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3.百年間の牢屋暮らしと出会い


『おらっ!さっさと歩けよ人間モドキが!』

「……今日はまた一段と騒がしいな」


 この牢に詰め込まれてから、百年くらいだろうか。

 俺は死んでも、初めて死んだ時の姿形に戻るため、半ば不老として今も変わらず生贄として殺され続けている。


 しかし最近はそれも少し変わりつつあるようだ。


 と言うのも、俺を殺しに来る回数が減少しているように思える。この牢内では時間軸など分かりはしないが、以前は半日くらい続けて殺され続けていたのが、最近は数時間だけ。

 それに殺し方も一辺倒。百年前は燃やして刺して、斬って絞めて潰してとバリエーション豊かであったのに、今では牢の外から槍で突き刺して終わり。余りに味気ない。


 何かこの国の情勢が変わる出来事でもあったのか……そういえばここ数年は、この地下牢も揺れ動くような災害やら戦争があったとか、俺の殺害担当の兵士どもが愚痴をこぼしていたっけ……


『進め植物女!亜人ごときが人間様に逆らってんじゃねぇよ!!』

『や、やめ……っ。ある、歩きます。だから、叩かないで……っ』

「……植物女?亜人?」


 これまた、最近になって聞き馴染みのある言葉が近づいてきた。


 亜人はこの世界に存在する、人間と魔族の間に生まれた子の総称だ。

 およそ百年前……当時は魔族と人間の衝突が世界中で起きていたが、今や血を交えるほどの交流になっているらしい。


 しかし実情は、魔族が人間の勢力に降っただけ。

 争いに敗れたのか、この世界の魔族の身分は人間の下であるというのが共通認識となり始めている。まあつまり、そんな魔族の血を色濃く受け継いでいる亜人も、人間至上主義を掲げるこの世界では随分な扱いを受けることも少なくないのだ。


「ほら、ここが今日からお前の家だ。さっさと入れのろま!!」

「あうっ……!」

「……へぇ」


 まさか俺の目の前の牢屋とは。この地下牢がどれほどの広さなのかなど、百年経っても俺に把握する術などないが、こうして誰かが他の牢屋に入ったことはない。

 それがまさか、お隣さんが来るとは。


 それに……なるほど、植物女とはよく言ったものだ。


「ちっ、手間かけさせやがって……喜べ生贄さんよ。今日からこの女と共同生活だぜ?ま、人間モドキのくっせえ植物女だがな!」

「ああ、嬉しいな。女の影も何もないお前よりも早く、女性と仲良く出来るとは」

「なっ……調子乗ってんじゃねぇよ!出来損ないの死体野郎がっ!!」

「きゃあああっ!!?」


 瞬間、腹部が異様に熱くなったと思うと同時に激痛が走る。


 当然だ。激昂した兵士がその槍で俺の腹を突き刺したのだから。


 一回、二回、三回……牢内の壁に押し付けられるように刺され続けて、朦朧とした意識の中で、俺は自分が出したその血の池の中へと倒れ伏した。


「ひ……あ、ああ……っ……」

「はぁ、はぁ……ただの生贄のゴミ野郎が……そこの植物女もこうならねぇよう気を付けることだな!」


 ……


 ……時間にして約数秒後


「はあ……全く、八つ当たりでの殺しが一番つまらないな……っと、ごめんなお嬢さん。初日から怖がらせた」

「え……あ……なんで生き……でも、死ん……」


 鉄格子の向かい側にいる亜人の女性は信じられないと言わんばかりに目を見開き、震えながら俺を見つめていた。

 

 まあ……しょうがないことだ。

 俺の足元には、俺と全く同じ、先ほど殺されたばかりの俺の死体が残っているのだから。俺がまた無傷のまま現れるなんて。


「あー……そんな怯えないでくれると嬉しいんだけど……」

「ひっ、あ……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」

「いや何もしないって。俺にも色々事情があってさ……まあ君を傷つけるようなことはしないから」


 しかしその亜人の女性はただでさえ狭い牢内の隅っこでうずくまるようにふさぎ込んでしまった。

 外の世界がどうなっているのかは分からないが、今のような生々しい光景や人が死に戻ることなど見たことがないのかもしれない。


 ……とりあえず、彼女が落ち着くまで待つとしよう。


 そして改めて、彼女の姿を観察する。

 

