セルニルの憂鬱
宿屋の末娘セルニルは、ここ数日の繁盛振りに気を良くしていた。
モーグ王国へと抜ける大きな街道・アルバニオ。
古くから商隊がひっきりなしに往来するこの街道沿いの村・マルマで、
祖父母がこの宿を開業したのはもうずいぶん昔の話だ。もちろんまだ、
父も母も生まれてはいなかった。
物心ついた頃から、宿の受付の席に座ってじっと接客を眺めていた。
いつか自分もこの仕事を手伝うと、信じて疑わない己が誇らしかった。
いつか結婚するのなら、この宿屋を一緒に盛り立ててくれる人がいい。
そんな事を考えながら、受付仕事を自然と覚えていった。
お客の中には、ちょっと外見が怖い魔人も混じっていた。でもみんな、
普通に話せる人たちだった。笑うと怖さも薄れたし、自分も笑った。
どんな種族があるのかも、お客からいろいろと教えてもらえた。
宿を開いた頃は、まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。
亡くなった祖父は、生前そんな事をよく言っていた。
魔王ガンダルクの死が、それぞれの国の在り方を劇的に変えた。
その結果、当たり前のように魔人も宿に泊まったりするようになった。
メグランもモーグも、アステアから流出した魔人を進んで受け入れた。
その結果として、2つの国は独特の発展を遂げたらしい。
場末の宿屋の娘に過ぎない自分にはよく分からないけど、お客と話して
そこそこ知識としては知っている。
このメグランは、魔人を受け入れて兵力を大幅に増強させたらしい。
ずっと仲の悪い北のジリヌス王国は魔人を一切受け入れなかったから、
そこで差がついた。結果、国境線がけっこう北に移動したらしい。
一方で西のモーグ王国は、魔人から文化や技術を積極的に取り入れた。
先代女王の頃からは特にその傾向が強く、もはや百年前とは国の様相が
まったく違っているらしい。正直、昔も今も全然知らない自分としては
想像も何もできないけれど。
現女王のシャンテムは、今の世界の国王としては唯一と言える人魔だ。
彼女の今の政策によって、いよいよモーグは魔術大国となりつつある。
噂に過ぎないけれど、魔術によって動く「ナントカ兵」とかいうのも
実用化の目処が立ちつつあるとか。…もう、完全に想像を超えた話だ。
あまり村から出ない自分にとって、お客との雑談はまさに未知の世界。
おとぎ話のような話を魔人たちから聞くのは、本当に刺激的だった。
肌の色が違おうと頭から鋭いツノが生えていようと、旅人は陽気だ。
目を輝かせる小娘に、酒を飲みつつあれこれと聞かせてくれる。
こんな世界になったのは、百年前のガンダルクあっての事なんだろう。
ほろ酔い加減で、みんなしみじみとそんな事を言っていたっけ。
その頃には、もう自分でもそこそこ理解していた。
ここに来る魔人たちは、戦う力などほとんど持っていない。文字通り、
商人ばっかりだ。見た目は怖くても普通のおじさんおばさんたちだ。
顔なじみになったそんな人たちに、ずいぶんと可愛がってもらった。
だけど。
そういうお客さんは、ここしばらくほとんど見なくなっていた。
理由は分かってる。
街道を荒らす、ドラグリアだ。
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一度だけ、その姿を見た事がある。
どこかを襲った後なのか、何かしら荷物を抱えて道を横切っていった。
見えただけでも10匹はいたっけ。今にして思えば危なかったけれど、
あの時はただ呆気に取られていた。
あいつらが街道の近くに居据わり、商隊を襲うようになって数ヶ月。
客の数は、開業以来最低の水準だ。もう、大口はずっと途絶えたまま。
ドラグリアはとにかく知能が高い。そして用心深い。
屈強な冒険者が護衛についていれば姿を現さず、そうでなければ襲う。
隊列が伸びてしまえば、弱い箇所を的確に狙って襲う。相手の力量を、
いやらしいほど正確に見極める。
こんなのが跋扈していては、商人はアルバニオ街道を避けてしまう。
実力のある護衛を雇うのはそこそこお金がかかるし、国をまたぐ街道は
ここだけではない。だったら別に、ここにはこだわらない。
商人ってそういうものだ。とにかく利に敏く、合理的に行動を選ぶ。
それは知ってるし、自分がとやかく言えるような事でもないだろう。
…だけど、そんな理由でこの宿屋が廃れるのは我慢が出来なかった。
祖父母が築いた旅の憩いの場所が、立ち行かなくなるのは嫌だった。
村の組合で話し合って、近くの街の冒険者ギルドに依頼を出した。
なけなしのお金を出し合い、報酬も用意した。役場も協力してくれた。
だけど。
冒険者も勇者も来てくれなかった。
ドラグリア掃討は、金がかかる割に成功報酬が安い。しかも難しい。
それは知ってる。昔誰かに聞いた。それは十分に分かってるつもりだ。
だけど、じゃあどうしろと言うの?
