傷と犠牲と得るものと
とにかく、色々な事があり過ぎた。
もう大抵の事には驚かないだろう。生意気にそう思っていた。
だけど、さすがに懐の剣がいきなり喋り出したのには度肝を抜かれた。
『ルクトさーん!!』
危うく悲鳴を上げるところだった。
二番刀が喋っていると判った瞬間、投げ捨てそうになった。
『ちょっと待ってください!あたしあたし!あたしですよん!!』
いや誰だ。聞いた事のない女の子の声で訴えられても、判る訳がない。
『あたしですってば!アミリアス・ログニー!ちょっと聞いて!!』
はあ?
『勇者メリフィスに斬り殺されて、二番刀に転生したんですよん!!』
…………何だと?
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「…じゃあ、この腕輪にソーピオラの追跡貴術が付与されてるのか。」
『そうですよん。それを辿る事で、洞窟まで辿り着いたんです。』
「……」
しばし、ルクトはうつむいたまま何も言わなかった。
やがて顔を上げ、しぼり出すように言葉を述べる。
「…悪かった。気付かなかったとは言え、俺のせいでそんな事に…」
『いえいえお気になさらず。てか、あたしは気付いてましたから。』
「はあ?」
難しい顔でやり取りを聞いていたガンダルクが、片眉を吊り上げる。
「気付いてたって、いつからよ。」
『追放を宣告されている店の中を、覗き見していた時からですよん。』
「そこから!?」
『あの子、なんか微笑ましい小細工をしてるんだなーと思ってました。
ええっと、確か名前は…ソーピオラちゃんでしたよね。』
「だったら何で黙ってたんだよ!」
『まあまあ。』
血相を変えて食って掛かるルクトに対し、アミリアスは明るく答える。
『もしルクトさんが守護者を倒せたら、間違いなくガンダルクはこの
二番刀を譲ると思いました。その時にはあたしも洞窟を出て、お二人と
一緒に行こうと決めてたんですよ。もちろん、こういう形でね。』
「殺されてか!?」
『もちろん、自分で転生する方法もありました。だけど、どうせならば
あの勇者をちょっと見ておきたい…と思ったんですよん。』
「………」
しばし、ルクトは絶句していた。
「…危険だと思わなかったのかよ…相手はメリフィスたちだぞ?」
『お気遣いありがとうございます。とっても嬉しいです。…でもね。』
「でも何だよ。」
『実に申し訳ありませんが、それは心配し過ぎですよ。』
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いつしか竜の谷は背後に遠くなり、声なども聞こえなくなっていた。
ライドラグンを停めたルクトが、手綱の脇に掛けていた二番刀に問う。
「ソーピオラとウナクスの貴術は、どのくらい使えなくなったんだ?」
『半日程度です。』
「壁に彫り込んだあの文字だけで、そんな効果が出せるのか。」
『あたしの研究の賜物ですよん。』
「やっぱり暇だったのねあんた。」
呆れたようなガンダルクの言葉に、二番刀はカチャカチャと震えた。
『あなたがモタモタしてたからですよ。何せ全く外に出られないから、
魔術の研鑽とか二番刀の改造とかに精を出すしか…』
「そっちに精を出すなっての!!」
『とにかく、長年の研究の末に編み出した「逆魔文字の術式」です。
相手に少しずつ見せる事で発動する魔術であり、魔力を用いないので
いかに優れた感知術を使っても気付けない、暗示の術なんですよん。』
「つまり、洞窟の壁にもあらかじめ仕込んであったって事か。」
『そのとおり。谷の壁に刻んだのは最後の一文字です。』
「すげえな…」
そんな感嘆の声を上げたルクトが、もう一度背後を見やる。
「じゃあ、メリフィスの剣は?」
『そっちはもうダメですね。錆びて砕けて終わりです。新しい一振りを
また見つける事ですね。』
「生きて谷を出られたらね。」
『…まあ、大丈夫じゃないですか?仮にも魔王を倒そうとする人です。
