そして国境へ
マルマ村でルブホ・アルフと別れ、一行はアルバニオ街道を西へ進む。
ここまで来れば、もうモーグ王国は目の前である。さすがに冒険者が
あたふたとジリヌスへ向かうような混乱もなく、国境近くに相応しい
独特の空気が感じられる。道を往く魔人の割合も、高くなっていた。
「もうすぐ国境ですね。えーと…」
先頭を進むラジュールが、荷物から地図を出して確認する。
「街の名はカラスカス。ちなみに、この名前はモーグ側らしいです。」
「え、じゃあこっち側は?」
「ありませんよ。」
ガンダルクの問いに、単身馬を駆るシャリアが答えた。
「この街道から至るモーグとの国境には、メグラン側に街と呼べる地は
作られてません。出入国を管理する検問塔があるだけなんです。」
「何か味気ないねえ。お隣の国との接点だってのに。」
「実情はともかく、あまりモーグと表立って仲良くはできないんです。
やはり、ジリヌスの存在はこの国にとって無視できない問題なので。」
「なるほどねー。」
ジリヌスの兵士だった彼が語ると、妙な説得力が生まれてくる。
いずれにせよ今の情勢を考えれば、そのあたりはますますキナ臭い。
とにかく、このままモーグ王国を、女王シャンテムのもとを目指す。
当座の目的がはっきりしている現実だけが、今の一行の拠り所だった。
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名目上、王女メリゼは体調を崩して静養している事になっている。
もちろん、王都から出てもいない。そんな事実はあってはならない。
しかし、あくまでもそれは名目だ。宰相ウルムスとその部下にとって、
メリゼの居場所が分からない現状は決して放置できないだろう。
とは言え、彼女の最後の目撃証言は「巨大なフライドラグンに馬車ごと
連れ去られた」というとんでもないものである。消息が不明どころか、
すでに食い殺されたと想定する方がよっぽど現実的だ。
ましてやその後、ドラグリア殲滅の戦いに参加したなどと、本人を知る
誰もが思いもしないだろう。実際、彼女を王女ではないのかと疑う者は
一人もいなかった。そんな現実に、メリゼは少しだけ落ち込んでいた。
しかし、ここからはそういう楽観は許されない。
どこに行ったかの見当がつかないとしても、メリゼが生きているのなら
国境を越えるはずだ…という仮定は誰にでもでき得る。ウルムスにも。
だとすれば、国境の検問には確実に彼の息のかかった者がいる。実際に
メリゼの顔を知らなくとも、確認をする方法などいくらでもある。
だからこそ、何としても彼女と共に国境を越える。
今の時点でもし捕まったりすれば、確実に彼女は偽者だと断定される。
真っ当な立場で随行している侍従がアルメダだけでは、どうにも弱い。
王都にも首都にも向かえない以上、もはやモーグ王国の女王と副王に
助力を請う以外に道はない。現状、メリゼが本物であるという発信を
宰相ウルムス以上に強く行えるのはその2人だけだから。
無茶だと言われようと、それを信じ進むしかなかった。
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「見えたな。」
ラジュールと並び先頭を進んでいたルクトが、前方を見据えて呟く。
さほど高くはないものの、遠目にも堅牢さが判る塔がそびえている。
国境の街・カラスカスとの境界線に建造された、検問塔だ。
さすがにここまで来ると、出入国の往来もかなり多くなっていた。
「この検問塔に来た事のある者は…いないな。」
皆を見回し、プローノが確認する。
生粋のジリヌスの兵士である4人に経験がないのはもちろん、ルクトも
ほとんどモーグ来訪の経験がない。長年に渡って世界各国を旅していた
ガンダルクでさえ、この街道からのモーグ入国は初めてだった。
祖国と就職先ジリヌスしか知らないトッピナーも同様。メリゼたちも
言うまでもないという感じである。
「とりあえず、近くまで行ってから探ろう。いいなアミリアス?」
『了解です。しかし…』
「何だよ?」
『好ましからざる状況だとしても、今回ばかりは突破するしかない。
その点は覚悟しておいて下さい。』
「そりゃそうだ。」
「うん。」
「承知の上だ。」
「了解です。」
アミリアスの指摘は容赦なく、また限りなく正鵠だった。
どのみち、モーグへは向かうのだ。もしこの検問が駄目だったとして、
他へ向かうには時間がかかる。その時間だけ、状況は悪くなるだろう。
仮にウルムスが国境全てを監視しているなら、もう考えるだけ無駄だ。
「よーし、やったろうじゃん。」
どこか嬉しそうな口調で言い放ち、トッピナーがぐるんと腕を回す。
西へ向かうほどモーグからの輸入の酒が増え、安く購入できている今。
彼女のテンションは実に高かった。
「にゃははは。いいねそういうの!どうせなら楽しく挑もうってね!」
ガンダルクもまた、塔を見上げつつ愉快そうに笑う。
荒事は覚悟の上。
その事実を、誰もが当然の事として受け止めている。
もちろん、当人であるメリゼも。
検問塔を目指す馬たちの足並みに、乱れなどは一切なかった。




