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瑠璃子の冒険  作者: 秦芳
2/2

あやかしの東山

○出会い


翌朝は少し雲はあったが、まずまずの天気。


山の麓に、岩場からわずかに水の流れ落ちてい場所があった

野営したところの直ぐ傍。

楽太が見つけてくれた。

さすがに水のことは彼にはかなわない。


辺りは少し湿った場所で、水の流れているところから少し離れた場所に岩があり、その上に小さな小さな祠が建てられていた。

どうもこの辺りには水場はここだけみたいだ。

水が有るのは有り難い。

祠はこの水場を守ってくれてるのだろうか。


水袋に補給しようと、袋の口を水の流れの下に持っていった時だった。

誰かに見られている様な気がした

仲間の皆は少し離れた場所にいるので彼等ではない。


少し不思議には思いつつ、仲間の所に戻った。

でも水を確保できたことを伝えるとミナミも明都も良かったと声をかけてくれた。特に明都は嬉しそうだった。


皆で協議の結果、比較的道幅の広く、登りやすそうな道を選んだ。

山登り開始。

崖沿いの登り道。二人で並んで歩くには幅が狭いので、明都が少し前を歩き、私が後ろからついてゆく。


彼女は後ろ姿も可愛いなー。

崖道を登っていたら、半人半蛙族の洞窟から脱出したことを思い出した。あの時、明都は頼もしく見えた。

外観の可愛さと、内面の頼もしさ。

素敵な女の子だよね。

ミナミが傍にいたい気持ちも分かる。


今は、楽太の鉢を私が持ち、ゆっくりゆっくり登ってゆく。


「ねえ、瑠璃ちゃん」

楽太が小さい声で話してくれた。


「うん?なに?」


「瑠璃ちゃん、・・ミナミと、あまり話していないよね。」


「うん・・・・そうね。」


「ミナミと、どうかしたの?」


「いや、別に何でもないんだけどね。」


「そう。・・・・。ミナミと明都が楽しそうに話していると、瑠璃ちゃん、寂しそうに見えたから、少し心配になってさ。」


「そうかな。大丈夫だよ。うん、有り難う。」


楽太との会話はそれだけだった。


道の周囲には低木や草が生えている。

彼等に、この山に住む節脚族の住人について聞いてみた。


「よそから来た者には教えられない決まりなのです。危害を加えない保証が無いので。ご自分でお探し下さい。」

余りよい返事は貰えなかった。


やはり自分で探すしかないみたい。


太陽が高くなってきた

途中、道が少し広くなり、小さな広場のようになっているところが有ったので、そこで休憩。木陰もあり、休憩には良いところ。

木陰に座って楽太の鉢をそっと地面に降ろすと、彼も鉢の壁を器用によじ登り外に出てきた。

肩掛け鞄から水の袋を出し、水を少し掌に出して楽太に掛けてあげた。

続いて袋を明都に渡す。


「有り難うございます。」

彼女は手拭いに水を少し垂らし、手や顔を拭いている。

すごく気持ちよさそうだった。

彼女が濡れた手拭いをミナミに差し出すと、彼も手拭いの上でじっとしている。冷たくて気持ち良いみたいだった。


私に水の袋を返してくれたので、小さな器にほんの少し水を入れて半分だけ飲んだ。

景色を見渡すと見晴らしがいい。

少し歩いただけなのに結構、高くまで登ってきていた事が分かった。

節脚族が大勢居たときは、さぞ賑やかだったのだろうか。


かすかに音がした。

この音は、確か。

水の器を見ると、縁に蜂が止まっていた。

蜂の飛ぶ音だった。

でも・・節脚族?

もういないと聞いていたけど。


「お姉ちゃん、・・どこから・・来た・・の?」

蜂が私に聞いてくれた。

不思議な言葉、聞いたことがない言葉。

でも何とか理解できる。


この子は、何者だろう。


「今の言葉、私は分かりました。瑠璃子殿、ミナミ殿、楽太殿は如何ですか?」明都が聞いてくれた。


「おいらは分かった。ミナミは?」

「僕もよく分かりました。初めて聞く言葉ですね。瑠璃子は?」

「私も分かった。」

皆分かったようだ


ミナミと久し振りで話をした。

私は言葉が分かるよりも、そっちの方が気になった。

少し嬉しかった。

いやいや、今はそんな事考えてをしている場合ではない


ミナミも、楽太も、明都も、私も、みんな、蜂に注目している。


「蜂さん、私達はあの道の向こうから来たの。」

ちょうど歩いてきた道と谷が見えていたので、私はそちらを指さした。


「良かった、お姉ちゃん達は・・・僕の言葉・・分かるんだ。僕は、あっち・・から・・来たの。」

蜂さんは 頭を私達が来た方向と反対を示した。。

ずっと草原が続いている

なだらかな丘。

遠くに山が連なっている。


「お姉ちゃん、・・水・・貰っていい?」


「うん、飲んで。」

彼は器の端から乗り出し、体を水面につけた。水を飲んでいるようだ。


「うん、有り難う。お姉ちゃんたち、この山に、・・どうして来たの?」


「ここに住んでいる方に手紙を届けに来たのよ。」


「ここに住んでいる?・・英雄さんのことかな?」


英雄?

誰のことだろう?


ミナミが聞いてくれた。

「英雄さんて誰の事かな?それに蜂さん、この山にいた節脚族は遠くに移動したと聞いたけど、君はどうしてここにいるんだい?」


「僕は、節脚族の英雄に一度会いたくて、・・ここまで来たの。今の節脚族の住処から遠いけど、何日もかかってここまで来たの。」


彼の言葉が段々よく聞き取れるようになった。

不思議だ。


ミナミの質問は続く。

「ねえ、蜂さん。英雄って、ここにいるのかい? 良かったら、その英雄はどんなことをしたか教えてくれると嬉しいんだけど。

それと、君の言葉、段々よく聞き取れるようになった。最初は少し分からない部分も有ったのに。とても不思議だ

ああ、ごめん。僕は蜘蛛のミナミ、こちらから蛙の楽太、半人半蛙族の明都、人間の瑠璃子。

君のお名前を教えてほしいな。」


「僕の名前は、風南ふなん。よろしくね、蜘蛛のお兄ちゃん。僕の言葉を節脚族と水族の両方に分かるように少しづつ調整したんだ。」

蜂の風南は、ゆっくり飛び回って皆に挨拶をした。


言葉の調整?

