可哀想な方ですね。
別バージョン【酷い方ですね。】もよろしくお願いします。
「殿下」
柔らかな声が背後から聞こえて来てギセウス第三王子は振り返る。そこには婚約者が微笑みを浮かべて佇んでいた。
「……ああ、ユーラか。どうした?」
ギセウスは少しの間を置いて返答する。その間の意味を理解出来るのは、ギセウスの家族以外では目の前の婚約者かもしれない。
「ご友人だとしても距離が近いですわ? もう少しだけ離れた方が宜しいか、と」
おっとりと柔らかな声音で忠告をする婚約者にギセウスも“王子”の仮面を付けて微笑み返す。
「やだぁ! ユーラさん、嫉妬! わたしとギセウス様は、ただの友人なのにぃ」
うふふと無邪気そうな笑い声をあげて、少し大きめな甲高い声のセラにユーラはニコリと微笑みを浮かべて緩やかに首を振る。
「嫉妬だなどと。わたくしと殿下は政略的な婚約を結んだ間柄。ただの婚約者でございますから嫉妬など致しません。ですが、婚約者同士の距離。異性の友人としての距離。これは全く違うものでございますから、婚約者として申し上げるべき事ですわ」
淑女の微笑みが崩れる事なく、淑女として婚約者として正しい忠告をする。
「じゃあ、同性の友人だと思えば良いじゃないですかぁ」
ニタリと笑うセラ。それは淑女らしからぬ笑顔。とても醜く淑女の仮面が剥がれている。
「まぁ! 同性の友人、で、ございますか。それでしたら確かにおかしくない距離でございますわね。ですが、それを決めるのはわたくしでもあなた様でもございませんわ。殿下こちら様がこのように仰っておいでですが、どのようにお考えでしょう?」
ユーラは再び微笑みを浮かべてギセウスを見る。ギセウスは少し首を傾げて考えている。やや長めの金髪が首を傾げた拍子にサラリと流れてギセウスのすぐ隣に座っているセラも、ユーラも見惚れた。尤もユーラは顔には出ていない。セラは人前で感情を晒す事による危険性を説かれた貴族令嬢とは思えぬウットリ顔。
「ふむ。確かに同性の友人ならば異性の友人より距離感は近い。セラ嬢が同性の友人として振る舞って欲しい、と言うので有れば、構わない」
ギセウスの言葉に「ありがとうございます」と同性の部分などまるでない、どころか異性の部分を強調した媚びた笑みで返答をセラはしていた。ユーラは微笑みながらも、ギセウスからチラリと視線を向けられ、首肯されるのを見届けると、カーテシーをしながら「かしこまりました。殿下のご意思に従います」と引き下がった。
そんなユーラを勝ち誇った目を向けながらセラが言う。
「ユーラさん、可哀想な方ですわぁ。私とギセウス様は友人同士。友人でないと解らない事も有るのですもの。そして私は同性として扱われていますからユーラさんでは分からない事も解ると思いますわ」
嘲りを込めた目のセラは、女性ではなく男性として自分を扱ってもらうつもりのようだ。……それだけ女性に見えるような言動を強調しておいて。まぁユーラには関係ないこと。
それにしても。
ーーユーラが“可哀想”という発言。まぁいいでしょう、とユーラは言葉を呑み込む。たとえセラとユーラの身分差をセラが全く理解していなくともユーラはもう気にする事をやめている。
どれだけ注意をしても、学園のルールや貴族のルールを守るどころか、そもそもルールの勉強をしていない程だと思う。確か男爵家の令嬢なのだから公爵家の令嬢であるユーラの指摘を無視する事は出来ない。
その上、ユーラを“さん”付けで呼ぶなど有り得ない。何故なら、正式には、彼女とセラは名乗りを上げてない。故に簡単に馴々しく接するセラを、ユーラは強めに非難出来なかった。
