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消えた茶封筒

作者: 天井灯 柑橘

「たちまちクライマックス」「ハラハラ賞」応募作品

 会長から押し付けられた、うんざりする量の書類整理を終えて生徒会室を去ろうとしていた時のことだ。

 遠慮したノックが聞こえたような気がして扉を振り返ると、ぼんやりとした影が見えた。といっても、それを人影と判別するのは、曇りガラスのために、扉に開けるまでできなった。

 20秒ほど、体の動きの一切を止めて扉を見つめ続けたが、扉の向こうにおいても一切の動きが認められなかったため、私はやや大げさな音を立てて帰り支度を始めた。これが功を奏したのか、次に聞こえたノックははっきりとしたものであった。


「どうぞ」


 ぶっきらぼうにならないよう注意こそはらったが、帰宅を邪魔されたことを考えれば、温かい歓迎ができないことは許されてしかるべきだろう。私はすでに、放課後の1時間半をここで過ごしているのだ。

 入ってきたのは女だった。普段は堂々と廊下に跋扈し、教室にて縦横無尽の振る舞いをしているであろう女だった。わが校の緩やかな規制をいいことに、ピアスを開け、長髪を染め、銀やら金やらのアクセサリーをじゃらじゃらさせたその姿は、様になっているとも、10代の小便臭い餓鬼の、熱心だが滑稽な大人アピールとも解釈できるものだった。個人的には、後者の立場に立っている。丈の短いスカートとそこから延びる足、そして化粧に包まれた顔だけは、好感こそ湧かなかったものの、私の下劣な心を満足させるものだった。

 外見に合わないほどびくついている女は、虫の鳴くような声で「失礼します」といって部屋にはいると、入り口で固まった。生徒会室だというのに、いるのが副会長1人だけであることか、あるいはその副会長の面が、高校生離れした老け顔であることに驚いているのかもしれない。とにかく私は、彼女に席を勧め、銀とピンクのでかい蝶が目立つ装飾過多な鞄を受け取り、それを彼女の座ったところの近くまで運んだ。


「本日はどのようなご用件で?生徒会へのご意見でしたら、緊急でない限りは意見箱への投書をお願いしたいのですが・・・」


 目の前の座っている女のような輩が来室した際の、お決まりのセリフを吐き出す。理不尽な抗議の対応への馴れは、私の官公庁への理解を深め、思想を保守的にするに充分なものとなっている。このセリフのあとの対応も決まりきったもので、8割は怒鳴りだし、もう2割は空っぽの頭をフル回転させて知的な振る舞いを演じ出すのだ。前者は職員室へ連行、後者は頭の程度が知れて大恥をかくまでがテンプレだ。

 しかし、女の要件は私の予想を裏切るものだった。私がぐじゃぐじゃ言うのを遮って、彼女は思い切った声を出した。


「あの・・・!そうじゃなくて・・・」

「・・・はあ?」


 少なくとも、彼女とそのお友達連中よりは使い物になるであろう頭を、ルーチンワーク用から思考用に切り替えて、私は彼女の言わんとすることを予想した。悪い予感がする。面倒ごとの予感だ。ちょこっと頭のいい人間が面倒見のいいのをいいことに、厄介なことを頼んでくる奴が来た時の警戒信号が鳴り響いた。


「うちの、その・・・彼氏の疑いを晴らしてほしいんだけど・・・」


 予感は的中した。


「疑い、ですか?」

「・・・うち、彼氏と軽音入ってるんだけど、そこでちょっと揉めてさ。リョウとシンジが」


 まとまりのない、話がある程度わかってる人間にしかわからない固有名詞増し増しの説明がはじまるのは明白だった。私は彼女を制して、自分の鞄から筆記具一式を取り出した。再び腰かけた後も、別にする必要のない日付やらなんやらの書き込みをわざと仰々しく行った。この間に落ち着けるかどうかで、彼女が馬鹿をすることが好きな切れ者か、ただの馬鹿かがわかる。


「お待たせしました。それじゃあ、まずあなたのお名前、学年、クラスを伺っても?」

「フタバアオイ、2年C組」


 年上に対する敬意のないいまわかったことであるがの情報を、私は書き留めた。


「結構。それでは、ご用件をもう1度お聞かせ願いたい。それから、もし人名が出るようであれば、それについて説明してから話を続けていただきたい」


 彼女は嫌そうな顔をして、渋々という感じで同意してから、話を最初から始めた。


「うち、軽音部に入ってるんだけど、そこに彼氏のリュウも一緒にいてさ。あ、リュウは同じC組で、イタバシって苗字。それで、大体みんなとうまくやってるんだけど、2-Aのカスヤシンジってやつとだけ、ちょっと前から仲が悪いんだよね」