すごい技かもしれない。

私達みんなに分かる言葉。不思議。

それと、ここに住んでいる英雄のことを聞きたい。


再び、私が持っている水の器に止まると、少し間があって話始めた。

「昔、節脚族が水族と争ったんだけど、その後、話し合いで争いを止め、平和になることを約束したんだ。水族に対し平和を守ることの証として、ある者が節脚族を代表して皆から離れて暮らすことになったんだ。皆から遠く離れ、平和に尽くしたということで、その方は僕たちの間では英雄と呼ばれている。」


ミナミ、楽太、明都、そして私は顔を見合わせた。


「君の知っていることを詳しく教えて欲しい。僕たちはとても興味がある。」


「最初から話していいの?僕の生まれる遙か前の話で、おじいちゃんに聞いた話なんだけど、いいかな? 」


ミナミは詳しく話して欲しいと、再度お願いした。


○英雄さん


「昔、節脚族に立派な王様がいたそうです。この『あやかしの東山』で皆で平和に暮らしていました。ただ、ここには水が少ないので、皆が困っていることを王様は知っていました。かつては何カ所かの水場が有ったのですが涸れてしまい、1カ所だけになりました。井戸堀にも努めたのですがうまくいきませんでした。そこで、悪いこととは知りながら、水の豊富な水族の領地を一部、奪おうとしたのです。

両者の間には共通の言葉が無かったので、意志を伝えることは難しかったそうです。少し水を分けて欲しいと伝えるだけで良かったのですが。


当然、水族との間で諍いが起こり、徐々に激しくなりこの辺りで節脚族と水族の戦争が始まりました。最初は節脚族が優勢でしたが、水草族の花粉攻めなどで水族も反抗し、決着は付きませんでした。その内に節脚族の中でも、やはり我々が身を引くべきとの意見も出され、王様に判断を仰ぎました。迷ったあげく、王様は桜の太守様に使者を出し、戦争を終わらせる仲介役をお願いしたそうです。

桜の太守様は困ったときには助けて頂けることを、王様は噂で知っていました。しかし、桜の太守がどのような者であるかは誰も知らなかったそうです。


遠い距離を歩いて桜の太守様と、妹様の桜の明洲様が来て下さいました。

草本族はどうやって移動するのか誰も知りませんでしたが、人間の姿で現れたので、皆は大変驚いたと聞いています。

お二人は、まず『蜘蛛の守り輪』は有りますかと聞いて下さったそうです。

あやかしの東山に住む蜘蛛は少なかったのですが、大昔に造られた大きな守り輪が二つ残っていました。それは『あやかしの東山』にある祀り所に大切に飾られ、皆の安泰を守る象徴とされていました。


お二人は守り輪を手首に填めると、早速に水族の頭領を訪れ、戦争を終わらせる交渉を始めて下さいました。桜のお二人は草本族なので節脚族とは会話が出来ますが、水族とは話す際は『蜘蛛の守り輪』が必要だったのです。

『蜘蛛の守り輪』が、異なる族に意志を伝える道具であることも忘れ去られていました。それほどに平和が続き、他族と揉め事もなく平和が続いていたのです。


平和への交渉が始まりました。

水族の頭領も桜の太守様のことは噂で聞いていたので、交渉は問題なく進み、両族はやがて和解しました。


水族の頭領は、半人半蛙族でした。自分たちも生きるために『霧の沼』が必要であると伝えた後で、節脚族も困っていることが分かったので水場を使用しても問題ないと提案してくれました。

しかし水族に迷惑を掛けてしまったとの理由から提案を辞退し、節脚族は遠くに移住することを伝えました。更に平和への決意として、両者から代表が選ばれ、皆から離れて暮らすこととなりました。

節脚族からは王様の息子が選ばれました。息子様のお名前はコチ様と呼ばれる方でした。ただ、水族の方はどなたが選ばれたか、昔のことなので今は分かっていません。

当時の風習では、皆から遠く離れて暮らすことは相手に対し大変な決意を現す行為でした。


移住先で役立つ贈り物のとして水族からは水薬草の苗と使い方が送られ、節脚族からは侵略者を眠らせる事が出来る『眠り蜂』が送られました。

僕は眠り蜂族の一員で、今でも仲間を侵略者から守っています。


王様の息子は、この場所に残ることになり、節脚族が去った後、一人で過ごしました。周りの草本族が話し相手になってなってくれましたが、やはりお寂しい事だったと思います。でもご自分の使命を忘れることなく、あやかしの東山で過ごしました。

ところが、暫くすると桜の明洲様が戻ってこられ、寂しい思いをされている息子様のお世話をしたり、話し相手になったりしたそうです。


水族から選ばれた方は、桜の太守様のお住まいの近くで過ごしたそうで、少ないながらもその土地の水族のお仲間もおられ、それなりに平和に過ごされたそうです。

ですから節脚族の代表の方にも明洲様はお世話をして、水族の代表の方と同じように穏やかに過ごされる手助けをしようと決めらました。


お二人で過ごす内に明洲様は誠実なコチ様に引かれ、やがて、お二人は結ばれました。

長い間、お二人はこの山で平和に過ごされました。

しかし明洲様は病になりお亡くなられたそうです。コチ様は大変お嘆きになられ、御自分も明洲様のもとに早く行きたいと草本族にお話しされたこともあったようです。

でもコチ様は自分を助けて下さった明都様の為にも、自分の使命をはたすことが大事だと思い直し、立派に使命を成し遂げようとしています。

僕はそんなコチ様に会いたくてここまで来たのです。」


風南の話はとても興味深いものだった。

私の知りたいことが幾つか解決した。


「遠く離れた節脚族は、コチ様の話を誰から聞いたんだい?」


「ミナミ兄ちゃん・・だったかな。僕たちに友好的な草本族が、コチ様の近況を教えてくれたんだ。少し時間がかかるけど、この山から僕たちの住まいまで続く草本族の「声の道」が正確にいろいろなことを伝えてくれます。」


「なるほど。それと、君の言葉は節脚族と水族の両方に分かるようだね。少しづつ調整したと話してくれた。それはどうゆうものかな?」


「この言葉は、コチ様が考案した言葉なの。コチ様がこの山で過ごしてる間に考案された。あのような争いが二度と起こらないように、節脚族と水族の両方に分かり、意志を伝える事が出来る言葉を造られた。しかも簡単に覚えることが出来るんだ。これも草本族が「声の道」知らせてくれたんだ。