ドラグンの群れごときには負けないでしょう。負けたらその時です。』
「…なかなか容赦ないなあ。」
『そうかも知れませんね。』
苦笑したルクトに答えたアミリアスが、そこでふと口調を変えた。
『ですが、これでも温情はかけた方なんですよ?』
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「ああ。」
俺は何となく、アミリアスが何を言うかについての察しがついていた。
彼女がどういう存在なのかも、あらためて分かってきた気がしていた。
『悪しき魔人をその手で討つのも、アステアの魔王を倒さんと志すのも
立派な事でしょう。それを否定する気も糾弾する気もありません。』
「だよな。」
『ですが、それと初対面のあたしを殺すのとは別でしょう。』
アミリアスの語る口調は、あくまで淡々としていた。
『かれこれ八百年以上生きていますが、あたしはただの一度として人を
直接害した事はありません。そんなあたしを、ただ年経た魔人だという
理由だけで殺すのは許せません。断じて、それは認められません。』
「まあ、見た目がアレだけどね。」
『それは言いっこなしです!』
ガンダルクの言葉を軽く受け流し、アミリアスはなおも続ける。
『それともうひとつ。』
「…何だ?」
『何の犠牲も払わず、傷も負わず、このアミリアスを殺したなどという
認識は、彼ら自身の為にならない。そう思ったんですよん。』
「…やっぱりそうなんだろうな。」
思ったとおりだった。
こいつはずっと飄々としてるけど、やっぱり魔王ガンダルクの腹心だ。
『守護者を倒せたから本人も…などと考えていたなら、笑えるほどの
身の程知らずなんですよ。洞窟に足を踏み入れた時点で、いくらでも
なぶり殺しにする手はありました。死ぬまで迷わせる事もできますし、
何なら互いに殺し合わせて肉を食わせ合う…って手もありましたよ?』
「怖い事を言うなよ…ってか、あの洞窟ってそんな場所だったのか。」
『あたしの長年の住まいです。メリフィスごとき人間、数百人単位で
抹殺できるだけの備えはしてありましたとも。』
「やっぱり暇人よねあんた。」
『誰のせいですか?』
「あたしかよ。」
俺はそんなアミリアスに対し、別に恐怖も忌避も感じなかった。
言ってる事はガンダルクと同じだ。別に反論する部分もない。
『ま、さすがにそこまでやる必要はないですよね。あたしはこうして
今も存在してるわけですから。』
「手加減してくれてありがとよ。」
「いい奴だねえ、あんたは。あれだけ馬鹿にされたってのに。」
「別にそんなんじゃねえよ。」
そう、そんなんじゃない。
今ここでメリフィスを殺すっては、何かが違うと思っただけだ。
たとえその選択が、後にどんな結果に繋がっていこうと。
俺がこの2人と歩もうとするなら、その選択は違うと思っただけだ。
アミリアスのした事は、断じて俺の仕返しの代行なんかじゃない。
ただ単に、命を軽んじるメリフィスたちに対する罰でしかない。
実際に殺されたんだから、あれでも軽いくらいだろう。
割り切れる自分が、誇らしかった。
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「まあそれはどうでもいいや。」
そう言ったガンダルクが、積み込まれた荷物をパンパンと叩く。
「こういうモノを高く買ってくれる街を知ってるからさ。まずはそこで
資金調達と行こう!!」
「ああ。」
『行きましょーう!』
「…なあ、アミリアス。」
『はぁい?』
「…何でそんなに、口調も声も若くなったんだよ?」
『せっかく転生したんだから、年寄り臭さは捨てようと思いまして!』
「…さいですか。」
「あたしの大事なお宝の二番刀が、すっかり口うるさいナマクラに…」
『ナマクラじゃないですよん!』
「やめろってのにその語尾!!」
ワイワイと無駄口を交わしながら、3人のライドラグンは駆け抜ける。
新たな目的地を目指して。
日は、少し傾き始めていた。




