02.過去02
本日3話目です。
よろしくお願いします。
身分を隠して来ていたアレク。
お互い丁寧な言葉で儀礼的なやりとりだけにとどまっていたのはわずかな間だけだった。
ローブの隙間に見える顔を同じ年頃とみて、アレクの口調と態度はすぐに砕け、親しみを込めた挨拶になった。私も母が居なくなってから事務的なやりとりではない、普通の会話をすることに飢えていたのだろうか?乾いた地面に水が染み込むように、当然のように会話量を増やしていった。
そうは言っても往復の道のりを考えると長居はできない。まるで手のひらですくった水でタライを満たすように、少しずつ少しずつ、数年かけて会話を重ねていった。
先代のお薬係の彼ともそれなりに親しく口を聞いていた。
でもアレクは…来るたびにささやかなお土産を持ってきた。
街で流行りの刺繍の入ったリボン、模様の美しい手鏡、染めのやさしい色合いのストール。
それから2〜3年も経つと少しの時間でも男手がないため億劫になっていた作業、薪割りや高い場所の修理を自らやってくれたり、小麦粉や塩など重い生活必需品を来る時に買ってきてくれるようになった。
そうして少しずつ、私の生活の中に彼の色を混ぜていった。
ある時裏の薬草畑での雑草取りを一緒にしながら、他愛もない話をしていた。
私はいつものローブを脱いで黒の魔女の特徴である長い黒髪をくくって作業をしていたが、ふとアレクの手元が止まっていることに気がついた。
「アレク、ありがとう。帰り道もあるんだし、そろそろ終わろうか。」
「いや、疲れたんじゃないよ。」
夢中になっていたが、太陽の位置はもう中天にあった。季節は今やっと春に足を踏み入れたところ。だが限りなく晴れた日。日差しを浴びての作業に少し体が汗ばむほどだった。
「私は疲れた。お昼ご飯にしよ。」
そうして家の中に入ったが、いつになく彼の視線を感じる。
「何?」
「いや、魔女殿は変わらないなと思って。それも魔女の秘薬のおかげ?」
笑いながら問いかけられる。昼食前に、彼の前にお茶を置く。
「そんな薬ないわ。魔女だからよ。」
私も笑いながら答える。自分も一旦座り、水分を補給する。
「そうか。魔女は年をとらないのか。」
「ええ。17歳頃から歳をとらなくなるの。」
冗談だと思って笑っていた彼の表情が戸惑いの色に染まる。
「……ホントに?」
「本当よ。」
「同じ年頃だと思っていた。」
「魔女でも女には『何歳?』なんて聞かないでね。でも、先代のお薬係に聞いてみて。『魔女は何歳に見えるか?』って」
そう言って立ち上がり、昼食の支度を始めた。
実年齢は置いておいて、20代中頃以上…と言われたらショックだけど、まぁ今と変わらないくらいの見た目年齢を答えられるはずだ。
魔女は魔女の子として産まれてくる。
人の子と同じように、男と交わり、十月十日腹で育て、産みの苦しみを経て、この世に送り出す。
乳を飲み、寝たきりから這い回るようになり、一年ほどで立ち、人の子と同じように成長する。
しかし年の頃が17歳になるとその後は何年経とうが歳をとらない。
髪は伸びる、爪も伸びる、垢もでる、怪我を負えば傷痕も残る。だが何十年経とうが見かけは17歳のままだ。
では魔女は不老不死なのか?
否。……とも言い切れない。
まずは不死ではない。
肉体的には17歳の少女と同じような強度で、大怪我をすれば死ぬだろう。だが数十年生きたところで病を得たとかそれで死んだとかという話は聞いたことがない。
不老…というのは部分的には当たっている。
魔女は不老だ。きっとその気になれば何百年と生きられる。
だが今までの魔女はせいぜい生きて100年程度だ。魔女は次代の魔女を産むとまた緩やかに歳をとる。まるで何かを移したかのように、ただびととなり、歳をとる。そうすると怪我ばかりでなく病気や老衰で死ぬ。
つまり次代の魔女を産まなければ不老でいられるのだが…皆せいぜい数十年生きたところで産まずにはいられなくなるのだろう。
それらを全て説明するつもりもないが……。
それからだ。彼の瞳に熱が灯った気がするのは。
今までの暖かな親愛の眼差しは変わらず、けれども目を合わせるとその奥にチリリと燃える炎が見える。
その炎はなんなのか、何故生まれたのか、いつまで燃えているのか…。
私にはわからないことばかりだったけれど、その炎が消えないことを切に願っていること、そしてその炎に焼き尽くされてみたいと思っている自分の気持ちだけは確かだった。