こつが分かればミナミ兄ちゃんもすぐに覚えられるよ。

コチ様は言葉の天才だよ。」


コチ様は皆に役立つものを造ったんだ。

確かにこの言葉を覚えれば役に立つこと間違いない。


「ミナミ兄ちゃん達もコチ様のところにいくなら僕も連れていってほしいな。僕も道に迷ってしまって。『扉』を探せばいいと聞いているんだけど。」


○扉

風南も加わり、先を進むことになった。

風南の話ではコチ様の住まいは山の中腹付近に有ると草本族に教えてもらったのことだった。

山道を少しづつ登っていった。


私は楽太の鉢を持ち、風南が肩に止まっている。

楽太は、風南が話してくれた水族の代表のお孫さんだと伝えると、風南はとても喜んだ。

「楽太兄ちゃんのお婆ちゃんは、皆のためにがんばった方なんだ。偉いなー。僕の曾曾曾おじいちゃんは水族と戦ったらしいんだ。ごめんね。でも、今はこうして水族の明都お姉ちゃんとも、楽太兄ちゃんとも話をしている。やっぱり平和が一番だよね。」


「そうだね、おいらも昔の争いのことは、今回の旅で始めて聞いた話だしね。今の平和を考えると信じられない。昔、そんなことがあったなんて。」


風南や楽太の言うことはもっともだ。

平和が一番。

そうすると、水族の摂政様が楽太を一族から遠ざけたのも無理のない話かもしれない。


崖沿いの山道を登ると、段々景色が遠くまで見渡せるようになる。

遠くに『霧の沼』と思われる場所も見えた。

明都は少し立ち止まり眺めていたがまたすぐに歩き出した。

崖沿いの道は斜面側に木や草が生い茂っているが、特に風景は変わりがなかった。コチ様の居場所の手がかりは今のところ見つかっていない。


しばらく歩いてゆくと、道は行き止まりになっていた。

道の前には土の壁が立ちはだかり、これ以上は進めない


ここまでか〜。

でも何故か土の壁を見て、どこかで見た風景のように感じる。

気のせいかな。

周りは木が生い茂っているのにこの部分だけは所々に草が生えている程度だ。



皆で木陰にて休憩することに。

少しづつ坂の傾斜がきつくなっていたので、少々疲れていた。


さて、コチ様の手がかりは・・・どうしたものか。


明都に水を渡すと濡らした布で顔や体を拭き、とても気持ちよさそうだった。風南が濡れた布に止まり水を吸っている。


明都が風南に問いかけていた。

「コチ様はどのようなお方なのですか?」

「僕も詳しいことはよく知らないのです。ただ、かなりの御高齢とのことです。」


明都は少し考えてから、また質問していた。

「風南殿がお話頂いた『扉』とはどのようなものですか。」

「僕もよく分からないんです。ただ随分前にコチ様を訪ねた者がいて、その者がコチ様の住まいは扉に隠れていたと、帰ってから皆に伝えたと言われています。

もしかしたらコチ様のお住まいは、昔ながらの扉の有る住まいかもしれません。

『あやかしの東山』に住む節脚族は大昔、侵入者を防ぐ為に扉のある住まいを造っていました。更に目立たなくするため、直ぐに扉とは分からない工夫がされている場合も有ったそうです。

コチ様の住まいを探す際にこのことが手がかりになるかもしれません。」


扉・・・。

土の壁・・・。

蜂の風南・・・。


今朝聞いた言葉を思い出した

(蜂族に頼れば道が開ける)


もしかしたら。

私は明都に尋ねてみた。

「明都。この行き止まりの壁だけど、あの水族の洞窟から逃げたときも蜂が壁の鍵を開けてくれた。あの扉は、蜂が見つけてくれたのだったかな?」


「その通りです。」

そう言い終えると、明都の表情が変わった。

何か思いついたようだ。


明都は、少し考えると風南に話しかけた

「私は霧の沼では、蜂使いを担当していました。私の蜂も扉を見つけたことがあります。私が風南殿に『修練の言葉』で問いかければ、『扉』を探す事は出来ますか?」


「お姉ちゃんは、蜂使いなの?今の節脚族では『修練の言葉』を使える者は王様だけだよ。じゃあ水族には伝統の言葉が残っているんだね。僕は『修練の言葉』を受けたことがないけど、コチ様を探すこと出来るなら受けてみたい。」


「瑠璃子殿、ミナミ殿、楽太殿。風南殿のお力を借りてはどうかと思います。如何でしょうか?」


「今は手がかりがない。やってみる価値はあると思う。瑠璃子、楽太・・・どうかな?」

「ミナミ。おいらも、やってみるのがよいと思う。」

「私もそう思う。」

私も賛成した。『修練の言葉』について詳しいことは知らないけれど、特に困ったことにはならないと思う。


「分かりました。では、風南殿よろしいですか。」

「はい。お願いします。」


明都は立ち上がると、服装を整えた。

こんな何気ないしぐさも彼女は可愛いんだよね。

風南は明都から離れ、空中をゆっくり飛んでいる。


「では、風南殿、まずは簡単な言葉から。

ミト カラ サシタ イテ マイタ。」

言葉が終わると風南は、私達の周りを円を描いて飛び始めた。

1週目はゆっくり、2週目は速度上げて、3週目はとても速く。

そして風南は明都の前に戻ってきた。


明都は少し心配そうに、風難に尋ねた。

「風南殿、如何ですか。気分は悪くないですか?」


「明都お姉ちゃんの言葉が終わると、体の中から別の僕が現れて、体が勝手に動きだした。お姉ちゃんの指示通りに、とても速く飛ぶことが出来た。僕にあんな力が有るなんて。でも、終わると別の僕は去り、元に戻った。不思議。」


「『修練の言葉』は、蜂の潜在的な力を引き出す切っ掛けになります。ですから、速く飛ぶ力は、もともと風南殿の持っていた力で、『修練の言葉』は少し手助けしたに過ぎません。」


「今の場合、風南が速く飛ぶことが出来ると、どうして分かったんだい?」ミナミの疑問はもっともと思う。


「風南殿の羽音、羽の動かし方から、判断しました。蜂使いは彼等の内なる力を外観から見極めることが出来るようになることがとても大切です。」


うーん。明都の蜂を見極める力、蜂を操る言葉。彼女の能力は素晴らしい。ほんと味方で良かった。


「では、風南は『扉』を探す力があると、明都は考えているんだね。」

なるほど。明都の言葉通りなら、ミナミの言うとおりかもしれない。


「うーん、そうですね。実は蜂族が『扉』を探す能力については、私もよく分からないのです。ですから、このことだけは、風南殿に一度お願いして、試してみるしかありません。」


そうなんだ。お願いするしかないか。

みんなも納得したようだ。


「では、風南殿。『扉』を探す言葉を、与えます。良いですか?」

「お願いします。」


明都は小さな声で呟いた

「マツ イデン ケタ・・」


明都の言葉が終わると、風南はゆっくり土の壁に向かって飛んでゆく。

皆、今からなにが起こるのか、息を殺して見守っている。


風南は壁に到着すると、壁沿いを暫く左右に行ったり来たり、ゆっくり飛び始めた。続いて左右に動きながら、少しづつ高さを上げている。何かを探しているように慎重に飛んでいるように見える。

私の背丈の3倍ぐらいの高さで止まった。

かなり小さいけれど、なんとか風南の姿を確認できる距離だ。


風南は壁に向かって進み、壁の中に入っていった。

小さな穴が開いているのかな?

