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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

くすぐり

作者: 陽田城寺


「やマジで私が先輩への愛が一番深いですから」

「あっそう」


 後輩の宮下はいつもそう言って憚らない。この手芸部に入ったのも私がいるから、だなんて言って憚らない。そこは素直に手芸に興味を持って欲しいと私は思っている。

 私は別に名物先輩でもなければ部長でも副部長でもない平部員、ただ手芸で人形なんか作れたら可愛らしいと思うし、いざと言う時にボタンとか縫えたら便利だし、かといって料理みたいにがっつり活動するわけじゃないから入っただけだ。

 正直、そこまで手芸に興味がないのは私も同じだったりする。


 手芸部は特に大会もなければイベントもない。今じゃ広めの一室を部室として使えるから、友達を呼んで遊んだりだらだらするため、部活に入っていたという実績を作る人なんかもいてそこそこの所帯になっていた。そんな中だと、私は手芸に真面目な方とも言える。

 宮下も、まだ手芸を試みているだけマシだった。


「あ~、編みたい、編みたいんですよ先輩のためのセーター!」

「じゃあ口より手を動かしたら?」

「いやサイズ測らせてもくれないじゃないですか!」

「目がいかがわしいし」

「バレました?」


 冗談で言ったのに。てへっと笑う宮下が邪悪に見える。愛している、と冗談めかして言われるから本気にすることもできない。この部にいっつも顔を出しているから、それなりに気持ちがあると思うけど。

 宮下のことはそれほど嫌いじゃない。髪を後ろの方でツインテールにした、笑顔がはきはきしていて明るい、私には似合わないタイプだ。

 私はほら、ご覧の通りちょっと静かすぎる。クラスに友達もいるけれど、その人とはよく会話が弾むけれど、それも静かな声でどこか周りに配慮しているところがある。

 宮下がバカみたいな冗談をたくさん言って、私がそれにツッコんで、そんな風にしている時は手芸部の一員として活動しているみたいだし、なんだか明るい学生になっているみたいで、ちょっとした優越感みたいなのもあった。

 静かにしっとり過ごすのも、彼女と明るく話すのも好きなのだ。

 それでも、傍から見たら邪険に扱っている風に見えるかもしれない。


「先輩って好きな人とかはいないんですか?」

「いないなぁ」

「タイプとか」

「考えたこともない」

「女性はどうです?」

「考えたこともない」

「話聞いてます?」

「今集中しているから」


 宮下は時折そんな話をする。周りの子はそんな宮下を百合っ子だ、みたいなことを言って笑っていて楽しそうだけれど、どうも彼女が私の話をする時は真剣な気がした。彼女自身が半分茶化しているけれど、私がそれを茶化すのは良くない気がしている。けれど、真剣に取り合うのも難しいところだった。

 恋だの愛だのはまだ考えたこともない、というのは紛れもない事実だった。


(でもなぁ)


 もう高校三年にもなるが、恋愛未経験のまま卒業してしまうことになるのだろうか、と思う。

 胸にチリチリ焦燥感のようなものが浮かぶかと思えば、すぐに燻って冷めていく。まあいいか、と気持ちが冷める。焦って人と付き合うようなものでもないし、適当な気持ちで応えたり恋愛するのも失礼だと思った。

