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5.滅亡の始まりと終わり



 百年を経て狭く湿っぽい地下牢から出た日には、それが例え脱獄になろうと、全てが新しく俺の五感を刺激してくれるんだろうな……なんて想像していた。


 眩しい日を浴びて、新鮮な屋外の空気を取り込んで、人々の喧騒に包まれて。

 何せ百年だ。全く違う世界が広がっているに違いないと。


 そして今、急展開ではあったが地下牢から飛び出た俺は……その想像が満たされていることを実感した……ある意味で、だが。


『うわあぁっ!!た、助け……っ!!』

『来るなっ!来るな……がっ!ああぁっ!!?』

「……いつからこの帝国は地獄になったんだ」


 まさに阿鼻叫喚の地獄であった。

 あの殺され続けてきた地下牢が天獄に思えるほどの、血と悪魔と獣と人間が入り乱れる狂乱の世界が俺の目の前に広がっている。


 そこかしこから燃え盛る炎と黒煙が充満し、人々が恐怖に顔を引きつらせて逃げ惑う姿があった。

 百年前は荘厳で圧倒された王城もがらがらと崩れつつあり、百年前の記憶が塗り替えられていく。

 そして何よりも目を引いたのが……人間を襲い、飛び、這い回る悪魔としかいいようのない獣たちの存在だった。


「これだけ荒らされていたら、百年ぶりの懐古の念に浸るのも無理だな……楽しみにしてたんだが」


 しかもこんな惨状を見ても冷静でいられる自分自身に驚きだ。

 死に過ぎて倫理観や精神的におかしくなってしまったのか……


「い、一体何が……世界の終焉、なのですか……」

「どうだろうな。何にしろ、ミアはこの混乱に乗じて国を離れた方がいい」

「ま、待って下さい!この帝国には多くの魔族が奴隷労働させられているんです!私と同族も……っ!」


 ミアの縋るような眼と、今にも泣き出しそうな声。


 ……奴隷労働?百年前はそんなことはなかったというのに、やはりこの帝国は随分と変わったらしい……いや、元から腐っていたのが肥大化したのか。

 

 正直、この帝国の人民なんて助ける義理はないが……巻き込まれただけの亜人はあまりにも不憫だ。それにミアにはここ百年では得られなかった時間をもらった。

 彼女の頼みなら出来るだけのことはしたいと思うが……


 俺の死亡回数(デッド・カウント)が悪魔のような奴らに通用するのか。

 通用するにしても、どれだけのカウントを消費するのか。

 そんな不安定な状況でミアを含めた亜人たちを守り通せるのか……


「ア、アルドさん!あの城壁沿いのところに、亜人の皆が!一か所に集められてるみたいですけど、あのままじゃ……!」


 ばっと視線を向けると、確かに人間とは違う多種多様な亜人たちが身を寄せて抱き合っている。

 しかし近くに赤黒い獣や悪魔も多い。


 ……やるしかないかっ!


「ミアっ!俺から離れるなよ!」

「は、はいっ」

 

 彼女の手をとって全力で亜人たちの元へと駆ける。

 恐らく悪魔たちとの接触は避けられないだろう。だが最悪、俺が肉壁になって気を逸らし続ければ……って、あれ?

 

「……どうして襲ってこない……?」

「叔父様!みんなっ!」

「お、おお……ミア、ミアなのか……?無事だったのか……良かった……!」


 ……難なく魔族たちと合流出来てしまった。百年前に目にしたエルフやドワーフはいないようで、他にはやたら小さい者や鱗に覆われたものなどの魔族がいる。

 その中からミアの知人らしい叔父様と呼ばれたアルラウネを筆頭に、他数人のアルラウネと再会を喜んでいるようだが……


「人間だけを襲うのか?いや、だとしたら俺はどうして……」


 悪魔たちから敵意を感じられない。襲っているのは、帝国国民であろう人間ばかりだ。

 魔族たちにも枷や傷跡が見えるものの、悪魔たちのものではなく、奴隷として人間に付けられたであろう傷ばかり。


「そ、それでミア……その人間は……」

「だ、大丈夫だよ叔父様!彼は私を助けてくれたの!ここまで連れてきてくれた命の恩人、今までの人間さんたちとは違うから!」

「そ、そうだったのか……ああ、名も分かりませぬが、我が娘を救って頂き感謝の言葉も……」

「あー、お礼は後でゆっくり聞くからさ。今は俺の前に出ないよう固まっててな。あと、娘さんも守ってあげてくれ」


 人間に虐げられてきたのだろうに。そんな相手に深々と頭を下げられるなんて……それだけミアのことが大切で、信頼しているのだろう。

 ここはぜひ俺からも娘さんにはお世話になってますとご挨拶したいところだが、まずは現状をどうにかするのが先だ。


 どうしたものかな……いっそ手近な悪魔に『何してるんですか』とでも尋ねてみるか?



