4.悪魔の宴
「道具どもが人間様の言葉使って騒いでんじゃねぇよ!立場が分かってないのかぁ!?」
こうも最悪な気分になるのもいつぶりだろうか。
百年越しに楽しいと気分が軽くなっていたと同時に約百年ぶりの悪感情とは、本当に俺はついていないらしい。
ミアとの会話に介入してきたのは、当然だがこの国の兵士だった。
しかし新顔のようで、ミアを連行してきた奴とも、今まで俺を殺してきた担当者の誰でもない。ただ分かるのは、今までの帝国の人間に負けず劣らずの人間性をお持ちのようだ。
残念ながら仲良くなれそうにはない。
「いやぁ、すまんな。百年も籠っていると、これが人間様とやらだけに許された言葉とは知らなくてねぇ。しかし今までもこうして言葉を使ってきて、誰にも指摘されなかったが……この国の兵隊さんは俺と話すのが怖かったのかね」
「っ!ちょ、調子乗ってんじゃねぇよ死に損ないが!」
俺の煽りに顔を怒りに歪めて大声を上げるが、それだけだった。
どうやら本当に新人で、俺を殺める勇気はないらしい。鉄格子もあるというのに、必要以上に俺に近づくことを躊躇しているようだ。
「……はっ。それとそこの亜人もよぉ、随分と調子に乗ってたみたいだな?」
「っ……わ、私は、そんな…」
「それに汚ぇくせして、女の身体とは……誰の許可をもって人間様の真似事なんてしてんだよ?」
……こうも気分を害されるのは本当に久しぶりだ。
俺を弄ぶのなら一向に構わない。しかし亜人というのはこの世界……この帝国では相当に不当な扱いを受けているであろうことが見て分かった。
腹立たしい……先ほどまで彼女と共有していた時間が穢されているのが……!
「だがまあ……女の身体なら、道具として使ってやるのも人間様の務めだよなぁ……!」
「ひっ……!」
そう言うとその男は、ミアの牢屋をガチャリと開けた。
奴の顔は俺に背を向けていて見えない。
しかしミアの表情が恐怖に歪んだ。そして奴の零した発言。何をしようとしているのか、嫌でも察しがついてしまう。
間違いない。今まで関わった人間の中でも、最低に屑野郎だ。
「おいおい、あれだけ亜人は汚いだの言っておきながら発情するとか、人間様は随分と素晴らしい趣向の持ち主みたいだな」
「は、はは。どうせお前は何も出来やしないんだ!黙って見てろよ怪物が!」
「やっ……やめて、来ないで……っ!」
……どうしたものか。
彼女を助ける手段ならあるが、それをしてしまえばもうこの地下牢で、ただの死に損ないでいることは出来なくなる。
もうしばらくこの死に戻りスキルの鍛錬に時間をかけたかったが……
「いや……助けて……アルドさんっ……!」
―この男の存在は、酷く不愉快だ。
「おい、あんた」
「ああ!?いい加減うるせぇぞゴミが……!」
「腹に刃物が突き刺さる死の苦しみを教えてやるよ」
―死亡回数、消費
「はあ?何を言って……がふっ……!?」
「え……っ?」
突如として、その男の腹部に細く深い穴が空き……血を噴き出した。
「な、なに、を……!?」
「痛いだろ?それは俺が数十万回と殺された内の、一回分の死だ。さて……あと何回分耐えてくれるんだ?」
ミアもその男も、状況を理解していないのだろう。
だが男には確かに分かってしまったことが一つだけあった。このままでは、死んでしまうのだと。
「あ……うあ……た、助け……」
「……早すぎないか?まだ一回分なんだが……残念。さよならだ」
「あ、がは……っ……!」
俺がそう呟くと同時に、もう一つ大きな穴が兵士の胸辺りに開けられて、その男は絶命した。
「え……へ……?」
「ふう……ミア、大丈夫か?」
「え!?あ、はい……い、今のはアルドさんが……?」
「ああ。とりあえず、その兵士の持ってる鍵を取り出してここを開けてくれないか?脱出する」
「で、でもすぐに捕まってしまうのでは……」
「問題ないさ。多分、人間相手には負けないから」
