全てはお見通し
「お待たせしました。」
受付女性の態度は変わらなかった。それまでと同様に、事務的な口調で
ルクトに話しかけてくる。
「お名前は?」
「カル・タクト。」
ジリヌスで取得したライセンス名を名乗り、カードを手元で提示する。
プローノたちも隣のガンダルクも、黙ってそのやり取りを見ていた。
偽名を名乗っているという事には、さほど深い意味も問題もない。
もともと冒険者というのは、腕さえ立てば誰でもなれる職業である。
「光の加護」の覚醒は、人間ならば誰にでも起こり得る。同じように、
「人魔の呪い」の覚醒も人魔ならば等しく起こり得る事なのである。
力を得た者が相応の生き方を選ぶ。この世界では、ごく当然の選択だ。
かく言うルクトも、実家は純然たる農家である。
実名を名乗っているという点では、むしろ珍しい例だとさえ言える。
ジリヌスで偽名のライセンスを取得した理由は、もう言うまでもない。
メリフィスに人魔である事を国中に暴露され、やむを得ずの話だった。
その一方、このメグランにおいて、人魔である事実は障壁にならない。
ピルバスたちも人魔であり、同僚のスランナグなどは純然たる魔人だ。
その事実だけで、後ろめたい思いをする必要などはどこにもない。
今この名を名乗るのは、ひたすらに相手の出方を見るためだ。
メリフィスのパーティーはずっと、メグランやモーグにはほとんど足を
運んだ事がない。知名度も低めだ。しかし王女メリゼを探している者は
おそらく様々な情報を集めている。そして、きっとルクトやプローノを
捜索の対象に含んでもいるだろう。
ルクト・ゼリアスとは名乗らない。しかし、あえて顔は隠さない。
壁の向こうの相手は、どう出るか。
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「…確認しました。」
さほどの時間はかからなかった。
ルクトのライセンスカードを改め、受付の女性はそんな言葉を発する。
呆気なく通行許可は下りたらしい。プローノたちは小さく息をついた。
やはり出国より、入国の方が検問は厳しい。どこの国でも同じである。
偽名とは言え新しいライセンスは、それなりに効力を発揮したらしい。
「いいですか?」
「ええどうぞ。お連れはお二人ですか?」
「そうです。」
機械的に答えるルクトの傍らには、フードを被った女性が2人いる。
名のある冒険者ともなれば、女性を同伴させる事など珍しくもない。
娼婦であったり、奴隷であったり。本人以上に、身分は提示しづらい。
代表の一人がしっかりとした身分を明かせれば、後は不問が原則だ。
どうやら、少なくとも3人はここを通過できそうだった。とすれば、
次はプローノたちである。ルクトはそのまま出口に向かおうとする。
刹那。
ダン!
今まさに出ようとしていた国境側の扉が、重い音と共に閉められた。
ダン!
ハッと視線を背後に向けると共に、反対側の扉も勢いよく閉められる。
ダダダダダン!
同時に、反対側とを仕切る壁の窓が一斉に閉ざされた。扉はともかく、
これは場にいる人間にはできない。明らかに建物自体の仕掛けである。
あっという間に、出国受付のあった空間は牢獄と化した。
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「な、何だッ!?」
「どういう事だ!?」
「どうして閉まって…」
プローノたちよりも列の後ろの方に並んでいた者たちが、突然の事態に
驚きや不審の声を上げ始めていた。しかし、それもすぐに途絶える。
パッと何かの光がカウンターの奥の壁から放たれ、彼らは倒れ込んだ。
『催眠魔術ですね。』
ルクトの懐で、アミリアスがそんな言葉を小声で発した。どうやら、
向こう側に潜んでいるのはかなりの使い手らしい。それも、魔術の。
間仕切りの壁の向こう、入国受付の列の声はもうほとんど聞こえない。
そして隔絶されたこの空間もまた、張り詰めた沈黙に満ちていた。
応対をしていた受付女性は、まるで屍のような無表情になっている。
魔術を今この瞬間かけられたのか、または最初から仕込まれていたか。
いずれにせよ、彼女がここの職員というのはほぼ間違いないだろう。
今の今までごく普通に自分の仕事をこなし、そしてこの場に残された。
被害者なのか共謀者なのか、現時点では何とも判断のしようがない。
しかし、ひとつだけ確信がある。
監視していた何者かは、想定以上にこちらの正体を把握している。
ルクトだけを確認したのであれば、彼とその連れだけを狙うはずだ。
その場合、催眠魔術の行使の対象は彼ら以外の全員だっただろう。
しかし実際は、プローノたち4人もしっかりと意識を保っている。
今の時点では、アミリアスが魔術を阻害したりはしていない。つまり、
最初から4人も対象外だったのだ。
そこから考えられる想定はひとつ。
相手は、プローノとその部下含めて「メリゼの協力者」だとしている。
いつどこでそこまで情報を得たか。対応が非情なほどに的確だった。
「…半端じゃないな、宰相。」
押し殺したルクトの声は、それでも沈黙の中に重く響いていた。




