ドラグリア殲滅戦・6
宿屋の末娘セルニルは、今の状況がさっぱり分からなかった。
4日も滞在してくれた団体の上客を見送り、明日まで入らないでくれと
頼まれた部屋を覗いて、絶望した。
どうやって入れたか分からない木箱に埋め尽くされていた2部屋は、
もはや入る事すらもできなかった。大声で泣き喚きたかった。
それでも何とか気を取り直し、この事態を家族に知らせようと考えた。
ならばもう少し、部屋の中の状態をきっちり把握しておこうと思った。
手鏡か何かを使って、どのくらいの物が詰め込まれているか見ようと。
そうして再び開けた部屋のドアは、予想に反して難なく開いた。
まさかの事態に、前のめりになって危うく転ぶところだった。
あわてて見回した室内に、木箱など1個もなかった。
まさか夢でも見ていたのだろうか。もしくは、魔術でもかけられたか。
もしかして、宿代を払ってもらった記憶すらも幻だったのかも…!?
部屋を駆け出そうとしたところで、見えたものがあった。
ドア脇の床に、四角いものを置いた跡がかすかに、確かに残っている。
隙間から覗き見た時、確かにそこに木箱があったのを思い出した。
…だとしたら、あれは決して夢でも幻でもない。確かにここにあった。
間違いなく、あの大量の木箱はこの部屋の中に存在していたんだ。
だったら、一体どこへ行ったの?
ずっと部屋の前で嘆いていたから、誰かが来たら絶対に分かるはずだ。
そんな事より、そもそもどうやってあれを運び出したというのだろう。
明らかに箱より小さなドアしかないこの部屋から、文字通り一瞬で。
何がどうなってるんだ。
誰か説明して!!
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ドン!
シャリアの背後の死角から襲い来たドラグリアが、頭上に出現した箱の
下敷きになった。即死はしなかったものの、動けなくなったその頭部を
シャリアの剣が一撃で斬り飛ばす。
「かたじけない。」
礼を述べたものの、やった張本人のメリゼは視線を向けもしなかった。
極限まで集中しているのが分かる。ただただこの戦場を一心に見回し、
どこに何を出せばいいかを秒単位で判断して転移術を使い続けている。
もはや、当初の想定を完全に超える大車輪の活躍だった。
「…よく力が続きますよね。」
「メリゼ様は、そのあたりはかなり規格外だと聞いてます。」
事実上の戦力外となった、アルフとアルメダがそんな言葉を交わす。
最初こそ彼女の転移術のサポートをしていたものの、既に2人の出番は
ほぼ無くなってしまっていた。
ダダダダダダン!
いくつもの敷石が規則正しく、階段のように虚空に並べられる。それを
一気に駆け上ったルクトが、有翼のドラグリアをまた1匹両断した。
ガキン!
矢の装填の隙を狙ったドラグリアの爪が、立てた形で現出した敷石に
跳ね返された。その一瞬を逃さず、ガンダルクが口中に矢を撃ち込む。
声を上げる間もなく、ドラグリアは崩れ落ちて骸と化した。
多勢に無勢はずっと変わらない。
しかし、場にいる者たちは誰ひとり追い込まれたりしていない。
攻撃を捌き切れない者に対しては、何らかの形でメリゼの転移術による
フォローが入るのである。もはや、誰が誰を守っているか分からない。
「いやぁ、期待を超えるねえ。」
そのガンダルクの言葉には、何とも言えない実感がこもっていた。
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『メリゼさん』
「はい。」
右に左に術を行使しつつ、メリゼはアミリアスからの通信に応えた。
『…気配が変わってきていますね。残りのドラグリアは、逃走に転じる
可能性があります。』
「え…じゃあどうすれば?」
『とりあえず、左斜め前方に見える岩の裂け目を塞いで下さい。恐らく
そこさえ無くなれば、ドラグリアは入る時に通った隙間から出るしか
なくなるでしょう。』
「はい!」
ダダダダダン!
答えると同時に、件の岩の裂け目の前に木箱が一気に積み上げられる。
「ギィィエッ!?」
おそらく早々にそこから逃げようと画策していたらしい近くの個体が、
困惑に満ちた声を張り上げた。
あらためて見れば、屍の山である。まだまだドラグリアはいるものの、
すでに半数以上がルクトたちの手で仕留められている。個体数の差など
問題にもならない。それぞれの力とメリゼの鬼気迫る援護によって、
皆はまともな傷も負わずにここまで戦い抜いていた。
しかし、現状はどこまでも厳しい。
いかに技量で上回っても、人間には疲労という逃れらない結果が待つ。
このまま体力を削られれば、いずれ誰かが力尽きてしまうだろう。
逃げられても、こちらの疲れを見てまた攻撃が苛烈になってもまずい。
どこまで行っても、ドラグリアとの戦闘は先を読むのが実に難しい。
だからこそ、危険を冒してここまで誘い込んだのでる。
メリゼやアルメダにしかできない、限りなく勇気を試される陽動で。
『では、決め手を打ちましょう。』
「はいっ!!」
アミリアスの放ったその言葉こそ、乱戦を終わらせる号令だった。