何も言わずに殿下とセラ、そして少し距離を保って殿下のご友人兼将来の側近である大臣子息の方と騎士団副団長子息の方にもう一度カーテシーをして見せて下がるユーラ。その際、二人の友人方もユーラに視線を向けて、こちらは強く頷いた。それを見届けたユーラは、昼休みに中庭でランチを摂ろうとして中庭に向かおうと待っていた友人達と共に中庭へ足を向けた。
向かう途中の噴水前のベンチで座っている殿下とセラを見かけたので、友人達の手前困惑しながらも、婚約者として忠告をしたところ。
「セチュアレア様……殿下とセラ様は何と」
心配そうな表情の友人3人にニコリと微笑み、ゆるりと首を振る。
「同性のご友人同士、だそうですわ。セラ様がそのように。ですから皆様、お気になさらないで」
ユーラが言えば、3人は目を丸くする。
「同性のご友人……?」
代表して親友であるエセルが尋ねるので「ええ」と微笑んで答えた。聡明な3人は直ぐに「まぁ、それはそれは」とだけ言って後は微笑む。
それ以上は何も言う事も無い、と理解した3人とユーラは食堂で売られていたサンドウィッチを口にしながら中庭でお喋りに興じた。
***
「来たか」
「遅れてしまいました? 殿下」
放課後。学生会室に入ったわたくしは、殿下と大臣子息のテオ、騎士団副団長子息のウルスに首を捻る。テオとウルスは首を緩やかに振って、殿下は悲しそうな顔。
「いや、大丈夫。殿下は嫌だ。それとユーラ、ごめん」
「ふふ。大丈夫よ、ギース。気にしてないわ」
殿下、と他人行儀に呼ばないで欲しい、というギセウス様に笑って愛称を呼べば、嬉しそうに笑った後で、今度は不貞腐れたような表情を見せる。
「ユーラが気にしていなくても俺が気にする。ユーラの愛称は俺だけが呼べるというのにあの女……」
「ギース、言葉遣いが悪くてよ?」
わたくしが笑って窘めるとギースは「悪い」と言いながらもまだ不機嫌そう。ギースが王子の仮面を外すのは、テオとウルス、そしてわたくしの前でだけ。お父上とお母上の国王陛下並びに王妃殿下にさえ仮面を外すことはしない。それが王族、それが王子というもの。他人に隙を見せては付け込まれ、命さえ狙われる。だから、婚約者であるわたくしと友人兼側近候補の2人のみに素を見せる。
「それにしても、やはり噂通り、訴え通りの展開になりましたね」
不貞腐れているギースを放っておくことにしたらしいテオが切り出す。それに頷いたのはウルス。
「ああ。まさか本当に、令嬢……いや、女性である自分を“同性の友人として”接している、などと発言するとは思わなかったな」
「そうですわね。わたくしもエセル様を通して知り合った方達から訴えられた時は、まさか……と思いましたが」
セラ・オースタン男爵令嬢。
彼女は、学院内で噂のご令嬢。
「いくらこの学院生活では自由が保証されているとはいえ……あのような事を平然と言った挙げ句、俺のユーラを見下すような発言をするとは、な」
あら。ギースってば、随分と強調して下さいましたわね? でも、嬉しいですわ。
「ギース。わたくしは気にしておりませんのよ。だって、わたくしはギースを恋慕っておりますが、ギースもそれを受け入れて、想いを返して下さいましたもの」
「ユーラ……っ!」
わたくしは恥ずかしさを抑えてギースに気持ちを溢せば、ギースがわたくしをギュッと抱きしめて下さいます。そこへ咳払いが大きく聞こえて来て、わたくしはハッとしました。
「し、失礼致しましたわ」
そうです、テオとウルスがおりましたのよ!