「仲が悪い?それはなぜ?」

「あー・・・うん・・・」


 あまり突っ込まれたくない質問だったのだろう。聞かないでほしいというのを、彼女は態度で示してきた。しかし生憎、話を聞いている人間は、そこまで配慮してやるほど優しい人間ではなかった。


「シンジさ・・・うちの、元カレなんだよね・・・」

「なるほど・・・少々失礼な言い方になりますが、略奪ってやつですかな?」

「・・・まあ、そうなるのかな。でも、元はといえばシンジがうちに構ってくれないのが原因。それで、うちが寂しくなってるときにリュウが相談に乗ってくれてさ」

「はあ、なるほど・・・」


 「よくある略奪話、元カレへの不満を添えて」を5分ほど味わった(ひどく不快な味だった)あと、話は本題に戻った。


「でも、前はそんなに仲が悪いわけでもなくてさ。原因は、この前リュウとシンジが喧嘩したこと。元々は、今度の学際でなにやるかについてだったんだけど、段々私の話とかにもなって、シンジがリュウを殴って、リュウが殴り返して、殴り合いになってって感じ。さすがにみんなで止めたんだけど、そのあとから2人共仲悪くてさ」

「それは穏やかじゃありませんな。ところで、その喧嘩はいつ頃のことですか?」

「2週間くらい前?何日とかはわかんない」

「ふむ・・・それで、疑いにはどう繋がるので?」

「うん・・・一昨日、くらいかな?シンジが、部費がないって急に言ったんだよね」

「おやおや・・・」


 先述したように、わが校の規則は中々に緩い。それは部活動運営においても同様で、顧問があまり活動に介入しない点が、大学のサークルなどとよく比較される。部費の管理も生徒の裁量に任されていることが多い。もちろん自由放任というわけではなく、自由度が高い代償として、問題が発生した部が強制解散に処されることは珍しくない。頭の働く連中はそうした要因から、顧問に部費の管理を依頼することが多いのだが、馬鹿連中は自分達で管理したがる傾向がある。それは親睦を深めることを大義名分とした浪費のためなのだろうが、横領事件の発生につながることが多い。これについては我々生徒会も頭を悩ませており、部活動について職員室による管理の強化を求める方針を、先月決定したばかりだった。


「つまり、部費を盗んだのがイタバシさんだと?」

「そういうこと。私は見てないから知らないんだけど、その日、なんでかはわからないけど、シンジがいないところで、リュウがシンジの鞄いじってたらしいんだよね。それでリュウが盗んだんだって」

「ふむ・・・イタバシさんはなんと?」

「ちがうって、言い張ってた。全部嘘だって。鞄なんか触ってないし、そもそもシンジのとこなんか行ってないって。でも、シンジと同じA組の部員が見てたって言ったら、黙っちゃった」

「彼女のあなたに聞くことではないかもしれませんが・・・彼は、そういうことをしそうな人ですか?」


 それが問題であるということは、彼女が言葉に詰まり、私から目を背けたことからすぐわかった。そもそも疑われるということが、イタバシ氏がそこらについてだらしのない人間であることを示している。おそらく部員全員から疑われているのだろう。その全員には、目の前の女も含まれているかもしれない。でなければ、わざわざここにきて相談などしないであろう。


「疑い晴らしてって言ってるのに、こんなこというの変だけど、そうなんだよね」

「前科でもあるので?」

「・・・1年のときにさ、あいつが主犯だったわけじゃないんだけど、その時の3年と一緒に部費でカラオケいったんだよね。その時は埋め合わせして、大事にしないで終わったんだけど」

「疑われる理由は、あるわけですか」


 「やったんだろうなあ」という内心が、態度に出てしまったのだろう。彼女は私に視線を戻すと目の色を変えて、前のめりの姿勢と怒鳴り声で主張した。


「でも!あいつあの時すごい反省してたし!それに、その時から部活への態度も変わって、一番熱心に練習するようになったんだよ!確かにチャラいやつだけど、でも、根はしっかりしたいい奴なんだよ!」


 私は彼女に非礼を詫び、慰めるような言葉をいくつかかけて、椅子に座らせた。泣き出すなどもあったため、落ち着くのには大分時間が必要であった。

 部室に事情聴取に出向くこと、我々には必要に応じて職員室に報告にいく義務があること、事が第3者へ漏れないように細心の注意は払うものの、聴取の過程などでやむを得ず話してしまう場合があることをなどを説明し、それに彼女が渋々ながら同意すると、私は解決を約束して彼女を帰した。