『おお!そこの人間、探したぞ!ようやっと見つけたわい!』

「!?」



 唐突に響いた、余りにも場違いな女の子のように軽やかな声。

 その存在が、飛んできたかと思えば、俺の目の前に降り立った。


「……子供?」

「なっ、失礼な!これでも数百年を生きる悪魔の一柱じゃ!まあずっと封印されておったが……」


 それを言うなら俺も約百年間生きているけど、と言いたくなるのをこらえる。

 

 見た目はフリルのドレスを着た十歳にも満たない女の子にしか見えないが……嗅ぎ慣れた異様な血の匂いがすることから、悪魔だというのは嘘じゃないらしい。

 まあ、下向きの二本の角に、褐色の肌……そして大人がすっぽりと収まってしまうような真っ黒い袋を持っている姿を見て、ただの女の子とは言えないか。


「それで、大層な悪魔様が何の用だ?」

「だから探しておったのじゃ。生贄となり、我らが召喚の絆となったお主のことをな」

「召喚?ってことはやっぱり……」


 ああ……この帝国がやらかしてしまったのか……


 前々から俺を殺しにくる兵士たちが言っていたことだ。

 俺を供物として悪魔たちを召喚し使役する禁忌の魔術が完成の一歩手前だと……何が完成だ。滅びの一歩手前じゃないか。


 つまりこの悪魔たちは、俺を生贄として呼び出されたという訳か。


「いや、待て。何で生贄になった俺を探すなんて考えるんだ?普通は死んでるんだから意味が……それにどうして人間ばかりを襲う?魔族が無事な理由も……」

「あー、落ち着くのじゃ。こんな燃え盛る国内ではゆっくりと話も出来んし、そこの……魔族と言ったか?そ奴らも生きた心地がせんじゃろ。まずはやるべきことを片づけてから全て説明しよう」


 くう……見た目幼女の相手にやれやれと呆れられるとは……っ


「……分かった。こちらに危害を加えないならいい。それで、やるべきこととは?」

「こ奴らの掃除じゃよ」

「は、放せ!私をこの帝国の王と知ってのことか!?貴様らを召喚したのは私だぞ!!?」

「ゴブディア王……!?」


 悪魔たちに引きずられていたのは、ゴブディア王だった。

 その後ろには捕らえられた兵士も多数いる。


 別にこの国の王が現れたことへの驚愕という訳ではない。

 ……同じだ。百年前と何一つ変わっていない王の姿がそこにあったのだ。王にあるまじき扱いを受けて、顔は最後に見た凶悪な笑みから恐怖のそれへと変わっているが……百年前のその姿のままだ。


 百年だぞ?どうして生きて……


「生贄を用いた禁術じゃ。お主という、死に戻りの異能を持った者が現れてすぐに試したのじゃろうな……生贄を引き換えに、不老の禁術を」


 禁忌の魔術を研究していたであろう部屋の中から、その手の文献を見つけた……そう言って、悪魔の幼女は心底つまらなそうにその魔術書の一枚をぴらぴらと弄んだ。


 ……俺を生贄に使って国を豊かにするなどと言いながら、真っ先に自分の欲望のために動いたのか。

 この様子では、百年にもわたって使われた俺の死体も碌な研究材料にされていないのだろう。


「その結果が悪魔たちの暴走……帝国の滅亡、か」

「生贄が必要な禁術など、総じてろくでもない結末になるものじゃ。だからこそ禁忌だと言うのに……何年経とうと、変わらぬことは変わらぬな」


 俺は王座から引きずり落とされたゴブディア王に憐みの視線を向ける。


「お、お前は生贄の……!お、おい!私を助けろ!私はお前の所有者だぞ!この悪魔たちを止めるのだ!!」

「お久しぶりです、王よ。しかしこの事態はあなたが引き起こしたもの……生贄ごときの私では、どうしようもないのですが?」

「い、いいから助けろ!そ、そうだ。金はいくらでもあるし、高い地位も与えよう!私を救った英雄にもなれる……だから頼む、助けてくれっ!」


 もはや恥も見聞もなく、生贄の俺にすがりつく男。

 俺の名前も分からないらしい。


 そうだ、死ぬのは怖い。痛い。苦しい。生が終わるのだから当然のことだ。


 ……俺はそれをこの男から、百年にもわたって教え込まれたんだ。


「ゴブディア王……あなたには感謝しています。百年間、俺は命のありがたみというのが、嫌になるほど理解出来ましたから」

「あ、ああ……ならば……!」

「だから俺も」



 ――あなたに、命の尊さを教えてあげますよ

 


「……へ……?」

「消化開始じゃ」

「ひっ……ひぎゃああぁぁっ!!た、助け……あああああっっっ!!!」


 悪魔の幼女が、ゴブディア王をその黒い袋に詰め込んだ。

 袋の中は見えない。しかしじゅるじゅると溶けるような音と、刺すような酸の匂いが鼻を刺激する。

 そして暴れるように形を歪めていた黒い袋は……何事もなかったように、静かなそれに戻った。


「……一回で死んでしまうとは」

「それが普通じゃからなぁ……」


 

 百年ぶりの再会はあっけなく終わった。

 そして今日をもって帝国は、破滅の道を辿ったのだ。



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