やがて音もなく壁の一部が内側に入り込み、ぽっかり四角い穴が開いた。入り口が現れた。


○対面

明都と私が登ることが出来るように、石の欠片で壁に穴をあけた。

穴に手と足をかけ登っては次の穴をあけて上に登ってゆく。

ミナミは自分で壁をよじ登ってゆく。

入り口に到着。やれやれ。


入り口から下に紐を降ろした。

楽太の鉢を明都が紐で縛り、私はそーっと鉢を上げた。

続いて明都が登ってきた。

全員そろった。


入り口から入ると、中は石の固まりを敷き詰めた廊下が続いている。

平坦で歩きやすい。

所々に有る窓のおかげで廊下には光が射し、歩くにはには困らない。

窓は扉が閉まっているけど、窓の格子のおかげで光が入ってくる。

廊下の幅は結構広い。


「ね、明都。半人半蛙族の廊下と似ていると思うけど。」

「そうですね。造りも、雰囲気も似ています。」

小さな声で明都と確認した。


5匹は黙って進んで行く。

廊下は真っ直ぐ続いていたが、奥の方は行き止まりになっているように見えた。

とても静かだ。明都と私の足音だけが聞こえる。

風南は明都の肩に、ミナミは私の肩に留まっている。

鉢は私が持ち歩いて行く。

楽太が鉢から顔出し、心配そうに辺りを見回している。

「瑠璃ちゃん。大丈夫かな。」

「うん。何とも言えないけど・・・・。」


奥まで近づいて行くと、行き止まりと見えた壁は木で出来ており、木の扉が付いてることが分かった。扉は引き戸になっている。これも半人半蛙族の洞窟で見た引き戸とよく似ていた。


皆で立ち止まった。

開ければ向こうには何があるのか。

コチ様がいらっしゃるのかな?

それとも・・・。


このような場面で頼りになるのはミナミだ。

「ミナミ。開けても大丈夫かな?」

開けるしかないのは分かっているんだけどね。


「瑠璃子。上を見て。大きな扉があるだろう」

確かに見上げると木の壁の上の方に大きな開き扉がある。

壁と扉の境目が薄く、注意しないと分かり難い。

木の壁と殆ど区別が付かない。


「目の前の扉は僕達ぐらい迄の大きさの生き物が通る扉で、大きな扉は何か大きな生き物が通る為にあると思う。どんな生き物だろう?」


みんなが上を見上げる。

うん、確かに大きな扉だ。ここを通る生き物・・・。

いや、生き物じゃないかもしれない・・・。自信はないけど。

ミナミも開けることで何が起こるか分からず、返答に困っている。

無理ないか。私も困っている。

私は開けても大丈夫との励ましが欲しかっただけかも。


でも開けないと。

今のところ、コチ様に会えるかもしれない手掛かりはこれだけだ。


「では、開けるよ。」

引き戸はカラカラと音を立て、何の抵抗も無く開いていった。


中は大きな部屋で、木の壁に囲まれていた。

暖かみのある雰囲気の部屋だった。

窓もあり、薄明るく、落ち着いた雰囲気。

住人はどこだろう?


「あそこに。」

明都が小さな声を上げた。


とても大きな蜘蛛だった。

足の長さは私の背丈より長い。

足も長いし、胴も大きい。

巣を張って真ん中でじっとしている。

巣の網の目はとても綺麗だった。

壁の少し上の方に上手に巣を張っている。


ただ、とても年老いた蜘蛛のようだ。

体の色つやから、少し体に悪いところも有ると思う。

蜘蛛の私にしか分からないと思うけど、もう長くないと思う。


突然、蜘蛛が動きだし壁の途中まで降りてきた。

太い、穏やかな声で話し出した。


「どなたかな?目が悪くなっての。もう少し近寄ってくれぬか。ごほっ。」

私達は少し壁に近づいた。

ただ、どう接して良いか分からないので、近づきすぎることは避けた。危険な相手ではないと思ったが、一応用心した。明都にも目で合図すると、ゆっくり頷いた。


「おお、客人殿か。すまぬが、見ての通りでの。私しかおらぬ。こほっ。こほっ。私も年でな。もてなすことは出来ぬが、休息が必要なら、ゆっくりしていってくれ。」その蜘蛛は優しく話してくれた。


風南は飛んで蜘蛛に近づき話しかけた。

「僕は風南と申します。この山に住むコチ様と呼ばれるお方を訪ねて遠くからやってきました。一緒にいる皆様も、僕とは別の目的でコチ様に会いにこられました。失礼ながら、もしや、あなた様がコチ様でしょうか?」


「コチ・・。その名を聞くのは久しぶりだ。私を訪ねてくれる者がまだおったか。ところで、どんな御用かな?」


彼がコチ様?

コチ様は蜘蛛だったんだ。

そう言えばコチ様について詳しいことは誰も知らなかった。種族とかも。


「僕は節足族と水族の平和のために尽くして下さったコチ様に会いたくて、今の節足族の住処から何日もかかってたどり着きました。一言お伝えしたかったのです。皆のために尽くして頂き有り難うございました。」


コチ様の嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。


「ここにいる皆様のおかげでコチ様を見つけることが出来ました。ミナミ兄ちゃん、皆様を紹介してもいいかな。うん・・有り難う。こちらから蜘蛛のミナミお兄ちゃん、水族の明都お姉ちゃん、楽太お兄ちゃん。」


皆、紹介されるとコチ様に近づいて挨拶をした。


「おお。水族のお方か。昔、水族の皆には御迷惑をおかけしてしまっての。すまなかった。だが、こうしてお会いできて良かったと思う。」

コチ様は明都と楽太に会えたことをとても喜んでいた。


「最後に人族の瑠璃子お姉ちゃん。」

私は桜の太守様から預かった手紙を持って近づいた。


「瑠璃子と申します。桜の太守様からお手紙を預かってきました。」


私が近づくと、コチ様が小さく震えだした。

どうしたのだろう。


「そんな・・夢なのか。そんな。明洲、桜の明洲。戻ってきてくれたのか。私の明洲・・・。」

コチ様は涙声だった。

え・・どうしたの?

