ヤムダ・コーツの心意気
「…なるほど、およその事情は理解しました。」
受付女性―名をヤムダと言う―は、ルクトの顔を見据えてそう言った。
自分たちが何なのか、どうしてあのデヴァンスに狙われていたのか。
虚実を取り混ぜ、ルクトは苦労してそのあたりを彼女に説明していた。
あの女が宰相の肝いりで来ていたという事、自分たちが宰相の意向に
著しくそぐわない存在だという事。だから事実上、メグラン王国からの
脱出を図ったのだ…という事まで。もちろんメリゼの事は省いている。
アミリアスの幻影は彼女の視界にも投影されていたので、フード姿の
女性はこの場にいる2人、メリゼとアルメダという話で押し切った。
もちろん、無理のある話というのは十分過ぎるほど分かっている。
ヤムダにしても、ルクトの話す内容が全て本当だとは思わないだろう。
実際、嘘も隠し事も混じっている。話せない事の方が多いのも事実だ。
しかし、それは責められる事か。
何しろこのご時勢である。ジリヌス王国へと流れていく人間の冒険者、
国内の情勢不安、そしてウルムスの不審な動き。こんな状況の中では、
何もかも正直に話せる出国者など、むしろ珍しい存在だろう。
いちいち不審な者を止めていては、検問そのものが破綻する。だから、
通る時の手続きに不備さえなければ通す。それが現実というものだ。
当たり前の旅をしている者として、ルクトはヤムダと向き合っていた。
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「…あの女(デヴァンスの事)は、間違いなくあなた達を探していた。
それは信じてもいいんですね?」
「ええ、それは確実です。ただし、本人に面識はありませんが。」
「でしょうね。」
色々と察する部分があるのだろう。ヤムダは何度か意味ありげに頷く。
ここまで話していれば、傍らにいるプローノたちにも何となく事情は
想像できた。デヴァンスが、いかにヤムダにとって目障りだったかも。
「ま、いろんな事をやったけどさ。少なくとも誰からも責められるほど
悪辣で危険な事に手は出してない。あの女が宰相の指示で動いたのは、
何やかんやとキナ臭い理由があったから。そこは察してよ。」
「いいでしょう。」
「…え?」
あまりにもあっさり言い放ったそのヤムダの言葉に、ガンダルクはじめ
全員がキョトンとした。…まさか、そこまで早く容認してくれるとは。
開き直ったのか自棄を起こしたのかとも思ったものの、ヤムダの表情は
いたって冷静だった。
「本当にいいのですか?」
思わずラジュールが問いかける。
「我々が言う事ではないというのは承知してますが、国境の番人として
そんなにあっさり判断されては…」
「国境の番人だからこそ言ってるんですよ。いけませんか?」
ぴしゃりと言い放ち、ヤムダは皆の顔をざっと見回した。
「さすがに転移術というのは異例もいいところですが、手続きの上では
あなたがたの出国を咎める理由などありません。これがもし入国なら、
確かにもう少し慎重になったのかも知れない。それは認めます。…が、
実際はそうじゃない。だからもう、あれこれ問いません。」
言いながら振り返り、遠い検問塔をじっと見据える。
「と言うか、あのバカ女の横暴にはいい加減ウンザリしてたんですよ。
あたしは誇りと経験を持って仕事をしてるってのに、宰相の命令だと
言えば何でも通ると思ってる無能。救いようがありませんでしたよ。」
「……」
妙に実感のこもるその言葉に対し、ルクトたちは言葉がなかった。
しかし、笑う者は大いに笑う。
「にゃはははは!なーるほどね!!あいつは嫌われてたって事か!」
愉快そうなガンダルクの笑い声が、場に響き渡っていた。
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強引な既成事実と言ってしまえば、身も蓋もないだろう。
実際、真っ当な方法で国境を越えたとは、とても言いがたい状況だ。
しかし、出国管理の受付がこうして認めてくれた。その事実は大きい。
いくら宰相の後ろ盾を持っているとしても、やっている事は越権行為も
甚だしい。デヴァンスがそんな風に拒絶されるのも、ある意味当然だ。
誰であれ、自分の領域にズカズカと踏み込まれるのは嫌なものである。
その意味でも、デヴァンスは大いに失敗していたと言えるだろう。
結果、ヤムダはルクトたちに対して「正式な出国」であるという証明を
発行した。ついでに、完全に状況に置いてきぼりになっていた行商人の
略式手続きもしてくれた。つまり、誰もが胸を張ってモーグ王国の中を
闊歩できるようになったのである。あの場に彼女がいたという事実が、
結果的にかなりの僥倖となった。
巻き添えだった行商人たちも、特にルクトたちに文句は言わなかった。
むしろ無事に国境を越えられた事に感謝の意を示し、そのまま去った。
何とか、無粋な被害を他人に被せず済んだ。それもまた、得た戦果だ。
「またいつか、酒でも飲もうよ。」
「ええ、憶えておきましょう。」
何か通じるものがあったのだろう。トッピナーの誘いに対し、ヤムダは
笑って頷いてみせる。
さっきまでからは想像もできない、平和な語らいの時間だった。
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「それで…どうするんですか?」
「ご心配なく。」
ラジュールの心配げな問いかけに、ヤムダはニッと笑って答える。
「これでも私はけっこう古株です。少なくともカラスカスの街までなら
往来できる資格も持っております。知り合いもいます。だからあの女が
撤収するまで、臨時休暇だと思ってのんびり待ちますよ。」
大胆な事をあっさりと言ってのけるヤムダに、皆は呆れつつ感服した。
そこまで言ってくれるのなら、もう下手な遠慮は無用だろう。
「それじゃあ、我々はこれで。」
「ええ。お気をつけて!」
彼女の言葉に送られ、ルクトたちはあらためてモーグの地を歩き出す。
目指すは女王シャンテムの居城。
その足取りに、迷いはなかった。




