メリゼを追う者
「ようやく現れましたね。」
沈黙は短かった。
受付女性の声とは明らかに異なる、どこか凄みのある女の声が響く。
と同時に、カウンターの後ろの棚がガチャリと開いた。奥に隠し部屋が
設けられていたのだろう。背の高い女がゆっくりと出てくる。
「俺たちを待ってたのか?」
「もちろん。」
ここに至って、下手にとぼけるのは時間の無駄だ。
端的に問いかけるルクトに対して、現れた女もごくあっさりと答える。
「初めまして。…私はデヴァンス。デヴァンス・セルゲリです。」
「魔人か。」
即答するルクトに、プローノたちがキッと表情を険しくする。しかし、
「デヴァンス」は平然としていた。パッと見は人間ながら、首筋などに
確かに魔人と思しき鱗が見える。
「そのとおり。ですがご想像通り、メリゼ王女を保護するためにここに
派遣された身です。もちろん王から命令を賜った身なので。」
つまりは正規の、そして王か宰相の直属の部下なのだろう。
ここまでの経緯を鑑みれば、宰相の子飼いの者と考えるのが自然だ。
そういう任務に魔人を派遣する事ができるあたり、やはりジリヌスとは
決定的に事情が異なっていた。
「お分かりですよね?」
何かを確認するように、デヴァンスが皆に告げる。もちろん場の誰もが
その意味を察していた。
魔人と言っても、この女は真っ当な立場としてここに派遣されている。
つまり彼女と対立する選択は、即ちこの国との真っ向対立を意味する。
その選択は、狭い部屋に収めるにはあまりにも重く、大きかった。
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「今さら問われるまでもないよ。」
そんなデヴァンスの脅し文句を歯牙にもかけず、ガンダルクが答えた。
あまりに何気ないその返し文句に、デヴァンスは表情を少し歪ませる。
「…つまり?」
「魔人だろうが宰相ウルムスの部下だろうが、およそどうでもいい。
ここを通してくれればね。」
ますます顔を歪ませるデヴァンス。そして呆れ顔のルクトたち。
こんな場においても、ガンダルクの我が道を行く姿勢に変わりはない。
相手が何者であろうと、自分たちは自分たちの行きたい場所へ向かう。
ルクトもプローノたちも、何となく笑ってしまっていた。
「それが答えですか。」
「そうだ。」
食い気味に答えたルクトが、出口の扉に視線を向けて続ける。
「あの短い時間で俺たちを捕捉したのは感心するけれど、あんな程度で
閉じ込めたと思うなよ。それが…」
バシュン!!
最後まで言う前に、扉の表面に赤い光がほとばしった。次の瞬間には、
入口の方の扉にも同様の光が走る。
『防壁魔術ですか。』
アミリアスがそう呟いたと同時に、イバンサが素早く槍を突き出した。
デヴァンスの右肩を狙った刺突は、しかし彼女の手前で何かに阻まれ、
キンという高い音と共に弾かれる。よく見てみれば、彼女の目の前には
うっすらと赤く光る防壁があった。さらには間仕切りの壁も、左右から
走った光が一瞬で覆い尽くす。
『…なかなか展開が速いですね。』
アミリアスが感嘆の声を上げる。
確かに、先手を打つという意味では電光石火の早業だった。
物理的な扉や壁に加え、魔術による強固な防壁の展開。
検問塔の出国受付スペースは、更に完全な隔離空間と化していた。
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「ひとつ教えてくれよ。」
張り詰めた空気とは少し不釣合いな口調で、ルクトが問いかけた。
「…何でしょう?」
「どうして俺たちを、探す相手だと思ったんだ?」
「愚問ですね。」
そう答えたデヴァンスは冷笑する、
「ウォレミスの街で暴れていた姿、何人の人間が目撃したと思います?
襲撃者の目さえあれば、あなた方の特定などは難しくもありません。」
「なるほどな。」
「お分かりになったのなら、メリゼ王女を渡して頂きたいですね。」
「この状況でどうやって渡すんだ。壁だらけだろうが。」
シャリアが尖った声で言い返した。もはや、とぼける気はないらしい。
しかしデヴァンスは、冷笑の表情を崩さなかった。
「ご心配なく。」
そう言って手を振ると、表情を失い立っていた受付の女性が動き出す。
人形を思わせるぎこちない動作で、カウンターの端からこちら側へと
歩み出ようとしていた。しかしその目の前には防壁が張られている。
さすがにシャリアが顔色を変えた。
しかし、次の瞬間。
防壁に弾かれるかと思われた女性の体は、何事もなくそれをすり抜け、
カウンターのこちら側に至る。先に倒れていた列後ろの者たちの所まで
ゆっくり歩み寄った女性は、そこで糸が切れたように倒れ込んだ。
「このとおり、防壁のこちら側なら何の問題もなく通れるんですよ。」
「……」
ルクトたちは答えなかった。
独りでこの場に現れただけあって、デヴァンスの修練は凄まじい。
こちらの攻撃は全て弾く壁なのに、特定の人間は苦もなく通過できる。
まさにこの場所に派遣されてこそ、その魔術は十全に威力を発揮する。
もしも一対一で戦えば、シャリアやイバンサにも勝機は十分にある。
しかしそれはあくまで、狭い場所に閉じ込められていなければの話だ。
やはり、楽観が過ぎたか。
相手の用意周到の程度は、明らかに想定を超えている。
「では、王女をお渡し下さい。」
それは、事実上の最後通告だった。