そうか、明洲様を思い出したんだ。

忘れていた。私が明洲様に似ていることを。


「桜の太守様の使者です。明洲様が亡くなり、連れ合いの方にお手紙を届けて欲しいと依頼を受けました。私が明洲様に似ていることも何かの縁とお聞きしています。」


コチ様は涙声で、まだ震えながら話してくれた。

「そうか・・・そうであったか。もう少し近づいてくれぬか。瑠璃子殿と申すか。顔をよく見せて欲しい。」


私はゆっくりと近づいた。

「明洲によく似ている。似ている。うう・・だめだ・・私は・・私は・・自分がおかしくなりそうだ。こほっ。離れてくれ。すまぬ。すま・・ない。こほっ。ごほっ。」


私は数歩下がった。

コチ様の小さな声が聞こえる。

「明洲・・・私の・・・可愛い明洲。戻って・・来てくれた。」


仲間の皆もコチ様をじっと注目している。

だれも、何も喋らない。


コチ様が震える声で私にもう一度話しかけてきた。

「もう一度。顔をよく見せて欲しい。すまない。」


私は少し躊躇したが、コチ様の気持ちも分かる気がして再度近づいた。

「お・・おお。明洲。私の・・・明洲。そなた・・・私の元に居ってはくれぬか。契りを結ぼう。」


え、契りを結ぶ。それは・・・。


「悪いようにはせぬ。さ、こちらに、此処にいてくれ。ああ、明洲が戻ってくれた。はははは・・・。戻ってくれた。ふははは・・・。」


脚を動かし、体を大きく震わせている。


コチ様は。どうかしてる。普通じゃない。

それに私は明洲様じゃない。


私は、少しづつ後ろに下がった。

明洲にも目で合図する。彼女も少しづつ入り口に向かっている。


「ん?どうしたのだ、明洲。どこへ行くのだ。行かないでくれ。」

彼に気づかれてしまった。


「私は明洲様ではありません。お気づき下さい。」


「ふふ、何をその様なことを。そなたは明洲だ。」


私は明都に合図をし、入り口に向かって駆け出そうとした。


その時、コチ様の声がした。

「ルミレ アト タイミ エト タマレ ッカミ」


「だめーっ。」

明都の叫ぶ声が聞こえた。


短い言葉が終わると、蜂の羽音が近づいてくるのが聞こえた。

風南だ。

羽音の方向を見ると、彼がすごい速度で近づいてくる。


私は彼を避けようと体を屈み掛けたその時、肩の辺りに鋭い痛みを感じた。同時に力が抜けていく。

その場で倒れ込んでしまった。


「瑠璃子ーっ。」

ミナミの叫ぶ声が。


「瑠璃子殿。」

「瑠璃ちゃん。」

明都と楽太の声が。


「みんな、逃げて・・・・。」

私を助けようとする仲間に声を掛けるのがやっとだった。


「私と明洲を邪魔するでない。そなたらは立ち去るがよい。さもないと・・。」

コチ様の低い声が。


意識が遠のいて行く。


○連れ合い


目が覚めた。

寝床で横たわっている。

手を突いて体を起こした。


周りを見渡すとどこかの屋敷の中だった。

ここはどこ?

襖越しに満開の桜が見える。

桜の御屋敷に似ているけど。

違うような。



桜の御屋敷・・・。

私、何かやらなくちゃいけないことがあった筈だけど。

誰かに頼まれたこと・・。

なんだっけ。

思い出せない。


そうだ、私にも望みがあった。


えーと、恋人探し。

いやいや、お婿さん。

蜘蛛の私を受け入れてくれる男。


蜘蛛・・・。

今は人間。

なぜ人間になったのだっけ?


別の襖が開き、年輩の人間の男が入ってきた。


男は座ると黙って私を抱き寄せてくれた。

私の髪の毛を整えて、頬を優しく撫でてくれた。


なぜか彼の名はコチと分かった。


私に優しくしてくれる男。

可愛がってくれる。

私が求めていた男だ。


「明洲。」

男が声をかけてくれた。

そう私は明洲。


コチ様を守る。


守る・・・。


違う・・・。

あたしには守る者がいるはず

本当にも守らなければいけない者。


思い出した。

明都を守らなければ。


妹みたいに可愛い。

素直だし、真っ直ぐな彼女。

本当にいい子。


でも・・・・。


彼女を好いている者がいる。

蜘蛛のミナミ。


私とはあまり話をしてくれない。

ミナミが話すのは明都だけ。

ちょっと辛い。

どうして辛いのだろう?


「どうした、桜の明洲。」


声を掛けてくれたのはコチ。

私にはコチがいる。

それでいいの。


でも、明洲って誰?

私は誰?


分からない。

自分が誰だか分からない。

苦しい・・・・。


助けて。

お願い。

ミナミ・・・。


○救出会議


ミナミ殿と楽太殿、そして私は何とか逃げてきた。

私は瑠璃子殿を助けようとしたが、小柄な私では倒れた瑠璃子殿を運ぶことはできなかった。ミナミ殿から『この場は逃げようと。』声を掛けられ逃げることにした。


なんとか瑠璃子殿を助けなければ。


風南殿に襲われそうになり、楽太殿の鉢を持ち廊下を走った。なんとか土壁の入り口まで逃げてきた。ミナミ殿は肩に掴まっている。

風南殿も此処までは追ってこない。


コチ様はどうしたのだろう。

明洲殿に似た瑠璃子殿にお会いになられたことで、心に衝撃を受けられたのであろうか。

それであのような振る舞いを。


考え事をしていると楽太殿が声をかけてくれた。

「明都。風南はどうしちゃったのだろう。コチ様が言葉をかけると瑠璃子を眠らせてしまった。」


「あれは節脚族の王族に伝わる修練の言葉だと思います。あの言葉を施された蜂族は強力な眠り薬を相手に打ちます。その様な言葉については私も少し学んだことがありますが、あまりに効果が強力なので水族では使用は禁じられています。」


「先ほどコチ様が発した言葉はそれ自身が非常に強い力持った言葉です。私の言葉では、一度の行動が終了すると、言葉を受けた蜂族は元に戻りますが、王族の言葉では、術者が打ち消しの言葉を唱えるか、或いは術者が死ぬまで継続すると伝えられています。」


