12
***
時は、現在に戻る。
いやあ、と男――鳥羽、と話の中で名乗った――は頭を掻いた。
「こうやって改めて話してみると、ほんまぼく、なにしてんねんって感じですよね。自分でもうざいやつや思うわあ。……あ、梅酒のソーダ割、ください」
酒が進み、赤くなった顔で、へらへらと笑う。話の中にあったような、居酒屋での醜態や他人への絡みを、ここでもやられないように、こっちが鳥羽の酒のペースを考えるべきか、と思いはじめていた。
「で、ポニーさんとTが一緒に歩いてた理由なんですけどね」
こちらの心配をよそに、男は喋り続ける。
「後日、給湯室でふたりっきりになったことがあって、そのとき、勇気をぎゅーっと振り絞って聞いてみたんですよ。前の土曜、偶然見かけたんだけど、彼氏と一緒に歩いてませんでした?って。そしたら、彼氏なんていませんよ、あれは彼氏じゃなくて近所の高校生で、偶然会って、行く方向が同じだったから、ほんの数分一緒に歩いただけだって。まあ、もうTとのことは疑ってはなかったけど、それでも安心できた上に、ポニーさんに彼氏がいないってわかるっていう、思いもよらぬ特典がついてきてね、もう心の中でガッツポーズですわ」
梅酒ソーダ割を、わざとゆっくりつくりながら、相槌をうつ。
この相槌の加減が、難しい。適当すぎると聞いていないと思われて鳥羽が話すのをやめてしまうかもしれないし、そうかと言って興味津々というのを全面に押し出しても、気まずいような。
「このお店、さっき、親の代からやってるって言ってましたよね?」
ふいに、鳥羽が話の矛先をこちらに向けてきた。いやだなあと思いつつ、頷く。
「親御さん、息子が店継いでくれて、喜んではるでしょ」
「まあ……、でも、まだ完全に継いだわけじゃないんですけどね」
「へえ?」
「平日は別のところで働いてるんですけど、週末の夜だけ、親に店貸してもらってやってるんです」
「ほう、ほう。じゃあ、しっかり店を継ぐのが目標ですか」
「そうですね。やっぱりなんだかんだで、親の味は、守っていきたいですね」
「はあ、えらいもんですねえ」
いやそんなことは、と言いながら、質問されて思わず個人的な事情を話してしまったことを、すでに後悔し始めている。これ以上、こちらの話を深掘りされたら、困る。
「……この辺に、定食屋ってあります?」
もうこれ以上の情報は出さないぞ、と決めているところへ、鳥羽がまた質問を投げてきた。意図は読めないが、この質問には答えてもいいか。
「まあ、何軒か、ありますかね」
「ふーん……」
「……なんですか」
いや、と鳥羽は前置いた。少しためらう素振りをしたあとで、口を開く。
「ポニーさんの実家はね、定食屋さんらしいんですよ。なんでも、最初は喫茶店として始めたけど、コーヒーよりご飯のほうが評判がよくて、気がついたら定食屋になってたんですって。ポニーさんは絵が好きでね、ゆくゆくはイラストレーターを目指してはったんやけど、当時、うまくいかなかったら店継ごうかなあ、とか言ってはったわ」
こいつ……。思わず、じっと鳥羽を見つめた。
「……それ、言っていいんですか。その情報から、どの店がポニーさんとやらの実家か、絞れちゃうんじゃないですか」
「え、なに、やっぱり心当たりある? 絞っちゃう?」
「絞りませんけど」
他人の情報をべらべらと、この酔っ払いめ、と思ったが、口には出さず、やっと梅酒ソーダ割を出す。
ひと口飲んで、はあー、と鳥羽は息をついた。
「ぼくは今、一応、ずっとやりたいと思っていた仕事を、やれてるんですけど。でも、理想と現実は違いますよね。嫌になることも、結構ありますわ」
あーあ、とまたをひと口飲み、「あいつらは、今頃どうしてんのかなあ」と呟いた。
「H、と、T、ですか?」
「そう。ニートとかになってへんといいけど」
「……確認ですけど」と前置いた。「『H』と『T』って、背が低いの『ひ』と、高いの『た』から、きてるわけではないんですよね?」
「え? ああ、ちゃいます。ふたりが名前か、あだ名みたいなので呼びあってたんで、それをこう、アルファベット表記にしたときの、頭文字です。なんせ、ふたりとも、うぐいすに住んでたんで、さすがにここで名前出したらまずいかなあって」
そこで鳥羽は、はっとした顔でこちらを見た。
「もしかして、ふたりを知ってはる?」
「気になっただけです。ブレスレットのイニシャルのくだりで」
すると男が、そうそう、と言って、椅子の背にかけたスーツのポケットから財布をだした。開けて、なにかをとりだす。
「これです、これ。そのブレスレット」
指でつまんで、こちらに見せてきた。ブレスレットは、合皮がすり切れ、ひび割れて、かなりぼろぼろになっている。男から受けとり、プレートの裏を見てみると、そこには確かに『H&T』の文字があった。
「ね、彫ってあるでしょ。この話、嘘じゃないんですよ。実話なんですよ」
疑ってないですよ、とブレスレットを返しつつ言った言葉を、聞いているのかいないのか、鳥羽はグラスを傾けながら、ため息をついた。
「あいつらのことをね、応援するつもりはなかったですよ。二人とも、話を聞いたら別に生まれながらにして男が好きとかいうわけでもなかったみたいやし? そんな奴らが男同士で付き合うとか、不毛やろって。でも、別にそういう人たちの存在を否定するほど過激派なわけでもないんで、基本、自分から見えないところでなら、もう好きにしてって感じで。あいつらの存在を気にしてる自分もいややし、ふたりが付き合い始めて、いちゃいちゃしているの見るのもいややったし、で、乗る車両変えたんです。まあ、Tに顔が割れちゃってるっていうのが、一番の理由ではあるけど。ホームで待つ場所も、わざわざ、ちょっと離れた場所とかにして。……たまに遠目に見かけるくらいでいいや、と」
でも、と鳥羽は言った。
「あいつらの今後とかはどうでもいいけど、唯一、このブレスレットのことが気にかかってたんです。手もとに置いとくのは嫌やけど、かと言って捨てるのも忍びないし、なんとかして返せへんかなって。駅に落としものとして届けるにしても、思いついたのが遅くて、Tはもう、そこは探し済みやったやろうし。もっと確実な方法はないかなって考えてるうちに、ぐだぐだと、持ち続けるはめになってしまって」
「……ふたりのこと、どうでもいいって言ってるわりには、そこは真面目なんですね」
「そうなんですよお、ぼく、根が真面目やからね、どうでもいいことにこだわってしまって」
そういう意味ではなく、ふたりのことが、どうでもよくはなかったのだろう、とからかいたかったのだが、鳥羽には伝わらなかったようだ。
「この真面目さが、運の悪さに拍車かけてんのかなあ……」
「で、そのままずるずると、他人のものを持ち続けている、と」
すると、鳥羽は手のなかのブレスレットを見つめながら、「いえ」と首を振った。グラスについた水滴が、滑り落ちる。
「実は一度だけ、持ち主のところに戻ったんですよ」