 つまるところ、現状維持だ。

 そんな生活が続いていた。


―――――――――――――――――――――


 ただのある日。別に卒業が迫ったとか、焦れた宮下が暴走して真剣に告白したとかでもない。

 今日はやけにきゃっきゃと女子らが騒がしい。普段からかしましい、かまびすしいのだがやけに笑い声が激しく、何かぶつける音まで聞こえるほど。


「なに?」


 私がちょっと眉をひそめて責めるみたいに言う。部長はこういうやかましいのに混じる側の人だし、副部長は私より大人しいから必然私がこういう時に止める側だった。

 ただ責められた部長たちは特に悪びれる様子もなく、仲間の一員である私にへらへら笑って言うのだ。


「や、くすぐり合いしてたの。花谷とか全然くすぐったくないの。ウケるでしょ?」

「別にウケることではなくない?」


 普通に返事すると部長はまたアハハと笑う。ずいぶんゲラなんだなぁ、と呆れて溜息を吐くしかない。

 ちょっと騒がしいくらいならいいけど、部長がとにかく笑うものだからやってられなくなってくる。


「先輩、先輩はどうです? くすぐったがりですか?」

「え? うーん、割と。敏感な方かな」

「ほほー……そりゃ! こちょこちょこちょ!」

「わ、やめ……」


 と宮下が突如襲い掛かってきてわきの下に手を潜り込ませてきた。なんていうかちょっと清潔感もあれだ。いい気はしない。

 けれど、それほどくすぐったくない。というかこちょこちょ言っている宮下が滑稽に見えるくらいだ。


「……全然平気じゃないですか」

「大人になったから慣れたのかもしれないね」


 冷めた宮下がぶー垂れるのを私はちょっと窘める。こういう一面で成長を実感できると少しいい気分に……。


「じゃ私も~。おりゃりゃ!」

「ん!? ふひゃっ! きゃはぁっ! 部長やめてっ!!」


 即座にあられもない声を出してギブアップしてしまった。部長の指でお腹の辺りをくすぐられただけで笑うというよりかはもう拒絶反応に近い。手があることがぞわぞわ~ってする。


「そこが弱いんですか!? 私もこちょこちょ……」

「や、そこまで」

「なんで!?」


 そんなきっぱり別れたリアクションが好奇の目を集めたのか、部員がちょっと集まって私をくすぐってくる。こうなるともう手芸どころじゃないから一旦それは置いといて順番待ちみたいにくすぐられた。なにこの羞恥プレイ。

 ただだいたい笑った。というか宮下の時以外変な声を出していた。なんでこんな辱めを受けているのだろうと思いながら、部員を制することをできない私を副部長が静かに睨んでいる気がした。いやとめてくださいよ。


「なんかくすぐりで笑う条件とかあるんっすかね?」


 後輩の一人がスマホで器用に検索していく。私はその間も宮下にべったりとくっつかれている。いい加減、私をくすぐろうとするのは笑わせられていない宮下だけになっていた。


「……もしかして私嫌われてます?」

「いや、まさか! なんか……あー……宮下の指が悪いんじゃない?」

「手芸部ですよ!? でも私も編み物苦手だな~って思ってました!」

 

 気が合いますね、なんて宮下は笑う。それでいいのか、手芸部なのに。まあでもさしぐるみ作るの上手だし悪くないと思うけど。


「あ! くすぐりって信頼している人とか大事な人だときかない時があるんだって!」

「……うん? なに?」


 よくわからないことを言っているのでスマホを取り上げて読んでみる。

 くすぐったいというのは、体の大事な場所を守る反応、らしい。くすぐったくて拒絶して自分を守るような。

 だから自分でくすぐっても安全だと分かっているからこそばゆくないし、とても親密な大事な人ならそれと似たようなこともあるとか。

 とても大事な親しい人。


「……そんな」

「……へーえ」

 

 宮下が私の肩に顎を乗せてにやっと笑った。髪と髪が触れ合い、耳がこそばゆくも熱くなる。

 横目で見た宮下の唇が目に入った。ふに、と柔らかそうな部位は小さな笑顔に歪んでいて、普段の明るいそれよりも、どこか勝ち誇った、強気な笑顔に見えた。


「こんな、ウィキペディアみたいな情報……」

「ふふ、ふふふふふっ! いいですよなんでも! ちょっと自信持てましたし!!」


 宮下は満面の笑みで私から離れて、踊るように元の席に戻っていく。心の底から安心して楽し気な宮下。

 私は心臓がバクバクと驚くほど鳴っているのに、彼女から離れてやっと気付いた。彼女には気付かれなかっただろうか。なにに? 心臓の音? それとも……。

 離れてもなお熱い。胸の音も止まない。ああ、なんだろう、体と脳が私の感情の答えを示しているような。


「ってか部長めっちゃ笑ってましたよね!? 全然私らのこと信頼してなくないですか!?」

「いや普通笑うって! それ言ったらみんなも笑ってたじゃん!」


 賑やかな部員の声も届かない。

 ただ私の目には、今までのように席に戻ろうとする私を見つめる宮下の目が、今日は特別に映っていた。

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