あたしたちに、諦めて宿を廃業しろとでも言うの?
冗談じゃない。
どうしてあんなドラグンもどきに、家業を潰されなきゃいけないのよ。
冒険者とか勇者とかっていうのは、こんな時こそ戦うんじゃないの?
悔しかった。
自分ではどうしようもない理不尽な現実が、どこまでも悔しかった。
ジリヌス王国に、冒険者や勇者たちが流れているという噂を耳にした。
冒険者ギルドが国営化されたため、そっちの方が実入りがいいからだ。
そんな話に、また腹が立った。
選択は個人の自由なんだろうけど、自分の国はどうなってもいいのか。
場末の宿屋なんか、どうでもいいと言いたいのか。
がらんとした大部屋を、一日おきに掃除するたび涙をこらえた。
どうして誰も助けてくれないのか。国はあたしたちを見捨てたのか。
誰か、あたしたちを助けて欲しい。
誰でもいいから。
お願いだから。
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その日。
珍しく団体の客が来た。
総勢11人。見た限り、ほぼ全員がそれなりに武装していた。
しかし見事にバラバラな人たちだ。パッと見ただけで異様だと思った。
仕事柄、相手の出自などはけっこう見極められる。だけどこの11人、
とにかく統一性がない。おそらくは冒険者パーティーなんだろうけど、
それにしても支離滅裂である。
外国人の割合が多いし、おそらくは本来の職業も統一されていない。
誰がリーダーなのかも分からない。
宿帳に「ガンダルク」と書いたのは女の子だった。頭おかしいのかな?
でもまあ、久々に来てくれた団体のお客には違いない。
一泊だけとは言え、今のご時勢では実にありがたい。
だから、精一杯もてなした。
翌日。
発つのかなと思ったら、今日だけは部屋を使わせて欲しいと言われた。
どういう意味かも分からないまま、まあいいですよと答えておいた。
どうせ次の客なんか来ないし。
一行は、本当に戻ってきた。そしてもう一泊したいと言ってくれた。
本当に嬉しかった。怪しいけれど、それはもうどうでもよかった。
そして。
まさかのその日から三連泊。何だか信じられない話だった。
昼間は皆、どこかに出かけていた。そして夜は何やら話し込んでいた。
聞き耳を立てたりするような趣味はなかったけど、何となく聞こえた。
もしかしてこの連中、ドラグリアを掃討しようとしているのだろうか。
信じられないけど、信じたかった。
だから。
いよいよ発つという4日目の朝に、勘定をしながら言ってみた。
「どうかよろしくお願いします。」
我ながら、何言ってんだって言葉。言われた方はさぞ怪しんだだろう。
それでも、何だか言いたくなった。何となく、託してみたくなった。
少しの沈黙を置いて。
あの変な子が、愉快そうに言った。
「にゃはははは、任されよう!!」
何だろう。
思わず、釣り込まれて笑った。
他の面々も、小さく笑っていた。
信じてみたくなった。
だから、去り際の背にもう一言だけ言い添えた。
「ご武運を!!」
みんな、振り返りはしなかった。
それでも、それぞれ拳を突き上げて応えてくれた。
何だろうな。
久し振りだな、こういう感じ。
旅人たちの語る英雄譚に心躍らせた幼い頃を、はっきり思い出したよ。
皆さん、頑張って下さい。
応援してます!!




