ドラグリア殲滅戦・7
宿屋の末娘セルニルは、今になってひとつの確信を得ていた。
何かの気配を感じて反射的に部屋を飛び出し、もうひとつの謎部屋の
ドアを勢いよく開ける。予想通り、こちらも難なく開いて中に入れた。
しかし、こちらの部屋はまだ空っぽにまでは至っていなかった。
並んでいたのは、やっぱり見覚えのある木箱だ。おそらくは部屋一杯に
積み上げられていただろうそれは、既に5個を残すのみとなっている。
そして。
残っていたその5個の箱が、何かの合図のように連続して光を放った。
きれいな緑色が印象的なその光が、一瞬で箱全体をそれぞれ包み込む。
じっと見守る目前で、箱はリズムを刻むように順に消失していった。
怪異の類ではない。これは明らかに人の意思による「術」の行使だ。
貴術なのか魔術なのか、そこまでは判らない。そこまでの知識はない。
しかし、そういったものを見た事が無いわけでもない。旅の客にも、
何度かねだって披露してもらった。後で、親にかなり怒られたけれど。
だからこそ、確信が持てた。
これは、あのお客の誰かが行使した術だ。箱を部屋の中に入れたのも、
そしてこうやってどこかに転移術で召喚したのも。
じゃあ、いったい何のために?
それについても、確信に似た予感がある。きっと間違いないだろう。
ドラグリアとの戦いで、この部屋の中の木箱が使われたんだ。
きっとそうだ。
根拠も何もない。自分でもおかしな事を考えているのは百も承知だ。
それでも、揺るぎない確信がある。
ここを発った時のあの人たちの顔を思い返せば、間違いないと思える。
だとしたら。
あの人たちは、きっと戻ってくる。
きっと。
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あらためて見てみれば、残っているドラグリアは半分を切っていた。
それでも、ルクトたちにも明らかに疲労の色が見える。戦況で言えば、
どこまでも優劣がつけ難い。事実、残るドラグリアたちにさえ、どこか
迷いのような気配も感じ取れた。
これもまた、ひとつの膠着状態だ。
消耗戦の果て、最後まで立っているのは果たして人間かドラグリアか。
遠巻きにしていた生き残り個体が、再びジリジリと距離を詰めてくる。
頭上に旋回する有翼個体も、それに合わせて最後の攻撃に出るだろう。
ここを乗り切れなければ終わりだ。
しかし。
「じゃ、頼むぜメリゼさま。」
ぼそりと呟いたルクトのひと言が、均衡を破る一手の合図だった。
頷いたメリゼが、両手を前にかざし意識を集中させる。
円陣を組む皆のすぐ前に、魔法陣が形成された。そして、長身の人影が
一瞬で現出。光が消えると同時に、水色の髪がかすかになびいた。
「ようやく出番かあ。」
何とも緊張感のない口調で、現れた人影―トッピナーがそう告げる。
群れなすドラグリアに視線を向け、持っていた酒をあおった。
「よっしゃ。相手になるよおォ!」
ガチャン!!
一気に飲み干して空にした酒瓶を、足元の岩に叩きつけて粉々にする。
その音が、事実上の合図となった。
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一瞬の沈黙ののち。
「ギィィィィィェエエアァァ!!」
耳を塞ぎたくなるような声と共に、ドラグリアたちは恐慌を来たした。
自分たちの前に現出したトッピナーから遠ざかろうとするかのように、
一斉に踵を返して走り出す。もはや連携も何もない。とにかく逃げる。
さっきまでの獰猛さが嘘のように、その様はパニックそのものだった。
「…これほどなのか。」
「これはまた。」
「何とも…」
目の当たりにしたプローノたちが、むしろ戦っていた時よりもその顔に
呆れと恐怖の色を浮かべて呟いた。
魔人の存在に対する、ドラグリアの恐怖と忌避の感情。生物としての
因子に深く刻まれている、逃れ得ぬ呪いともいうべき恐れの奔流だ。
傍目には単なる若い女性でしかないトッピナーも、まぎれもない魔人。
人にはまるで判らないその事実が、ドラグリアを衝き動かしていた。
「そんなに嫌うなよ傷つくなぁ。」
ほろ酔い加減のトッピナーが、目の前の騒ぎにそんな言葉を漏らす。
やがてドラグリアの動きは、目的を定めて一気に収束した。
とにかく、逃げ道は一つしかない。入ってきたあの大岩の隙間の道だ。
非常口へと殺到する群衆のごとく、残りの個体は我先に隙間の向こうへ
駆け出していく。
誰も追わなかった。
ただじっと、全ての個体が隙間へと吸い込まれていくさまを見守る。
やがて最前列に立つトッピナーが、ゆっくりと二番刀を抜き放った。
それと合わせるように、最後の一匹が隙間の向こうに消えていく。
「支えて。」
足を斜めに開いて腰を少し落とし、トッピナーがルクトたちに告げた。
それを聞いたルクトとラジュールの2人が、彼女の背中を押さえる。
「行くよ。」
「どうぞ。」
「遠慮すんなよトッピナーさん。」
「承知。」
ニッと笑ったトッピナーが、やがて正面に向き直った。
そして、ひと言叫ぶ。
「アミリアス!伸ばせぇ!!」
『了解。』
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ドシュン!!
まるで砲弾を撃ち出したかのような勢いで、二番刀が一気に伸びた。
ルクトがやる時とは、速度が段違いである。内在魔力の強さの違いだ。
当然、反動も半端ではない。
爆風のような圧力に、ルクトたちは足を踏ん張って耐える。
あっという間に岩場を縦断したその刀身が、狙いたがわず岩の隙間へと
突っ込んだ。そこでトッピナーも、グッと柄を掴む腕に力を入れ直す。
刹那。
ドンドンドンドンドンドンドン!!
伸びる時の圧力とは明らかに違う、断続的な衝撃が3人を襲った。
何度も何度も何度も。場に踏ん張るトッピナーも背後の2人も、それを
真っ向から受け止める。
何かは、今さら考えるまでもない。
一列にならないと通れない、大岩の隙間の通路。そこに二番刀の刀身を
突っ込めば、結果は明白である。
逃げようとしていたドラグリアを、刀身の先端が次から次へと貫く。
刃を上向きにしているから、倒れる個体は全て上体を両断されていく。
衝撃の一つ一つが、容赦のない死を刀身から伝えている。
なおも姿勢を崩さず、トッピナーは伸びた二番刀の重さに耐え続けた。
永遠とも思われた、20秒後。
『全部、仕留めました。』
伝わる手応えが無くなると同時に、アミリアスがそう告げる。
伸びる時より少しだけ遅い速度で、刀身が元の長さまで戻ってきた。
元のサイズまで戻った事を確かめ、トッピナーがふうっと息をつく。
青黒い鮮血の滴る二番刀の刀身が、全てを物語っていた。
出口に至る隙間の中で、残っていたドラグリアが全滅したという事を。
激戦の勝敗は、静かに決していた。