「すると、もう一度おいら達が近づくと・・・・・。」


「おそらく、風南殿は私達を眠らせると思います。」


「明都の言葉でも風南を止めることは無理かな?」


「もしかしたら風南殿の動きを短い間、1回か2回は止めることはできるかもしれません。それ以上は・・・。」


「そうか・・・では瑠璃ちゃんを助けるにはどうすれば・・。瑠璃ちゃんを目覚めさせるにはどうすればいいのかな?」


「おそらく風南殿なら解消薬を瑠璃子殿に施すことができると思います。そうすれば、目覚めると思います。ただ、それには・・。」


「それには、風南を元にも戻さなければいけない。出ないと瑠璃ちゃんは目覚めない・・・・」


私にも分からない。

どうすれば・・・。


「ミナミ殿。瑠璃子殿はミナミ殿にいつも助けて貰っていると私に話してくれました。なにか良い知恵はございませんか。」

黙って聞いていたミナミ殿に声をかけてみた。


「明都さん。僕がこの山に来た目的は『望みの泉』で願いを叶えるためでした。僕の願いは、自分の世界に戻ることです。実は瑠璃子と同じように、偶然この世界に迷い込んでしまったのです。でも今は瑠璃子のことが心配です。その泉に行って、瑠璃子を助ける方法を教えて貰いたいと思います。でも泉がどこにあるのか。」


私も『望みの泉』の話は聞いたことがある。

この山のどこかにあるそうだ。

泉には島があり、そこには「泉の主」と呼ばれる不思議な生き者が住んでいると。「泉の主」は困っている者にはとても親切だと。


島が有るとの事だから、そこそこ大きな泉と思う。

場所は分かるだろうか。


でも結局今はミナミ殿の話だけが頼り。

他に名案も浮かばない。

3名でもう一度、山の中の泉を探すことにした。


山を下りながら、藪の中を覗いたり、隠れた道がないか探してみた。

麓まで降りると、別の道を登ってみたが、直ぐに行き止まりだった。


日も落ちてきたので今日はここまでにした。

泉は見つからない。

夕べと同じ所に戻り休むことにした。

この方法は間違っているのか。

正しいのか。

分からない。

でも、いくら考えてみても、瑠璃子殿を助ける考えが浮かばない。


さすがに今日は疲れてしまった。

コチ様のこと、瑠璃子殿のこと、そして彼女を助ける解決策を見つけること。ミナミ殿も、楽太様もすでに寝ている。


幸い寒くはない。

すこし草の生えた地面に横たわると、ウトウトしてしまう。


そのとき、小さな声が聞こえた。

「そこの旅のお方。何かお困りごとかな?」


夢でも見ているのかな。

楽太様の声?ミナミ殿の声?

違う。どこから聞こえるのか?


私は起き上がり、周りを見渡してみた。

日が暮れかかったいるので辺りは少し薄暗い。


何か小さく薄ぼんやりと光るものが見える。

声はそちらの方から聞こえたように思った。


なんだろう。

用心しつつ、近づいてみた。


確か瑠璃子殿が水を汲んでくれた場所だ。

岩の上に光るものを見つけた。小さな祠だ。


よく見ると祠の陰に何かとても小さな者がいる。

「ここじゃよ。」


私は初めて会う種族だった。

細長くて脚が沢山ある。

体の脇にヒレのようなものがある。

それに目が三つ有る。


ヒレが有るので水族とも思ったが、今まで聞いたことのない姿の種族だった。

でも失礼の無いように接しなければいけない。

外観で判断するのは礼に反するし、落ち着いた話し方から目上の方のように思った。


「なにかお困り事と思い声をかけたが。」


この場所が住処なら特に礼を忘れてはいけない。

「私は半人半蛙族の明都と申します。『霧の沼』の出身です。訳あって『霧の沼』を出て、仲間と一緒に『あやかしの東山』に参りました。領地に入ることをお許し下さい。言葉が通じて良かったです。」


「これは失礼した。わしはアロマノと申す者じゃ。古い種族でな。長く生きてきたせいか色々な種族の言葉は分かる。堅苦しい挨拶はこれぐらいにして、なにかお困り事ならお聞きするがのう。」


よかった。悪い者ではなさそうだった。

ただ、今の状況を正直に話して良いかは迷っていた。

用心に越したことは無いから。


「そういえば今朝そなた達を見かけたときは、もう一名、蜘蛛の女性がいたように思ったが。」


蜘蛛の女性?

誰のことだろう。

「いえ、蜘蛛の女性はいません。人族の女性が1名いました。」

思わずそう言ってしまった。


「ああ、そうだな。今は人族の姿だが彼女は蜘蛛族に間違いないと思う。おそらく、別の世界から来られたので有ろう。この世界に舞い降りたときに何かの変化があったのであろう。時々あることなのでな。」


瑠璃子殿が蜘蛛?

そんな筈は・・・。

そういえば、ミナミ殿に乗せていただいたときに、飛行の指示が正確だったことはずっと気になっていた。でも、色々ご存じなのかと思って気にもしていなかった。

姉のように思っていた。優しいし、強いし、素敵な方。

仲間の皆にどうして秘密にしていらっしゃのだろう?


「あの、もし蜘蛛族として、それは仲間の皆にも秘密にしておくべき事でしょうか?」つい気になって尋ねてみた。


「別世界から来た者はのう、この世界では以前の姿が明らかになると非常に差別や攻撃を受ける場合があるのだ。悲しいことだがな。故に自分の本当の姿を明らかにする場合は慎重にならねばいけない。

通常ならこの秘密は伝えるべきではない事じゃ。だが何故かそなたには伝えておく必要があると感じたので話をしてしまった。

今のことは先ほどの女性には内緒に願いたい。わしも年を取っておいぼれてしまった。つい余計なことを言ってしまったようだ。すまぬ。」


そうか、そうだったのか。

私は『霧の沼』から外には殆ど出たことがないので、知らないことも多い。色々なことをもっと知るべきかもしれない。やはり、瑠璃子殿と一緒に旅をすることは私にはよいことだと思う。


さて、まずは瑠璃子殿のことだ。

アロマノ殿に『願いの泉』のことを尋ねてみようか。

ほかに頼る術がない。


「実はその女性のことで困ったことになりました。」瑠璃子殿がコチ様に捕らえられたこと。蜂族に守られているので近づけないこと。解決のために『望みの泉』を探していることをアロマノ殿に伝えた。


「そうであったか。わかり申した。まず『望みの泉』の場所だが此処がそうじゃ。」


え?水も少ないし。湿地のようにしか見えない。


「昔はちゃんとした泉であったが、水が涸れてしまってのう。今はこのような状態じゃ。水が涸れたことで、この辺りも変わった。節脚族も戦争したり、遠くに移住しなければならなくなったり。気の毒なことだ。」


どうやらアロマノ殿が『泉の主』?

彼が願いを叶えてくれるのか?