「仲がよろしくて何よりです。話を戻しますが。幼い頃より政略的に結ばれる婚約が多いのが貴族の結婚ですが、最近は結婚で家同士の利益を生む政略的なものは、夫と妻の仲が悪くても離婚出来ない事に不満を抱いている貴族が多くなりました。
それ故に、この学院生活では、年頃の子息令嬢が出会う機会である事も踏まえて、互いの相性を見る期間、という事になりました。もちろん、基本的には互いを尊重し信頼する関係を学院生活で築くのが理想ですが、相性があまりにも悪ければ、結婚生活に支障が出る、という事で婚約解消も有り得る期間でも有ります。
婚約者との年齢があまりにも離れていて学院生活を共に送れるような状況に無い場合は、1年程仮の結婚生活を送る形で、互いの相性を見る。同時に、婚約者が居ない下位貴族の子息令嬢や、婚約解消をした上位貴族の子息令嬢が学院生活内で新たなる出会いを作れる或いは学院生活外の交流会にて新たなる出会いを作れる期間でもある」
長々とテオが話し出しましたが、まぁつまり婚約相手との相性を見極める時間が与えられているわけです。
「それを逆手に取って、気軽に婚約者か恋人か妻でしか許されない距離感に入り込み、それを注意されると同性の友人として接しているだけだ、と宣いながらも実際は、女性として男性にアプローチをかけて男を夢中にさせる者が現れるとは思いませんでしたよ」
ウルスが唾棄しそうな勢いで言葉を続ける。あらまぁセラ様は随分と嫌われてしまいましたわね。
まぁそれほどまでにセラ様の言動が有り得ないのでしょうけれど。
「わたくしも淑女とは……と令嬢教育を受けて来ましたから、あのような教育を受けていないご令嬢に出会ったのは初めてですわ。学院には他にも男爵家出身のご令嬢がいらっしゃいますが、皆さまきちんと教育を施された方ばかりですのに。オースタン様はご実家で教育されなかったのでしょうか……」
「しかし、セチュアレア様。我が国では王族も上位貴族も下位貴族も、貧富の差も関係なく貴族ならば、教育を受ける義務が有ります。仮にご実家があまり裕福で無い貴族は、国から派遣される無償の家庭教師が教えるはずですが」
わたくしの言葉にテオが申します。そうなのです。我が国では教育こそ人を作る、という方針で。テオの発言通りなのです。
平民も貧富の差なく、こちらは無償で学院に入学することが義務付けられています。文字を読む・書く・計算するが基本ですが、更に勉強したい場合は学力に応じて貴族の後見が付くのです。
それ以上勉強したい場合は、有料になってしまいますので、貴族が後見人になって学費を支払うのですわ。筆記試験や面接で学力を調べますから、全員が認められるわけでは無いですが。見返りにその貴族家の役に立つ人材(領地経営の人材や子息の側近等)になる事が前提ですけれど。
「本人に学ぶ気が無いか、学んだ事が身に付かなかったか。それは判らないが本人の資質だろう」
ギースはよっぽどセラ様が嫌なのか、吐き棄てます。本当に嫌われていますわね……。
「では、どう致します?」
わたくしはギースを見た。
元々、ギースがセラ様に近づいているのは、わたくしが何人かの婚約者がいらっしゃる令嬢方からの訴えと、ギース自身も何人かの婚約者が居る子息方から訴えられていたから、です。
令嬢方も子息方も訴え内容は同じ。
「セラ・オースタン男爵令嬢に婚約者との婚約関係を見極める大切な期間を邪魔されている」
というもの。
令嬢方は
「婚約者との距離が近い、と注意をすればただの友人。と仰って。それでも異性の友人としての距離では無いと告げると同性の友人としての距離感だ」
と。同性の友人が腕を組んで、肩にもたれかかるような仕草をするとは思えない、と思っても婚約者である男性側が何も言わないのに、こちらだけが注意するのも嫌になったのです。
