森の中の街道を進んできた。
左右に背の高い木が延々と並んだ道は壮観だったものの、ずっと続くと
やはり飽きてくる。開けた空というものを心ゆくまで拝みたくなる。
まさに今が、そんな感じだった。
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「あれが第一都のマンデですか。」
森の南側に見える都市に目を向け、ルクトが誰にともなく呟く。
「ふむ…何とも見覚えがあるな。」
隣に立ったプローノが、どことなく実感のこもった口調でそう言った。
ちらと彼の横顔に目を向け、ルクトが小さく頷く。
「似てますね。ガルデンに。」
「ああ。もしも拡張すれば、まさにあんな感じになっただろう。」
「なるほど…言われてみれば。」
反対側に立ったラジュールもまた、彼らの言葉にうんうんと頷いた。
もちろん規模は比べるべくもない。しかし、要塞を思わせる都市構造は
まさにあのガルデン大要塞を彷彿とさせる。偶然なのは理解しつつも、
しばし彼らは感慨にふけっていた。
「おぉーい、そこのカカシ3人組!出発するよ!」
「ああ…」
「おお。」
「はいはい。」
身も蓋もないガンダルクの言葉に、3人は肩をすくめて駆け戻る。
過去に目を向ける行為を、何もかも否定する必要はないだろう。
いかに苦い記憶であったとしても、そこから学べる事は少なくない。
しかし、今はとにかく先へ進むべき時なのも事実。しかも急を要する。
目指すマンデまでは、もう少しだ。
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森を抜けてきたこの街道の他にも、見える限りでは数本の道がマンデに
伸びているのがここからも見える。どうやらこの都市はかなりの盆地に
位置しているらしく、遠目からでもその構造はそこそこ窺い知れた。
「何と言うか、均等ですね。」
「そうね。この距離なら判る。」
並んで馬を進めているラジュールとトッピナーが、そう言葉を交わす。
傍らで聞いている皆も、その意味ははっきり分かった。
都市につながる街道の間隔も均等。そして、周囲から都市に向かって
建造物が密集していく割合も均等。遠くから見ると実に均衡がある。
都市計画というか何というか、何にせよ非常に計算されている造りだ。
「あのマンデは第一都といっても、割と新しい都市ですからね。」
珍しく馬を駆るメリゼが説明する。
「アステアから移住した…ええと、名前は存じ上げませんが、魔人の
建築家が構想を立てたらしいです。かなり遠大な計画ではあったものの
今ではあのとおり。これもモーグの大きな特徴でしょうね。」
「へー、誰だろ。あたしの知ってる奴だったのかなぁ。」
『クロポスあたりが怪しいですね。いかにも考えそうですよ。』
「ああー、なるほど。」
「え、ご、ご存知ですか?」
友達を語っているようなガンダルクとアミリアスの口調の何気なさに、
メリゼも周囲の者も気を呑まれる。
「まあちょっと心当たりがね。別に確信なんかないけどさ。」
『機会があれば訊いてみましょう。せっかくですから。』
「は…はぁ。」
「…やっぱりお前って、アステアの先代魔王なんだな。」
今さらルクトがしみじみと呟いた。
うっかりすると忘れてしまいそうなその事実は、変わらずそこにある。
この国が、アステアの技術や文化を大いに取り入れているという事実も
あらためて実感できる。
興味の尽きない道すがらだった。
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どうやら、すでに盆地の底らしい。
遠目に見下ろしていたマンデの街は正面にそびえる格好になり、周囲も
広く遠くは見渡せなくなっていた。徐々に建造物も増えてきたものの、
ほとんどが穀物庫かサイロらしい。人の姿も、まだあまり見かけない。
「…隠れる場所に事欠かないな。」
シャリアが、ポツリと呟いた直後。
『魔力の気配がありますね。しかも割と大きいのが複数。近いです。』
「魔力の気配?」
アミリアスが放った言葉に、ルクトは怪訝そうな表情を浮かべた。
「魔人の気配じゃないのかよ。」
『違います。それならもっと早くに察知できたはずです。』
「いずれにせよ注意しろ!」
プローノの号令で、皆が周囲に目を向ける。確かに遮蔽物が多いため、
伏兵が潜んでいる可能性は高い。
しかし、魔力の気配というのは一体何なのか。そこがよく分からない。
こんなに第一都に近い場所で、また襲撃があるとも考えにくかった。
それでも、ここまで来たから安全と言い切れるわけではない。
沈黙の中、空気が張り詰める。
と、数十秒後。
「…お待ちしておりましたよ。」
そんな声が、進行方向の柱の影から聞こえてきた。皆が視線を向ける。
ゆっくり姿を見せたのは、明らかに高貴な衣服を着込んだ男だった。
「メリゼ王女と、その家臣のお歴々ですね。…ようこそマンデへ。」
「誰だお前は。」
丁寧な口調の相手に対し、ルクトがストレートな問いの声をぶつける。
無礼としか言いようのないその口調に対し、相手は冷静だった。
「ゲルテ、と申します。女王の命により、お迎えに上がりました。」
「シャンテム様の?」
「そうです。リスベル様ともども、ずっと心配されていますよ。」
「……」
馬上のメリゼは、ゲルテと名乗ったその男をじっと凝視する。明らかに
言っている事を疑っている表情だ。それは誰もが察していた。
「アミリアス。」
『はい?』
「あいつ魔人か?」
『違いますね。おそらくは人魔か、もしくは人間です。力も弱い。』
「魔力の気配の位置はどっちだ。」
『…おそらく、あの男の左右です。均等に並んでいますね。』
「わかった。」
「あなたが女王の使いだって証明、この場でできる?」
そう言ったのはトッピナーだった。それに対し、ゲルテは小さく笑う。
「必要ですか?」
「当たり前でしょうが。」
「ではご覧ください。」
応えたゲルテが、右手をかざした。
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ガシュイン!!
鈍重な駆動音が左右から同時に鳴り響き、石積みの低い壁の向こうから
何か大きな4つの影が立ち上がる。
明らかに人工の、明らかに生物とは異なる機械的なその姿。
誰もが見上げざるを得ない巨躯は、確かに魔力的威圧感を放っていた。
「お迎えの魔鎧兵ですよ。」
もったいぶった口調で告げるゲルテを囲むように、4騎の「魔鎧兵」が
陣形を作る。巨大な胴体と手足は、魔人とは全く違う力のようなものを
確かに感じさせた。
「ここからの護衛は、どうか我らにお任せ下さい。ご心配なく。」
「ご心配だらけじゃん。」
明らかにこちらを威嚇しているその4つの影を見ながら、ガンダルクが
吐き捨てるようにそう告げる。
ルクトたちもメリゼ本人も、もはや相手に対する警戒心しかない。
女王たちの待つ都市を目前にして、新たな障害が立ちはだかっていた。