とにかくお願いするしかない。


「アロマノ殿は『泉の主』ですか。お願いします。その女性は瑠璃子と申します。大切な友人なのです。何とか助けて下さい。」


「実はな、わしには願いを叶える神秘的な力や能力は無いのだ。噂ばかりが広まっての。ただ、相談者の持ち物が持つ特殊な力を知っておったり、相談者の種族が持つ隠れた能力を知識として見聞しておる。それらが役立つことがある。それでも良いかのう。」


「はい、助けていただけるならどんなことでも。」

そうだよ。今はどんな方法でも知りたい。


「そうじゃの・・・・・。よし、久しぶりの受けた願いだ。わしで助けになれば力になる。とはいえ相手はコチ殿か。手強い相手じゃ。昔は立派な方だったが。やはり明洲殿が亡くなったことが彼には大層辛いことだったのであろう。」


アロマノ殿はコチ様と知り合いなのだろうか?

「コチ様のこと良くご存じなのでしょうか?」


「ああ。昔のことだ。節脚族が水族との争いを終わらせる相談を受けたことがあって、桜の太守殿に相談してはどうかと話したことがある。その時は節脚族の王と、その息子のコチ殿が相談に来てくれた。コチ殿は若いながら、とても皆のことを心配し、情熱的で頭の良い、良くものを考える者であったと記憶している。」そうだったのか。そんなことが。


「実際にはそれ以降は彼と話す機会は無かったが、わしは彼のことを観察していた。一人でこの場所を守っていたことも、桜の明洲殿が来て非常に喜んでいる姿も見た。昔の話じゃ。ああ、すまんのう。つい昔のことを話してしまった。若いそなた達には知らぬことじゃのう。」


「瑠璃子殿は大丈夫でしょうか?」


「それは大丈夫と思う。明洲を可愛がっていたコチ殿じゃ。明洲と勘違いしている瑠璃子殿に危害を加えることはないと思う。ところでコチ殿はどんな具合じゃ。以前に見かけたときは身体がお悪い様に見えたが。」


私は、目が悪くなったことをコチ様御自身が話され、体調も万全ではなさそうとお伝えした。

アロマノ殿は、「そうであるか」とだけ話してくれた。


でも瑠璃子殿が無事なら、まずは良かった。



「明都さん、どうしたの。」

ミナミが起きてきた。

私の肩にとまった

私とアロマノ様が話している気配で目が覚めたようだ。


「ミナミ殿。見つかりました。こちらが『望みの泉』の主、アロマノ様です。今、瑠璃子殿の救出についてお願いしていたところです。」


ミナミ殿には水が涸れってしまって、今は泉は無いことを伝えた。

アロマノ殿に今の状況を話したことも伝えた。


「分かりました、それで泉が見つからなかったのだね。でも泉の主殿が見つかって良かった。今はアロマノ殿に頼るしかないですね。

ところでさっき、瑠璃子が蜘蛛だって話したように聞こえたんだけど・・・。なんのことかな。」


私は正直にアロマノ様から聞いた瑠璃子殿ことをミナミ殿に伝えた。


「やはりそうですか。瑠璃子は何故蜘蛛の事に詳しいのだろう、何者だろうと思っていました。それで彼女にどう接して良いのか迷っていましたが、これでスッキリしました。彼女には事情があったのですね。誰しも秘密にしたいことが有るものです。とにかく彼女を助けなければ。」

ミナミ殿も分かってくれた。

良かった。


「さて彼女を助ける方法じゃが・・・・。」

アロマノ様が切り出してくれた。

何か方法が有るのだろうか。


「コチ殿が相手だと慎重に進めねばいかんが。さてどうすればよいか?そうであるな・・。

うん?ミナミ殿と申したか。そなたの脚に着けているのは、蜘蛛の守り輪であるかな?」


ミナミ殿が自分で造ったと、アロマノ殿に伝えてくれた。


「そうか、蜘蛛の守り輪か、久しぶりで見たのう。そなたは良い物をお持ちだ。」


「瑠璃子も持っています。それも人間が手首に填めるぐらいの大きさです。」


「なんと。その様な大きな守り輪。確か大きな守り輪は特別な力が・・・・。うーむ、そうだな。良い方法が浮かんだ。ミナミ殿、そなたの守り輪と瑠璃子殿の守り輪を彼女の救出に使いたいのだが、よろしいかな。」


「それは結構ですが、でもどうやって?」


「今から、説明しようと思う。よろしいかな?」


「ちょっとお待ち下さい。もう1名呼んできます」


そう言い残すと、ミナミ殿はぐっすり眠っている楽太様を叩き起こし連れてきた。


「アロマノ殿、失礼いたしました。御説明をお願いいたします。」


○救出


長い廊下をそっと歩く。

朝日が廊下の窓から差し込んでいる


私は楽太様を懐に入れ、コチ様が住む部屋の扉に近づいた。

足音をたてず、そっと歩く。

風南殿に見つからないように。


さあ、扉の前に来た。

扉に手を掛ける。少しづつ扉を開けた。


部屋を見渡す。

コチ様は、巣を離れ床でじっとしている。

寝ているのだろうか。

巣の一部が切られて無くなっている。


瑠璃子殿は部屋の奥にいた。

日の射す心地よい場所。

綺麗な床で寝ている。

柔らそうな布を被っていた。

よく見ると、蜘蛛の巣で造った床と布の様だった。

どうもコチ様が用意したようだ。


よかった。

アロマノ殿の言うとおり、コチ様は彼女を大切にしている。


風南殿はどこだろう。


そーっっと、瑠璃子殿に近づこうとしたときだった。


「ブューン」

ものすごい羽音が聞こえた。

風南殿だ。


楽太が懐から飛び出し部屋の隅に跳んで逃げた。


私は楽太と反対側の部屋の隅に走った。


「おおおっ。また、そなた達か。わしと明洲の仲を切り裂こうとするのか。蜂族よ助けてくれ。彼等を止めるのだ。ごほっ。」


風南殿が速度を更に上げて楽太様を追う。


幸い、楽太様はあちっこっちに飛び回るので、風南殿も捕まえにくい。


私は急に方向を変え瑠璃子殿に近づいた。


私に気づいた風南殿が方向を変えてきた。


私は振り向くと言葉を発した。


「ミタ ヤメ クラ」


風南の動きが止まった。

うまくいった。でもすぐに動き出すと思う。

この間に瑠璃子殿の側にゆき、布をめくると彼女の指にミナミ殿の守り輪を嵌めた。


「そなたは蜂使いなのか。くっ。わしの身体が動けば・・。ミタ ゲンブ テカ。 ぐふっ、ごほっ、ぐふっ。」

体を何度も震わせて咳をしている

コチ様はだいぶ身体がお悪いのか。祖父のことを思い出してしまった。

私の祖父も亡くなる前は同じ様な咳をしていた。


コチ様と祖父が重なり、そのままにしておけなかった。

私は思わずコチ様に駆け寄り身体を擦ってあげた。

「大丈夫ですか?。コチ様。」


しかし、その時コチ様の言葉で風南殿が再度動き出したので、私は逃げ出した。

でも、準備は整った。


私と楽太様は部屋中を走り回り、風南殿を瑠璃子殿から引き離した。


瑠璃子殿を見ると、ミナミがそっと近づいている。

始まるようだった。


○再会


「瑠璃子。」

頭の中から声が聞こえる。ミナミの声だ。


「ミナミ、私どうなっている?」


「君は風南に刺されて眠っている。守り輪を通して君と話している。時間がない。良く聞いて。」


思い出した。

風南に襲われたんだ。


「ミナミ。助けて。」


「瑠璃子、落ち着いて。良く聞いて。」


「うん。わかった。」

ミナミの声を聞くと少しづつ落ち着いてきた。


「よし。今から話す言葉を君も唱えて。『我が守り輪よ。寂しいコチ様の願いを叶えた給え』。」


「ミナミ。それは、いったい・・・。」


「早く。瑠璃子。」


コチ様を助ける?

