01.過去01
本日2話目です。
「不毛の大地は日に焼かれ真っ赤に乾涸び、堤防失くして洪水を起こし、暴風に嬲られ、寒さに咽び泣く。」
「はい、確かに。こちらがそのお薬です。用法用量は先だっての通り。お買い上げありがとうございました。」
そう言って報酬を受け取る。何度も繰り返されたやりとり。手の平に乗るくらいの皮袋の中で金貨がチャリリと鳴った。
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私は魔女だ。
だが魔女といっても色々あるだろうから先に定義を明らかにしておきたい。
私はお姫様に死ぬような呪いをかけたり、その呪いを眠りに緩和したりはしないし、キラキラ光るステッキを持って呪文を唱えたり、黒猫と話しながらデッキブラシで空を飛んだりももちろんしない。
確かに百代の祖先には強大な力を持つ者も居たというが、現在ではほぼ薬師に近い。ただ、薬師と名乗らないのは母や祖母たる先達から受け継がれた魔法のような効果のある薬を煎じて売っているのと、ちょっとした不思議な力があるからでもある。
私には大した力はない。飲んで3分で肉離れが治る薬、髪の色が変わる薬、にきびが跡に残らず治る薬、よく効く虫除けの薬などが主な収入源だ。他には気休め程度の呪いのかかった生活用品なども細々と作っている。それらを街に卸していて、王家の口利きで買い叩かれないようになっている。
その忖度は今から30年程前、現王のためにある薬を作成したことから得られた。
それからも定期的にその薬の注文があるが、まさか本人が取りに来るわけにはいかないので、係の者が代わりにやって来る。まぁ係の者なんて言ってもお貴族様だ。なんてったって陛下のやんごとなき秘密のお薬です。
権力に負けてその情報をはかされてはいけない。
不埒な目的を持って魔女を害してはいけない。
そして道中拉致されたりせず、森も無事に抜けて魔女の庵まで辿り着けるように武に優れていなければならない。
ある程度の身分の、陛下の信の篤い騎士なんかが選ばれるようだ。
森の奥にある私の庵には裏に家庭菜園程の畑があり、そこで薬草を育てている。ここでしか育たないものでもないのだが、なんらかの環境要因なのか、ここで育てた方が薬効が高いものができる。
それらの世話があるため私はほぼ庵の周辺にしかいない。他は特別な材料を採取しに行くか、できた薬を売りに行くか、日用品の買い出しに行くかの3択だ。断言できる。
そんな半(分以上)引きこもり生活にここ数年で変化があらわれた。行動範囲も外出頻度も変わらないのだが、人に会うことが増えたのだ。いや、それも語弊がある。より正確に言うと、ある特定の人物と頻回に顔を合わせることになった。
それが件のお薬係である。先代の係の方が四十路に入り、若者に代わると言っていた。
そして来たのがアレクだった。
「魔女殿、お初にお目にかかります。この度新しく係の者となった『アレク』と申します。今後ともよろしくお願いします。」
初対面の彼は、そうにこやかに挨拶をしてみせた。
17歳。
背丈は今ほどにあったけれど、線の細さがまだ男と言うのをためらわせる少年から青年への移り変わる時期。
「こちらこそよろしくお願い致します。」
身分・家名・誰からの使いかなどはあえて名乗らない、こちらも問わないことが暗黙の了解である。丁寧に頭を下げて、本題に入る。
「本日はどのお薬をご所望ですか?」
「はい。『不毛の大地はーーー…』」