そんな風にわたくしは訴えられました。対してギースは、子息方に
「婚約者が居るのに他の令嬢とこんなに近くで関わる事は出来ない」
と離れるように言えば
「同性の友人として考えて下さい。と言われ、それでも腕を組むとか有り得ないと言えば、友人なのに冷たい、と泣き出す。紳士として女性を泣かすのは不味いと思い、強く出られない。結果的に婚約者のご令嬢と親交を深める事が出来ない」
と。紳士教育の一環で女性を泣かすのは紳士として有るまじき行為。というものが有りますので、セラ様相手であってもセラ様を女性として扱うのは、紳士教育の賜物ですが、まさかそれが弊害になるなどと、ギースもわたくしも……いえ、きっと誰しもが、思っていなかったと思いますの。
子息方も本当は婚約者の令嬢方との親交を深めたい、と望んでおりますので。先ずは訴えが有った子息令嬢方を一同に集めまして、わたくしとギースで互いの気持ちを嘘偽りなく話し合う場を設けました。これが効を奏しまして。訴えて来て下さった子息令嬢方は、婚約者との交流が改めて出来るようになりましたの。
同時に、ギースが彼女に近づいて、ギースに夢中にさせるから大丈夫だ、とも請け負いました。昼食時間にギースとセラ様が一緒に居た時にわたくしが注意したことを、エセル様達ご友人が理解しましたのも、セラ様がギースの策略に乗せられた事を示しておりましたので、それ以上友人方が気になさらなかったのです。
それにしても。
あのセラ様が学院に入学して3ヶ月ですので、被害が少なかったのも良かったですわ。同い年の婚約関係の方も居れば、当然年齢の違う婚約関係の方も居りますから、セラ様が誰彼構わず年齢差も関係無くそのような事をされていた事を知って、わたくしは戦慄致しました。
だって。入学されて1年や2年経つ子息にも声をおかけして、仲睦まじくしていた婚約者との関係が壊れかけた、という事ですのよ? 交流して相性が悪くて婚約を解消された方達も居ますが、大半は上手くやっていけそう、と判断されていたのに、僅か3ヶ月で1年や2年かけて交流して来た婚約者との関係を壊しかける……。
恐ろしいと思いますわ。
思わず身震いをしてしまったわたくしに、ギースが気付いたようです。
「ユーラ? どうした?」
「いえ……。セラ様が入学されてたった3ヶ月で、1年や2年かけて交流して来た婚約者との関係が壊れかけた事に戦慄致しましたの。もしや、セラ様はどなたかの意を汲んで……とか」
言葉を濁しつつも、黒幕の存在をギースに訴えます。
「その辺の背後関係はテオとウルスが既に当たった。そういった存在は無い。オースタン男爵の意向も無い」
「では、セラ様個人で?」
「うん。おそらく、何も考えていない。テオとウルスが調べた所、1番良い男を捕まえて玉の輿に乗るのが、夢で。手当たり次第に声をかけていたようだ。それも直ぐに恋仲になるのではなく、友人関係だ、と言い張れるようにアプローチはしても、深入りはしていない」
「そうして、セラ様は、ギースを手に入れた……?」
また、なんて自分勝手な……。何も考えていないからこその行動なのでしょうか。わたくしには理解出来ませんわ。
「入れてない! 俺はユーラ一筋だ!」
「ギース……」
不機嫌に強調するギースに、わたくしの心はときめきます。最初は政略的な婚約で、幼い頃は特別な想いは無かったのですが、男らしい表情やふとした優しさ。情けない姿を見せてくれた時。それでも前を向いていく強さ。そして……出会った時から変わらない王子の仮面が外れた笑顔を見て、わたくしはギースに恋しました。そのギースにこのように言われて嬉しくて仕方ないのです。
「わたくしもギース一筋ですわ」
にこっと笑えば、ギースが耳まで真っ赤に染まりました。あら? 照れていらっしゃる?
