プロローグ
この世界には人と、人にあらざる者「魔人」とが存在している。
古の時代より人から怖れられていた魔人は、やがて自らの国を作った。
「アステア」と呼ばれるその国は、代々一人の魔王の手で支配された。
人々は魔人を、魔人国アステアを、そしてその頂点たる魔王を怖れた。
時折降りかかる魔人の暴虐の前に、人々はただ己の無力を呪った。
しかしある時、変革の時が訪れた。
生まれ持つ者といつか覚醒する者。その違いはあれど、魔人の持つ力に
比肩する力を得た人間が、世界中で産声を上げ始めたのである。
「光の加護」と讃えられるその力を得た者を、持たざる者はこう呼ぶ。
「冒険者」そして「勇者」と。
悪しき魔人を討つ彼らのその姿は、人間にとって希望の象徴となった。
そして、時は流れ。
アステアに新たな魔王が君臨した。
その名はガンダルク。
史上最強にして最凶、そして最悪と謳われる、恐怖と破滅の権化。
その恐るべき影に、世界は慄いた。
そんな中に、立ち上がる者がいた。
勇者グレイン。世界最強と呼ばれ、数多の魔人を屠ってきた男だった。
彼は仲間と共にアステアに向かい、魔王ガンダルクに決戦を挑んだ。
それは人と魔人の頂上決戦。世界の命運は、この戦いに委ねられた。
2日に及ぶ壮絶な戦いの末、魔王は勇者の手によって討ち滅ぼされた。
尊い犠牲を払って、勇者グレインは世界を、そして人の未来を救った。
そして訪れたもの。
それは世界にとっての、初めての平和な時代だった。
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「…悪いけど、俺たちのパーティーから抜けてくれ。」
発せられた言葉と共に、場の空気は凍りついた。賑やかに談笑していた
他のテーブルの人たちも黙り込み、声の主一行にその視線を向ける。
「…おい、あの連中って確か…」
「ああ、勇者メリフィスの率いてるパーティーだ。間違いない。」
「じゃあ、あっちの男は?」
「何て奴だったかな。確か…」
「なあ、ルクト。」
周りからのひそひそ声を察したか、金髪の男があらためて声を発する。
「別にかまわないよな?」
「…いや、何で言い切ってるんだよメリフィス。」
金髪の男「メリフィス」の対面に、黒髪をまとめた若者が座っている。
その顔には、隠しきれない戸惑いと怒りの色が滲んでいた。
「ああそうだ、ルクトだったな。」
静まり返った中に、誰とも判らない無遠慮なささやき声が流れる。
しかし当の”ルクト”はその視線を、メリフィスから逸らさなかった。
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「何か不都合でもあるか?」
ルクトの視線を真っ向から見返し、メリフィスは穏やかな声で答える。
「お前の腕は俺たちが知ってるよ。まあ俺にはちょっと及ばないけど、
剣の腕前はどこででも通用する。ソロでやっていきゃいいだろ?」
「そんな話をしてるんじゃない。」
言葉を遮ったルクトの声はかすかに震えていた。
「どうしてか、理由を言えよ!!」
「言っていいのか?」
「何の説明もなしに、納得できる訳ないだろうが。いいから言え!」
「わかった。ちゃんと言うよ。」
そこでメリフィスは小さなため息をつき、ルクトから視線を外した。
「…ただし、後で文句言うなよ。」
「ああ。納得できればな。」
「いいだろう。」
そう答えて、あらためて向き直ったメリフィスの顔。
もう、そこには数瞬前の穏やかさは微塵もなかった。
「ルクト。」
「何だよ。」
「お前、人魔なんだよな?」