迫る光の壁
ルクトは答えなかった。
しかしデヴァンスの目は、彼のすぐ背後に佇むフード姿の女性2人を
射竦めるように捉えていた。無言の圧力が、場の空気を凍りつかせる。
ルクトの隣にはガンダルクがいる。ならば、フードの女性は誰なのか。
顔を隠すという行為に意味はない。むしろ自分で告げているに等しい。
いくら隠そうが、ルクトやプローノたちが護衛しているという事実が
何よりも雄弁に物語る。策を弄して護衛を疎かにするなど、本末転倒も
甚だしい。いくら何でもその選択は愚かに過ぎる。
デヴァンスは何も言わない。ただ、ルクトたちの答えを待っている。
場を制した余裕か、それとも戦いを避けようとする賢明な配慮なのか。
いずれにせよ、答えなければ局面は動かない。それだけは明白だ。
それでも答えようとしないルクトの背後から、フード姿の女性2人が
ゆっくりと歩み出た。それに対し、ルクトたちは視線さえも向けない。
「お顔をお見せ下さい。」
礼儀正しいデヴァンスのその言葉を受け、2人は黙ってフードを取る。
露わになった顔は紛れもなく、王女メリゼと侍女のアルメダだった。
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「ご無事で何よりです、王女。」
「…あなたは?」
「私をご存じないのは、無理もない事です。が、どうぞご心配なく。」
恭しい態度で答えたデヴァンスに、メリゼが怪訝そうな表情を返す。
「この状況で心配するなと言うのは無理があるでしょう。…そもそも、
ここへ来たのは私の意志です。」
「お気持ちはお察ししますが、何卒ご自身の立場をお忘れなきように。
今は国が危うい時です。なればこそ軽率な判断はお控え下さい。」
「ウルムスに全て任せればよいと?…それはできない相談です。」
「宰相様にご不信を抱かれるのは、御身のご自由です。しかし私は、
王女の安全を何よりも優先せよとの命を受けてここに来ております。
申し訳ありませんが、そのあたりはご了承下さい。」
淀みなく語るデヴァンスとメリゼに対し、ルクトたちは何ひとつとして
言葉を挟めない。完全なる部外者となり、ただ突っ立って見ている。
アルメダはそんなメリゼの傍らで、石のように黙り込んでいた。
「では、このまま王都に戻れと?」
「左様でございます。」
「彼らはどうなるのですか。」
「それはご心配なく。結果的にせよ彼らは、ウォレミスでの襲撃時に
王女を守った者です。少なくとも、罪人扱いにはなりませんよ。」
「当たり前でしょう、それは!」
「どうぞ落ち着いて下さい。私も、無用な戦いなど望みません。ただ、
王女を無事に王宮までお送りする。それだけに身命を賭しております。
国のため、エンクラオ様のためだとお考え頂けますように。」
「……あなたは本当に、ウルムスが遣わした者なのですか。」
「そのとおりです。」
「彼らの安全を、本当に保障すると誓えますか?」
「ええ、もちろん。わが名に懸けて誓います。」
沈黙。
そしてメリゼは、小さく答えた。
「…分かりました。」
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ザリッ!!
耳障りな摩擦音と共に、入口と出口両方から光の壁が迫り始めていた。
地面がかすかに削れ、土塊が舞う。
出口近くに倒れていた受付の女性や他の出国者たちを、シャリアたちが
慌てて自分の傍に引っ張り込んだ。しかし、なおも赤い光の壁が迫る。
「何のつもりですか!?」
「ご心配なく。あなた方お2人は、自由にこちらに来られますから。」
抗議の声にも動じる様子を見せず、デヴァンスは笑って少し後ずさる。
「さ、どうぞ。そこはもう間もなく危なくなりますから。急いで。」
「…卑劣な!!」
「力ずくでは、あなたにも心残りが生まれるでしょう。なればこそ、
あなたご自身がこちらへ来るという選択をして下さい。どうぞ。」
恭しい仕草で頭を下げたデヴァンスに対し、メリゼは絶句していた。
そうしている間にも光の壁が迫る。ルクトたちの方へ、ゆっくりと。
そして。
「なあ。」
じっとその成り行きを見守っていたルクトが、ポツリと口を開いた。
「さっぱり分からないけど、今ってどんな話なんだ?アミリアス。」
『茶番ですよ。聞く価値もない。』
「そうなんだ。」
傍らのガンダルクが答え、いかにも退屈そうに腕を頭の後ろで組む。
2人の声にも態度にも、策に陥った切迫感は欠片もなかった。
「…何ですって?」
あくまで余裕の態度を崩さなかったデヴァンスが、眉をひそめて問う。
「何を言うんです?この状況で。」
「この状況って言うか…」
周囲を見回しながら、ルクトが怪訝そうな声で問い返す。
「お前、誰と話してるつもりだ?」
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その瞬間。
地面を削りながら迫っていた赤い光の壁が、ピタリと停止した。
「何だと!?何を…」
驚愕の声が途中で途切れる。
理由は、ルクトたちには見えない。しかしおよその察しは着いていた。
目の前に立っていたはずのメリゼとアルメダが、消えたのだろう。
しかしそもそも、ルクトたちにその姿は最初から見えていなかった。
「ふ、二人はどこだ!?お前たち、どこへ隠した!?」
「隠したも何も、最初からいない。フードの女なんてものはな。」
「何を言っている…!?」
『あなたが目の前に形成した、その防壁。そこに投影していた幻です。
残念ですが一方しか映せないので、こっちからは見えてませんよ。』
「俺たちがここに何人で来たのか、そもそも認識してなかったんだろ。
最初っから、俺の隣にはコイツしかいなかったんだよ。」
「にゃははは、そう。そういう事。あたしだけ!」
愉快そうにガンダルクが笑う。
そんな様子に、ずっと難しい表情を保っていたプローノも笑い出す。
場の空気は、もはや完全にひっくり返されていた。