「セラ・オースタンの事だが! 謹慎処分を理事長にお願いする。その後、男爵家できちんと再教育してもらい、謹慎処分明けの言動を見極める。再度同じ事をした場合、学院追放処分と男爵家で幽閉若しくは修道院行き」
まぁ妥当な所でしょうか。オースタン家に領地は有りませんから領地幽閉は無理です。男爵家で一生幽閉されるか一生を修道院で過ごすか。
セラ様はあくまでも同性の友人として扱われていると、思われているかもしれませんが。今までの子息方も、当然ギースもセラ様を同性の友人として扱う事も無く……いいえ、そもそも友人とも考えていなかったのです。
淑女教育も出来ていない令嬢の扱いに困っていただけ、ですわね。
その事をセラ様が知った時、セラ様はどう思われるのでしょうね。
本当に可哀想な方なのは、どちらでしょう?
***
その後。
結論から言えば、セラ様は修道院へ真っしぐらでしたわ。再教育すら無かったんですの。ええ、ですから謹慎ではなく退学ですわ。オースタン男爵は、理事長からの叱責を受けたセラ様のご様子をお知りになられた途端、再教育をするだけ無駄だと思われたみたいですの。
というのも。そもそもセラ様は男爵がお迎えした後妻様の連れ子。後妻様は元々裕福な平民の出で夫となられた方に離縁されたらしいのです。その原因がセラ様。お小さい頃から誰彼構わず、年齢差も構わずに見目が少しでも良い、或いはお金を稼がれている男性に「結婚して欲しい」と言い回っていた、とか。5歳くらいまでなら可愛らしいで済んだものが10歳を迎える頃になっても、片っ端からそのような感じでは、いくら平民でもさすがに世間様の聞こえが悪い。という事で離縁されたそうですが。
セラ様のお母様は、そんなセラ様を窘める事も無く……というより、セラ様のお母様がそのような方だったようで、オースタン男爵が前妻様を病で亡くして落ち込んでいる時に、これ幸いとオースタン男爵を虜にして後妻に迎えられた、とか。オースタン男爵にも落ち度は有りましょうが、お気持ちは解ります。伴侶を喪い寂しかったのでございましょう。
そうして再婚しましたが。直ぐからセラ様のご様子にオースタン男爵は我に返り。とはいえ、直ぐに後妻様と離縁出来るわけにもいかず。様子を見られながら手続きは密かに行っていたようですの。
まぁ貴族の結婚も離婚も手続きが難しいですものね。色々書類を書いて城へ提出しても、あちこちの部署で確認作業も有りますから時間も掛かりますのよね。もう少し何とか簡単に出来ないものかしら。
そんなわけでセラ様に教育を施すべく家庭教師を招いたのに、表面上は良く聞いているようで、実は聞いていなかった、ということがこの一件で判明したので、再教育をするだけ無駄、ということでさっさと修道院送りを決めたそうですわ。ついで、とばかりに、後妻様……つまりセラ様のお母様との離縁も手続きが完了次第離縁されたそうです。
「怒涛の決着でございましたわね」
ギースから説明をされてわたくしは、淑女に有るまじき溜め息をついてしまいました。3ヶ月でしたが、セラ様の存在は、わたくしにもギースにも疲労を蓄積させましたもので。
「ああ。俺達の苦労は何だったんだ、と思ったが。まぁあっさり修道院へ送った男爵の決断は正しい、と思う」
「はい」
わたくしもそう思いますわ。
「まぁ様々な令嬢を俺は見て来たが……。そのうちの大半は王子妃の座を狙ったもの。その半分が王子妃になって贅沢をしたい。残りの半分が王子妃になったら怠惰な生活を送りたい。という理由だった」
「まぁ! 王子妃になったら怠惰な生活が送れると思う方がいらっしゃったんですの?」
「ああ。どこかの貴族に嫁いだら貴族夫人として、その家の中を取り仕切るだろう? それが嫌な令嬢も結構居るんだ。だが王子妃になればその必要も無い、と考えたらしい」
