03.過去03
よろしくお願いします。
ドンドン! ドンドン!
扉を叩く音がする。
今日は嵐になりそうで、早めに寝支度をして窓の鎧戸なども全て厳重に締め切っていた。一瞬躊躇うが、夜中だろうがいつだろうが、この庵を訪ねてくるのは専ら1人しかいない。
「魔女殿…」
そっと扉を開けると思った通りの人物が所在なさげな表情をして立っていた。
空を見ると夜空にもわかる分厚い雲からパラっ、パラっとたった今雨粒が溢れてきたところだった。
「どうぞ入って。雨が降ってきたわ。」
「ごめん、こんな時間に。」
庵の中に入ることへのためらいは、私の寝巻き姿によるものらしい。だが嵐は待ってくれない。気になるのなら衝立の奥ででも着替えるから、雨が入る前にアレクが入ってほしい。
「大丈夫よ。さ、入って。嵐が来るわ。」
手を取って中に引き入れるとおずおずと足を踏み入れた。
「ごめん、こんな時間に。」
苦笑しながらテーブルに促し、荷物も降ろすように伝える。
「さっきも聞いた。大丈夫よ。」
外套と荷物を受け取り、作り置きのお茶をカップに注いで渡す。
「今日は何のお薬を?」
「今日は『不毛の大地にーーーー……』」
「はい。」
薬を渡し、お代を頂き、仕舞う。いつものやりとり。ふぅ、と息を吐き、仕事は終わりとばかりに後ろに座る彼に声をかける。
「夕食は?残りものしかないけど、食べる?」
そうは言っても嵐で外仕事ができなかった分、色々常備菜や保存食などの作りだめをしていた。野菜の屑しかないスープとパンだけというのは免れて、自分の女子力が栄誉を守れそうなことに安堵の息を吐いている。
「すごく魅力的な申し出だけど、少しでも早く森を抜けないと本気で命が危ないからすぐ出るよ。」
「まさか帰る気でいるの!?」
驚きに振り返る。
雨の音はまだ聞こえるほどではないが、本降りになるのは間もなくだろう。風は午後から出てきていて、今ではザワザワと森の木々の音がうるさいどころか時に枝が折れるような音も聞こえる。
そもそも今までこんな時間に来ることがなかったアレクがこんな時間に着くことになったのは天候のせいだろう。
今から帰るとか、充分に自殺行為だ。
「いや、しかし…」
「いいから泊まっていって。このあばら屋にも呪いがかけられているのよ。嵐に吹き飛ぶことはないわ。」
「本当にいいの?」
狭い庵だが、実は彼には見せたことのない奥の部屋がある。マメに掃除はしていないが…ま、私がそちらに寝れば何とかなるだろう。
「だからいいって言ってるわ。」
まずは彼のための夕食を準備すべく、後ろを向いた。だがその腕を掴まれ、驚いて彼を振り返るとまるで睨むように強い視線に射られる。
「ねえ、本当に泊まっていいの?」
「……いいって言っ…」
その後の言葉は口で口をふさがれて続けることができなかった。
身分を隠してきたアレク。
彼はお貴族様で、私は平民だ。それに私は魔女で、そしてーーー。
目の奥に見えるその炎はなんなのか、何故生まれたのか、いつまで燃えているのか…。私にはわからないことばかりだったけれど、その炎に焼き尽くされてみたいと思っている自分の気持ちだけは確かだったから。
「アナイス…」
教えたばかりの名で呼ばれ、熱を持った瞳で見つめられ、求められて、私は抗う術は持たなかった。
母も、そのまた母も、こうして魔女を産んだ。
私もきっと……
その夜は家の中でも嵐が吹き荒れていた。