缶詰
缶詰といえば、今は沢山の種類が販売されている。
例えば、サバ缶だ。
安いものから高いもの、ご当地もののサバ缶といったものがあちこちで販売されている。
1人暮らしにはもってこいの食べ物だ。
オリーブオイル漬けの鯖缶を開け、そのまま小さいスキレットで煮込む。
トマトを追加してぐつぐつ煮込むと、鯖缶のアヒージョが完成する。
皮が固くて、中の生地が柔らかいフランスパンでつけて食べれば、もう最高だ。
仕事のストレスなんて、さよならグッパイだ。
しかも、私が小さい頃は、そんなオリーブオイル漬けの鯖缶なんて代物は見たことがなかった。
店に売っているものと言えば、味噌煮の鯖缶、水煮の鯖缶この2種が定番だった。
ある時、母親に水煮の鯖缶買ってこいと頼まれて、味噌煮を買ってしまったことがある。
まあ、誰だって水煮と味噌煮を間違えて、買ってしまった経験はあるはずだ。
小学生だか、中学生の時に、母方の祖母の家に行った話だ。
遊びに行くと、いつもお茶を出される。
そして、いつも通ーり、自分の学校の出来事を話す。
こんな面白いことが起きたよ、とか。
そんなありきたりな話をすると、いつも通り、祖母がうんうんと頷いていた。
私が話終えると、沈黙が生まれた。
何秒かたったあと、祖母は口を開いた。
「おばあちゃん、この前、風邪ひいたの。」
その言葉を聞いて驚いた。
そんな様子には、全然見えなかった。
どうやら喉は腫れ、熱も出たらしい。
もう、動くことが出来ず、いつもの畑仕事なんて、できるもんじゃなかったらしい。渋々、布団で大人しく寝ていたようだ。
すると風邪で苦しんでいる祖母を見た祖父は、
「何か買ってきて欲しいものはあるか?」
と聞いてきた。
その言葉を祖母の口から聞いて、おじいちゃん優しいなと心の底から思った。
何年も一緒に暮らして、何かあったらお互い、助け合いながら生きていくなんて、もう私の理想の中の理想だ。
よく分からないが、祖母は眉間にシワを寄せ始めた。
すると、祖母は、ひとこと。
「缶詰が欲しい」
と頼んだそうだ。
祖母は、喉を潤すための缶詰が欲しかったようだ。
確かに、風邪を引いている時に、果物の缶詰を食べる、あの安心感。
そして、冬に食べると、腫れている喉に、冷たくて染み渡る甘いシロップが、気持ちいのだ。
スプーンで、みかんを1つずつスクって、食べる。
別に、給食で出てくるあの果物缶詰は特別感は、何1つない。なのに、そう、高い缶詰のではないのに、体も心も弱ってる時に、食べると、グッとくるのだ。
私も良く、小さい時に母に買ってきて欲しいと頼んでいた。
祖父は、分かったと言って、お財布を片手に持って出掛けたらしい。
何分かたった頃、祖父は片手にレジ袋を持って帰ってきた。
祖母は、待ちに待った缶詰。
自分の体も心も癒してくれるものを最高の缶詰。
「ほれ」と出した手には、祖母が待ちに待った缶詰だった。
祖父の手に持つ、1つの缶詰が光輝く。
その缶詰には、大きな字で
『鯖缶』
と書かれていた。
さばかん
サバ缶
鯖缶!?
祖母の話を聞いてくると、だんだんと口角が上がってくる。
今までの祖父の優しさからは、霧のように消えてしまった。
すると、夢から覚めた祖母は
「こんなに、喉が痛いのに!食べられるわけがないでしょ!?」
とピシャリっと言い放った。
普通、喉が痛くてたまらないのに、骨がある魚を買ってくるなんてあり得ないと、祖母はその出来事に怒りまくっていた。
私はクスクスと笑うのが我慢していたが、もう、我慢の限界だった。