進む者と残った者と
「まさかモーグまで来るとはな。」
ゆっくりと馬を進めつつ、プローノがそんな事をしみじみ呟く。
振り返れば、もはや検問塔は遠目に小さく見えるだけになっていた。
「何?やっぱ不本意と思うところもあったりするの?」
「いや、そういう意味じゃない。」
すぐ隣に並ぶガンダルクの問いに、プローノは小さく首を振った。
「いくら威勢のいい事を言おうが、私は無様に敗走した将だ。正直、
あれだけの大敗を喫して生きている自分など、想像しなかったんだよ。
弱音を吐く訳じゃないが、先の事を考えられなかったのは事実だ。」
「あーなるほど、確かにね。」
納得したらしいガンダルクの目が、周囲のラジュールたち3人に向く。
皆、一様にうんうんと頷いていた。妙にシンクロしているその動きに、
ルクトたちはちょっと苦笑する。
プローノの言葉はいたって正直で、そして現実そのものだ。
彼は若い頃から生粋の兵士であり、その人生の大半をガルデン大要塞で
過ごしてきた。もちろん実戦の場に出た経験も多く持っているものの、
あくまでも兵として、将としてだ。冒険者のような自由意志はない。
兵士は戦場にて死す。それは当然の覚悟として、広く浸透している。
それに対し、誰も特に思うところはない。個人がどうこう言うレベルを
超えているからだ。国に殉じる兵士など、昔からそういうものである。
プローノもラジュールも、さらにはイバンサもシャリアも。
ジリヌス王国に仕える兵士として、当たり前のようにその覚悟を以って
任に赴いていたのである。
だからこそ、こんな形で国を2つも越えるなどという顛末は、想像すら
できなかった。越えた先に何があるのかなど、輪をかけて想像の外だ。
自分の生き方を大きく変える選択をすれば、どこまで行っても未来は
想像の向こう側にしかない。たとえプローノのような年配であろうと、
そのあたりは変わらない。
「任務だと思ってしまえば気は楽になりますが、何か違いますよね。」
イバンサがそんな事を口にする。
「プローノ様でさえ今はそんな感じなのに、次は何をすればいいのかと
兵士感覚でいちいち指示を仰ぐのも間抜けな話ですし。」
「まあそうよね、確かに。」
頷きながら、トッピナーが答えた。
「あたしが長年ギルドの受付で相手をしてきた冒険者とか勇者たちは、
とにかくやる事を自分自身で選んで突っ走ってた。若いのもベテランも
少しでも名を上げようとして、ね。しくじって死んだ奴も多かったけど
それも含めて冒険者だったから。」
「なるほど…」
隣に並ぶラジュールが、深く頷く。
「生きるも死ぬも全て自分で選ぶ。考えてみれば、我々のような兵士と
真逆の生き方かも知れませんね。」
「確かにそうだけど、ちょっとだけ聞き逃せない部分があるなあ。」
ぐるりと振り返って自分を見据えるトッピナーの視線に、ラジュールは
いささか気を呑まれた。
「…な、何がでしょうか?」
「我々のような兵士って言うけど、もうあなたたちは兵士じゃないよ。
少なくとも、苦労してライセンスは取ってるんだからね。」
「にゃはははは、そうそう!」
当然の指摘に、ガンダルクが気楽な笑い声を上げる。
きょとんとしたラジュール、そして話を聞いていたイバンサたち3人も
やがて納得したように小さく笑う。
「…確かにそうだな。」
ポツリと呟いたプローノが、懐からライセンスカードを取り出した。
強引ではあったものの、依頼を受け仕事をした結果として得たものだ。
どのみち国を離れた自由な身なら、胸を張って提示すればいい。
「何のお話ですかぁー?」
馬車の中からメリゼが問いかける。
平和な午後だった。
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二本の指でそっと掲げたライセンスカードを、アルフが見つめている。
宿屋にて部屋の掃除の仕事を終え、ひと息ついている時間だった。
「また見てんのか。」
「うん。」
用具を片付けて戻ってきたルブホの言葉に、アルフは笑って頷く。
相変わらず大きな体であるものの、その仕草はどこまでも女性らしい。
「みんなで取ったものだからさ。」
「そうだな。」
つられてルブホも笑った。
マルマ村に残る選択をしたものの、別に村の顔になるつもりなどない。
もちろん、必要な時には剣を取る。それは皆が承知している事実だ。
とは言え、平時はごく普通に働く。その中で、自分たちという存在を
少しずつ新たに確立していく。
「うちへどうぞ!!」
誰よりも熱心に誘ってくれたのは、他でもないここの末娘セルニルだ。
もちろん、ありがたくその申し出を受けた。今は住込みで働いている。
「みんな、どこまで行ったかな。」
「さすがにまだまだだろう。」
並んで座り、2人はアミリアスから受け取ったブローチを見て語らう。
もはや魔力は枯渇しており、通信をつなぐ事はできなくなっていた。
だけど、きっと大丈夫。
プローノ様たちなら、どんな危難も乗り越えていけるだろうから。
そんな2人は、まだ知らなかった。
危難が近づいているのは、むしろ今ここにいる自分たちだという事を。
マルマ村に向かう一団は、足音さえ響かせず高速で進んでいた。