「寧ろ、王子妃の方が苦労致しますのに。第三王子宮の奥向きを取り仕切る事から始まり、ギースが臣下の道を進むなら、公爵か侯爵辺りですからその夫人になりますけど、王子妃のままでも、奥向きの取り仕切りだけでなく、ギースと共に執務を任されるでしょうし、公務も行いますものね。場合によっては国外の公務が有れば、言語もある程度学んでおく必要が有りますし。執務や公務が無いだけ夫人の方が楽では?」
わたくしは王子妃の方が楽だと思っている多くの令嬢方に、そう尋ねてみたい気分です。
「そこまで頭が働かないのだろうよ。まぁとにかく、俺の妻の座を狙う大半は王子妃狙い。残りの者は俺の見目に寄って来ただけの者ばかり。頭の中は空っぽなのか? と尋ねたくなるほどだった。だからこそ、ユーラの素晴らしさが良く解るけどね。セラ・オースタン元男爵令嬢は、同性の友人として、という俺から見ても珍しい発言で男の気をひこうとしていた所は、俺が良く見て来た令嬢とは違っていた。まぁ行動は今までの令嬢と似たり寄ったりだったが」
「左様でございますわね」
結局、セラ様がギースを落とそうとしていたのは分かりやすい程でした。発想は変わっていても、というわけです。ですから
セラ様が修道院行きになった事は、当然の事なのだと思いますわ。
「もう、あの令嬢のことで頭を、悩ませる必要も無くなった」
ギースが気分転換のようにそう仰います。
「はい。あ、でも」
「うん?」
「いえ。最後に一つ。セラ様は様々な子息方やギースが彼女の事を恋人とも思っていないのは当然ながら、友人としても考えていなかった、と知ったならどうしていたのでしょうね?」
知ったなら、と言いましたが、ギースのことです。きっとセラ様に友人ですら無かった、と断言したはず。
それを聞かされた彼女はどうなったのでしょう?
ギースはニヤリと笑うと
「嘘よ。ギセウス様、わたし達友人でしたでしょう? いいえ、ギセウス様はわたしのことを1人の女性として秘めた想いを抱えていたのも知ってます! でも、わたしはその想いを受け入れなかった。それでもわたし達は友人でしたはず! と都合の良い事ばかり言っていたから、ユーラだけを愛しているし、そもそも貴様を友人だとも思っていない。それにこの後からは貴様のことを綺麗さっぱり忘れる、と学院の理事長が居る前で伝えておいた」
つまり。理事長が謹慎処分で考えていたのを男爵が退学に切り替えて欲しい、と望んだために退学処分という事をセラ様にお伝えした場にギースも居たという事ですわね。そこでギースを含めたセラ様に声を掛けられた子息方全員が、セラ様を友人とも思っていなかった事を突き付けた、と。
さすがギースですわ。きっちり心を折ったのですね。
「では、相当ショックでしたでしょうね」
「信じられない、という表情をしていたが、俺がそこからあの女が居ないような素振りを見せたら現実だと悟ったのか絶望していたな」
あらあら。その程度で絶望していたら、貴族なんて表面上はニコニコして穏やかで華やかなだけに見えますけれど、裏では足の引っ張り合いですから、貴族で居続けられませんわよ。……という事は、セラ様にとっても良かったですわね、修道院行き。きっと貴族の世界では生き辛かったと思いますわ。
強かな心と傷ついても微笑む仮面が付けられなくては、大変ですのよ。
「それよりも、これからの2人の未来について話し合おうよ」
2人の未来、なんて、恥ずかしいけれど頷きます。ようやくわたくし達は訪れた平和に身を任せることが出来そうです。
ーー大好きなギースとご一緒に。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
本作執筆中に、もしもセラが真面な令嬢だったら?と考えてしまったので、同じ登場人物のifストーリーを執筆してみました。
こちらが本編です。お時間があれば、【酷い方ですね。】もよろしくお願いします。