そうして混乱して右往左往しているミアをなだめて、俺の牢を開けてもらう。
……百年ぶりに牢屋を出るというのは何とも言えない気分だ。正直ここでも暮らしも死に戻りスキルを鍛える上では適していたし、今からここを離れると思うと、ちょっとした哀愁さえ感じそうになってしまう。
思い出は殺されてばかりの地獄ばかりだが。
「さて、まずは城内にある魔術研究の部屋に行かないと……俺の死体を百年も使っていたんだ。少しは研究も進んでいるといいが……」
「あ、あの……アルドさん」
「何だ?」
「どうやってこの人を……?アルドさんは触れても、魔法も使っていないのに……」
「そういう異能スキル持ちだからさ」
このままでは気味が悪いだろうし、ミアに俺の死に戻りスキルの真髄を話した。
結論から言ってしまうとこのスキルは、ただ死んで生き返るだけのスキルではなかったのだ。
幾度となくこのスキルが発動……つまり俺が死に続けたことでスキルとしての熟練度が上がった。
最初は当然、死んで生き返るだけ。初めて殺された時の状態のまま成長は止まり、記憶すら死ぬ前のものに戻ってしまっていた。
しかし殺され続けて約十年が経った頃だろうか。
記憶を継続し、それまでの記憶もほとんどを思い出せるようになった。
そして約四十年が過ぎて、ある能力が併発出来るように。
それが死亡回数。
文字通り、俺の死んだ回数を示すそれである。
「死ねば死ぬほどに回数が重なって、そのカウントを消費すれば相応の効果を発動出来る。さっきの兵士の腹に突然刺し傷が出来たのも、俺がカウントを消費して、俺自身の過去の死因をあの兵士に再現したんだよ。技名にして《死返し》ってとこか?ダサいかな……」
「そ、そんな能力聞いたこともないです……!」
俺もだ。と言うか現状だと死亡回数の使い道はこれしか知らない。人に使ったのも初めてだし……今までは寄ってきた羽虫とかに使って練習していたから、あんな風に死因を再現出来るのかと学んだ所だ。
そして頭の中には常に『死亡回数:10000007』の文字が浮かんでいる。
この兵士には二回分のカウントを消費した上での数字になっているが……改めて、どれだけ俺は殺されているのだろうと苦笑してしまう。
この牢内で死に戻りスキルを鍛練出来たことは幸いだが……やはりまだまだ分からないことも多い。
きっと他にもカウントの使い道はあるはずだが、流石に誰もいない狭い牢内では検証できるはずもない。
だからいつかは外に出ようと思っていたが……まあ、今がその時ということでいいだろう。
「さ、早いとこ抜け出すとしよう」
「あ、あのっ」
「?」
「その……助けていただき、ありがとうございました……!」
「……どういたしまして。だがまだ安心するには早いぞ?この国から抜け出すまでだ」
百年も考える時間はあった。
ミアという護衛対象がいるが、とりあえずは事前に考えていた通りに……
そうして地下牢を抜け出そうとしていたとき。
地下牢が大きく揺れた。
「きゃあっ!?」
「うおっと……大丈夫か?」
「は、はい……今の衝撃は……」
ぱらぱらと地下牢が崩れてしまうのではないかという、短いながらも尋常ではない揺れと衝撃。
本当にこの国にいるとイベントが豊富で退屈しないと思う……
しかしここにいては外の様子が分からないだけでなく、崩落で潰される危険もあるため、栄養失調気味のミアを支えてどうにか脱出。
百年ぶりの日の目だ。やったぜ!と、内心高揚としていたのだが……
『犠牲も厭わぬ愚かな人間共……我らを使役するなどという驕りを後悔して朽ちるがいいっ!!』
国内は悪魔だらけ。
逃げ惑う人々で阿鼻叫喚。
そして空は血で染まったかのようにどす黒く。
「一体俺の死体を何に使ったんだか……」
百年ぶりに外に出たら、まずは青空が見たい。
そんな儚い願いは、まだしばらく叶いそうにないな……