ドラグリア殲滅戦・2
宿屋の末娘セルニルは、ほんの少し釈然としない気持ちだった。
いいお客だったのは間違いない。
行商人なら、たとえ馴染みの客でもそんなに長く宿泊しないのが常だ。
それに対して、あの11人は4泊もしてくれた。正直かなり助かった。
しかし出立の際、また言われた。
「悪いけど、明日まではあの部屋は入らずに空けておいてね。」
「え、またお戻りですか?」
思わず聞いてしまった。
するとあの水色の髪の女性は、少し苦笑しながら答えた。
「うーん…そこはまだ未定だけど、とにかく今日中だけお願いできる?
明日になったらもう、掃除するなり次に貸すなりしていいからさ。」
「…分かりました。」
別に本人にそんなつもりはなかっただろうけど、どうせ明日もお客は
来ないだろうと言われた気がした。…正直、ちょっと悔しくもあった。
それでも、ゆっくり滞在してくれた上客だ。無下にはできない。
「ごめんね無理言って。」
「いえ。ではお気をつけて。」
頭を切り替え、笑顔で見送った。
そうすべきだと思ったから。
だけど、何でなんだろうなホント。
================================
================================
「じゃあこれを。」
ルクトとガンダルクが、それぞれの持つブローチをメリゼとアルメダに
手渡す。いずれも、アミリアスから渡されていた通信用の魔具だった。
『聞こえますか?』
「あっ、はい!」
「聞こえます!」
肩に着けたブローチからアミリアスの声が飛び出し、2人は驚きの声を
同時に上げた。
『お二人には内在魔力がないので、ブローチに込めた魔力を使います。
ですが少なくとも、丸一日くらいは通信を維持できるはずですので。』
「了解です。」
「それで十分…ですよね?」
「もちろん。」
いささか不安そうなアルメダからの問いに、ルクトが笑って答える。
「ってか、そんな長い時間をかけてやる事じゃないでしょうから。」
「そうそう、短期決戦でね!」
相変わらず気楽な口調で言い添え、ガンダルクもニッと笑った。
================================
「よし、じゃ隠蔽術を…かける。」
そう言ったルブホが、目の前に立つアルフに向けて右手をかざした。
袖をまくった左腕に触れると共に、その大柄な姿が音もなく変化する。
背丈は変わらない。しかし見た目は完全に女性のそれになっていった。
「おおーお…」
「これはまた…」
「凄いな。」
おそらく、今まで一度も見る機会がなかったのだろう。プローノ以外の
3人が、貴術によって女性の容姿になったアルフに驚きの声を上げる。
むろんルクトやトッピナーたちも、少なからず驚嘆していた。
見上げるような体躯も、少し女性的なバランスに変化したのが判る。
顔立ちに至っては、完全に別人だ。上品でありながら、その背丈にも
嘘のようにちゃんと馴染んでいる。何と言うか、とにかく自然だった。
「お前にこんな技量があったなんて知らなかったぜ。ホント驚いた。」
「いや…まあな。」
目を丸くしたイバンサが、ルブホにそんな賛辞を送る。しかし当人は
困ったように苦笑するだけだった。
「前にもやった事あるとか?」
「い、いやあ…あはは。」
ガンダルクの問いに対し、アルフは頭に手を当てて笑った。その声も、
完全に女性のそれに変わっている。しかも、控えめに言っても美声。
どうにもそのギャップが大変な事になっていた。
「とにかく、それなら十分だな。」
プローノがあらためてそう告げる。
「アルフ。」
「はい。」
「今さら言うまでもないが、お前の役割は重大だ。だが無理はするな。
優先すべきは生きる事だ。その事を常に心がけろ。いいな?」
「はい!」
姿勢を正すと、アルフはさらに背が高くなる。
見慣れないその女性顔は、それでもキッと引き締まっていた。
================================
「それでは行きましょう。」
「はい。」
「お願いします。」
2頭の馬に分乗したのは、アルフとメリゼ、そしてアルメダの3人。
ちなみにアルフも、トッピナーからブローチを借りて着けていた。
まずこのメンバーで、ドラグリアがいると思しきナサドの谷に向かう。
客観的に見れば、無謀そのものだ。女性3人でわざわざひと気のない、
それも危険な場所に向かうなどと。
しかしこれは、全員で熟考した末の案である。もちろん、本人たちも
役割を理解し、納得した上で先遣の任務を受け持っている。
ドラグリアは、とにかく用心深い。
たとえ目立った重武装が無くても、ルクトたちが赴けば恐らく逃げる。
そうなれば、ズルズル長期戦になるのは確実だ。それだけは避けたい。
だからこそ、3人に任せる。
侮ってくれさえすれば、チャンスはきっと作り出せる。
もちろん危険は大きい。それでも、ここはプローノが認めた兵士である
アルフを信じる。
信じてこそ、できる事がある。
3人の背中を見送るルクトたちは、あらためて身を引き締めていた。