私じゃないの?

でもミナミを信じて唱えることにした。


『我が守り輪よ。寂しいコチ様の願いを叶えた給え』


「いいよ。瑠璃子。」

それで、ミナミとの会話は終わった。

私どうなるの?

これじゃ分からないよ。

もっと話してよ。

明都とは沢山話すくせに。


ミナミのバカ。


○再会2


私と楽太様は部屋中を駆け、風南殿から逃げ回っていた。

逃げながら瑠璃子殿の様子を見ていると、彼女の体が灰色の雲に包まれ始めた。ミナミ殿は蜘蛛の傍にいる。


私はもう一度言葉を発した。

「ミタ ヤメ クラ」

風南殿は再び止まった。

コチ様がもう一度言葉を発するだろうか。


急いで楽太様と共に、瑠璃子殿の傍に近づいた。


雲は瑠璃子殿から離れ、一つの大きな固まりとなりコチ様の近くに集まった。

雲が去った後には、ミナミ殿ともう一名の蜘蛛。

それに小さな守り輪が残った。


集まった雲の中から何かが現れた。

それは人族の姿をした女性だった。

瑠璃子殿にそっくり。

手首に守り輪をはめている。


私、楽太様、ミナミ殿、そしてコチ様。

みんな、その人族の女性に注目しているのが分かる。


「桜の明洲。ごほっ。どうして此処に。ごほっ。ぐほっ。」

コチ様は明洲殿に話しかけた。かなり苦しそうな御様子だった。


○明洲


明洲殿はコチ様の傍に駆け寄ると、優しく背中をさすり始めた。

「コチ様。大丈夫でしょうか。」


コチ様は泣いていらっしゃる。

「明洲。わしは・・・もう長くない。自分でも分かる。そなたに、そなたに・・・一目会いたかった。ただ・・それだけ。ぐふっ、ごほっ。」


明洲殿は優しく話しかけていた。

「この達のおかげで、私は此処に来ることができました。感謝しております。コチ様。あの蜂族への修練の言葉を解いて上げてください。」


「ルービ ポロ  ごほっ。ごほっ。」

その言葉を唱えるとコチ様は静かになってしまった。


「コチ様、さあ。私の元に。」

コチ様の体から、小さな淡い緑の雲が湧き出ると、明洲殿に近づいた。

彼女は両腕で雲を優しく包んだ。

雲は明洲殿に甘えているようだ。


「皆様。有り難うございました。コチ様を迎えることができました。今はまだ意識は無いと思いますが、そちらの蜘蛛の瑠璃子殿には世話になりました。瑠璃子殿のお身体と、この守り輪のおかげです。明洲が彼女に感謝していたとお伝えください。」

そう言って、守り輪をゆっくりと指で包むと、守り輪は喜んでいるように淡く輝いていた。


雲を抱いた明洲殿は再び灰色の雲の固まりに入ろうとした。

雲の前で彼女は振り返り私と目があった。

「桜の太守殿にお会いになられたら、明洲は幸せに暮らしていたとお伝えください。」そう言うと優しく微笑んだ。


雲の固まりに入られ姿が見えなくると、雲の中から淡い緑色の小さな雲と、薄い桜色の小さな雲が出てきた。

二つの雲は私達の周りを一周し、それから蜘蛛の瑠璃子殿に近づいてその辺りを回ると、寄り添いながら浮遊し窓から外に向かった。


私達は窓に近づき空を見上げた。

二つの小さな雲は仲良く並んで空に向かって飛んで行き、やがて見えなくなった。


振り返るといつの間にか灰色の雲の固まりは無くなり、瑠璃子殿は元の姿に戻っていた。


○目覚め


私は目が覚めた。

仲間の皆の姿が見える。

明都、楽太、風南、ミナミ。

少し体は痛いけど、気分はまあまあ。


眠っている間の出来事を皆から教えて貰った。

風南に刺されたこと。

アロマノ殿の助言で私を助けようとしたこと。

桜の明洲様が現れ、コチ様と一緒に帰ったこと。

そして、風南が解眠剤を私に施し目覚めさせてくれたこと。


風南は私にごめんなさいと言ってくれたけど、大丈夫と返事した。それより、コチ様の願いも叶ったことだし、良かったと皆で喜んだ。


眠っていた間のことは殆ど覚えていない。

ミナミの夢を見たような気がするけど・・・何だっけ?


皆でコチ様の大きな体を外に運び、土に埋めてお墓とした。

一緒に、桜の太守様から預かった手紙と、明洲殿の桜の葉を埋めた。

コチ様はお寂しかったのだろう。

でも明洲様が迎えに来てくださって、喜ばれていると思う。


風南はコチ様が亡くなったことを伝えるために、節脚族の元に帰りますと皆に伝え、先に出発。


私も帰ることにした。

桜の太守様に報告しないと。


○桜の御屋敷


御屋敷の朝はとても忙しい。

畑仕事に出かける若い衆への食事の世話、お茶。

明都も一緒だ。




私は屋敷に戻り、桜の太守様に桜の明洲様に会ったことを伝えた。

太守様は何も言わず、頷くと少し涙ぐんでいた。

主様と美桜様も大層喜んでくれた。


半人半蛙族の明都を見た者は最初は少し驚いたが、すぐに彼女の素敵な女の子で有ることに気付き、いまは御屋敷で働いている。

楽太の側にいることも彼女の仕事だからね。

でも私も明都守らなければ。摂政様との約束だからね。


ミナミは私の部屋で待ってくれている。彼とは友達よりは、近づいたような気はする。今は夜になると二人一緒に過ごすことが多い。


私は蜘蛛の守り輪に、一時的にでも蜘蛛に戻ることが出来きないか、お願いしようと思っている。

たぶん大丈夫な気がする。

そうすればミナミともっと近づけると思う。


(おわり)








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