 ……なるほど、確かに人間というより植物に近いのだろう。

 体つきは一件人間の女性に見えるが、まず足が見当たらない。花をひっくり返したような花弁で下半身を隠している。

 腕を含めた上半身は人間のそれと似ているが、栄養が足りていないのか、その肌色は土気色。髪色も本来は新緑のような淡い緑色だったのだろうが、随分と薄まっている。


 そして何よりも、背に生えた二枚の大きな葉のようなそれがまさに植物らしい。


 時間にして数時間だろうか。

 ようやく彼女は顔だけ上げてこちらを向いてくれた。未だ震えているようだが。


「落ち着いてくれたか?」

「あ、あなたは……だれ、なのですか……?」

「俺はアルド=バルティア……まあ好きに呼んでくれ。それで君は?」

「……ミア……アルラウネのミア、です……」

「ミアか。いい名前だな。とりあえず……囚われ者同士、これからよろしく」






△△△△△△△△△△△△△△△△


「ミア、おはよう」

「……おはよう、ございます……」


 ミアが俺の前の牢屋に入れられてから数日くらいの時間は経っただろうか。

 最初こそ口数も少なかった彼女だが、どうにか会話が成り立つ程度の関係を持てるようになった。いや正直、何度死んでも死体を残してまた生き返る人間を前にして正気を保ってくれているだけでもありがたい話だ。


 目の間で毎日のように人間が殺されていたら、精神が壊れてもおかしくないのではないか?

 そこはやはり、亜人と人間では精神的な差も大きい故なのだろうか。百年も暗い牢屋に籠っていて自分と同じ人間のことすら分からない状況なのだから、最近出てきた亜人のことなどもっと分からない。


「あの……今日も、だったんですか……?」

「ん?ああ、今日のノルマは終わりらしい。ミアが寝てる間に終わってよかったよ」


 今日も今日とて生贄らしく殺されたが、死体も既に持っていかれた。


「……あなたのその……異能って……」

「うん?」

「苦しく、ないんですか?」


 最初こそ俺が目の前で殺されたことに泣き叫んで怖がっていた彼女だが、どうやら少し慣れてしまったらしい。

 だからこそ俺の持つ死に戻りの異能の説明や、俺が生贄としてここに百年もの間監禁されていることは話してある。恐る恐る訪ねているのを見るに、俺と言う存在が未だ受け入れ難いようだが。


「いや、めちゃくちゃ苦しいし痛いぞ?」

「え……?」

「だって死んでるんだぜ?殺されてるんだ。そりゃ泣き叫びたいくらい痛いさ」

「で、でも……ならば何故、あなたはそんなにも……普通でいられるんですか?」

「どうしようもないからさ」


 俺が苦痛に喚こうが、泣き喚いて命乞いをしようが、止めてくれと懇願しようが変わらなかった。最初の五年間くらいは壊れたみたいに喚いたり、時には絶対に殺してやると怒りに染まったり、酷い鬱状態になっていた気もするが……俺は気付いてしまった。

 全部無駄なのだ。何をしたって無意味で無駄な労力だ。


 だったらこうして状況を受けれ入れて普通にしていた方がいい。それだけのことだ。


「それに死ぬのも悪くない。殺されて、痛いと感じる時、生きてるんだと実感できる」

「……」

「さて、俺なんかの話よりミアの話を聞かせてくれないか?」

「私の、ですか……?」

「こんな所にいる位だ。何か深い事情があるんだろうし、話したくないことは話さなくていい。ただ、俺も百年間外に出ていないから、俺はこの世界のことを知らないに等しい、だから、少しでも教えてくれないか?」


 そう言うと、ミアは口を開きかけては閉じてを繰り返す。

 やはりこんな場所に幽閉されるだけあって、深い事情、もしくは何かしら心に傷を負っているのかもしれない。


 しかし百年もの間、こんな薄暗い牢屋に囚われ、加えて惨殺され続けていることに同情でもしてくれたのか、当たり障りのない話を考えて話してくれた。


 魔物とは違う、人間と同じような文化と知恵、言葉を持つ魔族のこと。

 人間と魔族が通う魔法学校のこと。

 魔法のこと。

 アルラウネという魔族のこと。

 そして、彼女の家族のこと。


 たどたどしい言葉や表現であったが、彼女は一生懸命に話してくれて、表情も少しずつ柔らかくなっていく。百年間の中で、こんなにも朗らかに誰かと言葉を交わしたことなどなかった俺は……


 そうか……久しく忘れていた。


 楽しいとは、こんな気持ちだったのか。


 話せば話すほど、もっと知りたいという欲求が湧いてしまう。

 そもそもどうして、百年間も孤独だったこの地下牢に彼女が来たのか。罪を犯したにしても、どうして俺と向き合った牢屋の位置なのか。

 

 しかし、それは彼女が話してくれる時に聞けばいいだろう。


「だから私たちアルラウネは太陽光がなくとも、少しの水さえあれば生きていけるんです」

「なるほどな……いつか外に出れたら、他の魔族にも会ってみたいものだ」


 そうして、夢を膨らませていた時だった。


『おいおい、クズ共が何騒いでんだ!?ああ!?』


 その優しい空間をぶち壊すようなだみ声が地下牢に響いた


 

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