ドラグリア殲滅戦・4
宿屋の末娘セルニルは、現実という名の不条理に怒り、困惑していた。
そして、後悔もしていた。
やっぱり見るんじゃなかった、と。ただひたすらそう悔いていた。
不安と好奇心が抑えられず、ほんの少しだけ…とドアを開けた。
それ以上、開けられなかった。
後ろめたさが勝ったからではなく、文字通り開けられなかったのだ。
内開きのドアは、ほんの少し開いたところで中の何かにつっかえた。
血の気が引いた。
顔を押し付け、何とかその隙間から部屋の中をむりやり窺ってみた。
部屋の中は、所狭しと無数の木箱が積み上げてあった。どれもこれも、
明らかに入口のドアよりも大きい。一体全体、どうやって入れたんだ?
慌ててもう一方の部屋を確かめた。
予想通り、こっちも同じだった。
ますますドアのすぐ近くにまで物が積み上げられ、ほとんど開かない。
一階の部屋でなければ、間違いなく床が抜けていただろうと確信した。
ぺたりと座り込み、動けなかった。
もう、この部屋は二度と使えない。壁を壊さないと、中に詰め込まれた
箱のひとつも運び出せないだろう。そんな余裕はうちにはない。
やっぱり、いい事がない。
どうしてこんな目にばっかり。
大声を上げて、泣きたかった。
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馬は、乗り手の恐れを感じ取る。
だからこそ、迷いのない乗り手には恐れを捨てて従い、無心に駆ける。
こんな状況でもそれは変わらない。
「ギィーッッ!!」
「ウギィィィッ!!」
喉が潰れそうな甲高い声を張り上げながら、無数のドラグリアたちが
背後から殺到している。狙うのは、岩場を疾駆する2頭の馬。
アルフが、そしてメリゼとアルメダの2人が、一心に馬を駆けさせる。
まるで何十回も通った道のように、足場を選んで速度を維持して。
もちろん、そんな事が簡単にできる道理などはない。
『20エル(メートル)先を右に。そのまま上って分岐をさらに左。』
アルフとメリゼの耳元に着けられたブローチが、ずっと指示している。
2人はそれに従い、先読みに等しい手綱捌きで馬を御していた。
アミリアスの魔術は、どういう訳か馬という動物と非常に相性がいい。
遠くにいても人間以上に個体識別が容易であり、誘引魔術を用いれば
かなり具体的に行動を制御できる。ジリヌス王国から続く旅の途中も、
この能力がいろいろと役に立った。
今回は、3人の乗る馬2頭の感覚を共有する魔術が用いられている。
視覚と聴覚を反映させ、感知魔術と組み合わせる事で岩場を読み取る。
これにより、どのように走らせればいいかを先んじて2人に伝える。
馬自身もアミリアスと感覚の共有をする事で、より平静を維持できる。
背後から聞こえてくるドラグリアの声に、苛立ちが混じるのが判る。
機動力で比較すれば、馬が勝るのは当然の話だ。それにしても、2頭が
あまりにも長く速度を維持し続けているのが想定外なのだろう。
頭上には、有翼の個体も何匹か姿を見せつつあった。しかしそれらも、
地上の個体と同じ方向から来たため追いつくには至っていない。
羽ばたきの音は耳に届いたものの、アルフたちは視線は向けなかった。
どのみち、走って逃げるという事に変わりはない。とにかく集中する。
まるで2頭の馬に導かれているかのように、谷に潜んでいたと思しき
全てのドラグリアが集まっていた。
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しかし、追走劇はそろそろ終わりを迎えようとしていた。
上り下りを繰り返していた岩場が普通の地面に変わり、すぐ目の前には
新たな岩山が立ちはだかっている。
ナサドの谷と交差するような格好で連なる、イドの谷のほぼ北端部だ。
接近するにつれて、岩山の大きさがのしかかるような感じに変わる。
『そのまま真っすぐです。』
アミリアスの指示に従い、アルフとメリゼは進路を維持した。
ますます細くなる岩の隙間の道に、2頭の馬が並んで走り込んでいく。
「…まだ来てます!」
背後を確かめたアルメダが、そんな言葉を発した。
ドラグリアの群れもまた、行儀よく一列になってなおも追走してくる。
「あとどれくらい?」
『間もなくです。抜けたらそのまま突き当たりまで行って下さい。』
「了解。」
足の傷の痛みを気合で押さえ込み、アルフはなおも馬を駆けさせる。
次第に道がまた広くなり、メリゼの馬が再び並走する格好になった。
「お聞きになりましたね?」
「ええ。」
「ここまで奴らを引っ張ってくる事ができたのは、間違いなくあなたの
勇気が成した結果です。だからもう恐れず、一気に行きましょう。」
「はい!」
力強く、メリゼが答えた瞬間。
パッと頭上の視界が開けた。
仰ぎ見れば、相変わらずの曇天。
そして、左右に伸びている高い岩。
それはぐるりと回りこみ、前方にて強固な壁を成している。
古代の闘技場を想起させる、巨大な円形の岩場の真っ只中だった。
入口は、駆け込んできた隙間のみ。
完全な行き止まりだった。
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窮状を省みる事なく、アルフたちはそのままの速度で岩場を縦断する。
遅れて殺到したドラグリアたちは、まるでネズミのように岩の壁沿いに
ザワザワと左右に展開していく。
アルフたちは、突き当りの岩の前でようやく馬を止めて向き直った。
なおも雪崩込むドラグリアたちは、既に左右の壁を埋め尽くしている。
頭上を仰げば、岩壁の上方に有翼の個体が旋回しているのも見えた。
すぐには襲い掛かって来なかった。
おそらく、全ての個体が岩場の中に入るのを待っているのだろう。
嗜虐性を感じさせるその連帯感が、歪な知性をこれでもかと主張する。
やがて入ってくる個体が途絶えた。
「ギィィッ!」
「ウギィッ!!」
耳を塞ぎたくなるような声が岩場で反響し、不快な音の洪水となる。
そして。
一瞬の静寂を合図に、ドラグリアは一斉に襲い掛かって来た。
怯む事なく、じっと佇むメリゼたちの馬を目掛けて。
「メリゼ様。」
「はい。」
「今です!」
「はぁい!!」
掛け声と共に、一瞬で彼女の眼前に展開したもの。
それは緑色の光を放つ、合計5つの魔法陣だった。
ザシュッ!!
我先にと殺到していたドラグリアの体が、一瞬で肉片と化した。
左側の個体は、槍で刺し貫かれて。
その隣の個体は、首を落とされて。
右側の個体は、×の字に斬られて。
その隣の個体は、腰から斬られて。
正面の個体は、縦に斬り裂かれて。
「よくやったなアルフ。」
ドラグリアの首を斬り落とした男―ルブホが、そう言って笑いかける。
「うん!」
「お二人もご無事で。」
「ありがとうございます!」
転移術によって一瞬で召喚された、プローノたちジリヌスの兵士団。
メリゼたちを囲むような陣形で守る姿は、まさに騎士そのものだった。




