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2.地下牢で四十年



「……臭いな、流石に」


 今日も今日とて目が覚める。

 しかしそれは死に戻りからの目覚めではなく、睡眠からのそれである。だが……こうも自分の死体が牢内に放置されたままでは、眠れるものも眠れないというものだ。


「自分に言いたくないけど……誰か片づけてはくれないのかね……」


 カビの生えた布切れ一枚を放り投げ、石製のベッドから飛び起きて自分の死体を牢屋の端っこへと転がした。この作業ももはや慣れたもので、毎度起きた後の習慣だ。

 牢屋とは言え、衛生管理くらいはしてほしいものだ。さすがこの帝国と言うべきか、見えないところの扱いや処理は本当に雑だと思う。何かの病気にでもなったらどうするつもりなのか。


 ……まあ、死んでリセットしてしまえばいいんだけど。


「っと、忘れない内に記録しないとな……今日は牢屋にぶち込まれてから四十年目の……丁度50万人目の生贄か……」


 そして再度、俺は牢屋を四方から囲む壁に目を向けた。

 そこには自身の血で書いた線がおびただしい数にわたって引かれている。もはや本来の壁がどんなものだったのかも分からない。


 見る者が見れば発狂ものの光景だが、俺にとっては数少ない娯楽の一つ……日記代わりなのだ。石造りのベッドと錆びだらけのバケツしかないこの牢内では、当然何かをしたためるものなどありはしない。

 だからこうして、太陽も見れないこの牢屋でも、今がいつで何回死んだのかを忘れないために壁を使うしかないのだ。


「まあ、それさえも消えかけて、具体的な数字は分からないが……」


 また俺の声は誰もいない牢屋に虚しく響く。


 独り言が大きい異常者と思われるかもしれないが、これも自分を保つために必要なことだ。

 ずっと黙っていては言葉も忘れて、俺を殺す担当者との楽しい会話も出来なくなってしまうから。


「それにしても、四十年か……あっという間だな……」


 そう、四十年前。

 俺はその時にこの牢屋を無理やり住居とされてから、一度も外に出たことはない。

 

 ふと、四十年前に俺が今の生贄となったその時を思い出す。


 あれは、この国の仕来りである、特定の歳になったら全ての国民が授かる“審判の日”だった。

 異能者を探す儀式。選ばれた者が持つ、常軌を逸した能力を有する人材を見定める儀式だ。


 当時は数人、それに該当する奴らがいたようで……測定する度に“暴風”だの“爆雷”だのと大層な称号を与えらえれては、騒ぎ立てていた。


 そして俺には……死に戻りという異能が宿ってしまっていた。


 そう、俺にはある特殊な能力だけが存在した。

 それが『死に戻り』の能力。厳密には生き返るのでなく、初めて死んだ時の衣服、状態、年齢のままに、また俺という存在が戻る能力だった。


 死んで元に戻るだけの異能。



 結果、俺に与えらえた称号は……“生贄”



 いくら殺してもなくならない。死んだって元に戻る。

 それを利用して王族たちは、この世界では禁忌とされている生贄を用いた魔術の研究に俺を利用し始めた。

 国民を使えば数に限りがあるどころか、権威に関わる。だが俺一人なら。どれだけ殺しても生き返る俺ならば……


 それが四十年前の出来事。

 それ以来俺はずっと、このジメジメとかび臭い地下牢の中で生贄として殺され続けている。

 

 ……痛かった。苦しかった。今までに味わったことも感じたこともない苦痛。言葉なんかじゃとても表現できない。

 そして訳の分からないまま復活した俺を、今度は燃え盛る業火が灰に変えた。次は水泡で溺死、次は飛来した岩で撲殺、次は剣で刺殺に斬殺、次は次は次は。


 その時はこの能力をまだ扱いきれていない弊害だったのか、記憶すら初めて死んだ時のものに戻っていたため、本当に訳が分からない内に殺され続けるという恐怖。


 ……気付いたら、この地下牢で死に続ける人生が始まったのだ。


「いや、人生とはもはや言えないか……」


 自分で言って笑ってしまう。


 こんなものは生きているとは言えない。だが死んでいるわけでもない。人間とも言えない。

 ただ人と同じような形をした何かが、ずっと生き物の真似事をして死に続けているだけ。


「外はどうなっているのか……」


 四十年もあれば世界が変わることもあるだろう。

 何せ俺は何かを為すためにずっと生贄として殺され続けていたのだ。もしかすると、俺の死体を対価としてとんでもない悪魔やら化け物が召喚されて、世界は更地にでもなっているのではないかとすら思える。


 だが残念なことに、今の俺に出来ることは生贄として殺され続けることだけだ。


「おい!補給の時間だぞ!早く出てこい化け物め!!」


 いつの間にやら担当の兵士が牢前に立っていた。

 どうやら時間のようだ……それにしても、俺の殺害担当はころころと変わる。何も出来ない男をただ殺すだけの作業だと言うのに、なぜこうも担当が入れ替わるのか。

 

 そしてまたこの国の魔術師どもは、俺の死体を実験に使い切ったようだ。

 はてさて、一体何年かかれば禁忌である生贄術が完成するのだろうか。


「ははっ……今日はどんな殺され方をするのかなぁ……」


 娯楽のない牢内では、もはやそれが生きがいとなりつつあるのだが……なるほど、彼らの言うことも強ち間違ってはいない。


 俺はまだまだ狂い続ける。


 

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