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 生徒会の仕事は厄介なものだ。わが校では、学生にかなりの自由が認められている代わりに、それによって生じた不都合の解消も、可能な限り学生で行うよう求められる。とはいえ、解消に動くのは9割がた我々生徒会なのだが。我々は、下級・上級官吏であり、政治家であり、警官でもあるのだ。生徒会10名で、500人以上の高校生が起こす様々な揉め事に対処せねばならないとは、些か無理のある話だ。これまでに何度も定員の増加を求めているが、その試みが成功した試しはない。

 翌日の会議において、私は軽音部の案件について報告し、手空きの役員を調査に割り当てるよう求めた。しかし、そこで得られた会長からの答えは残酷であった。


「あー・・・でも今手空きっていなくね?」

「いや、何人かいるだろ」

「みんな部活で忙しいじゃん。副会長いま書類仕事だけでしょ?やってよ」

「いや、みんな手空きじゃないからこそ、みんなの書類仕事を俺がやってるんだけど」

「じゃあそれ俺がやるからさ」

「逆じゃだめなのか?」

「会長命令だ、副会長。軽音部部費盗難事件を捜査したまえ!」


 解散後、部活で忙しい連中から「すいません」やら「悪いな」と言われたが、「替わろうか?」とは誰にも言われなかった。



 その日の放課後、私は早速軽音部を訪ねた。第2音楽室は、本物を知っている人間は物足りないと感じる音で、「俺を止めてくれるな」と主張していた。


「失礼します」


 乱暴なノックの後、私は扉の向こうの反応を確かめることもせずに入室した。演奏が中断され、楽器を持った集団のすべての目がこちらを見た。


「あんた、だれ?」

「生徒会の者ですけども、部費の盗難についてお話を伺いたくて」

「それなら、そいつ連れてけよ」


 ギターを持った茶髪の男が、ドラムを前にした長髪の男を指さして言った。長髪は茶髪を激しい憤怒を湛えた目で睨みつけたが、口は過剰に硬く閉じられていた。


「まあ、まずはお話のほうを伺わせてください。その後必要に応じて、どなたかにこちらへおいでいただくこともあるかもしれませんが」


 茶髪は不満そうだったが、さすがにこちらと喧嘩をする気にはならなかったらしい。彼は長髪を数秒睨み返した後、こちらに向き直った。


「で、誰から?」

「まず、部長さんとお話ししたいのですが」

「じゃあ俺だわ」

「それじゃあ、ちょっと隣の教室へ」


 私は長髪を伴って隣の準備室へ移動した。そして椅子と机を整え、そこに簡易取り調べ室を用意した。


「お名前と学年学級からよろしいでしょうか?」

「カスヤシンジ、2-A」

「ありがとうございます。あなたが部費を保管していたと伺いましたが、間違いありませんね?」

「10万、鞄の中にいれてしっかり持ってたよ。何度も確かめたから、失くしたってのはありえねえ」

「左様ですか・・・ところで先ほど、長髪の方を連れていけとおっしゃいましたが、どういうことで?」

「アオイから聞いてんだろ?あいつがやったんだよ」

「鞄をいじっていたのをご覧になったそうで」

「そ」

「部費について以外に、なにかいじられる心当たりは?」

「ねえよ、んなもん」

「左様ですか・・・失礼ですが、鞄を拝見しても?」

「なんで?」


 カスヤ氏は、不快感をわざとらしいほど私に示し、おそらく気に入らない相手すべてに見せてきたのであろう、冷たく恐ろしい目をこちらに向けた。


「そこからわかることもあるかと思いますので」

「なにがわかんの?」

「それはまだ」

「じゃあやだ」

「見られて困るものでも?」


 「部費、隠してるんじゃないですか?」そういう目でカスヤ氏を見つめ返した。舌打ち1つの後、彼は部室に戻り、そして右肩にかけて鞄を運んできた。


「これだけど」

「すいませんお手間をお掛けして」


 鞄は学校指定の物だった。こういう輩の所有物にしてはさっぱりしていたが、左側についている銀と青の蝶のアクセサリーだけが、不似合いに存在を主張していた。フタバ氏の元カレというのは本当のようだ。

 中身を改めたが、部費が入っていたとカスヤ氏の言う茶封筒はなかった。特異なものは携帯ゲーム機くらいなもので、他に目を引くものはなかった。教科書の間に挟んでいるということもない。余談だが、ゲーム機が見つかった時の、まずいと思っているのをクールさで隠そうとする顔は見ていて楽しかった。


「部費は普段から鞄の中に?」

「普段は家の机。学際の予算打ち合わせでもってきてた」

「なにやるか考えるとは、全員でということですね?」

「じゃなきゃもってこねえよ」

「つまり、あなたが部費を持ってくることは部員全員が知っていたと」

「そうじゃねえの?毎回金見ながら決めてたし」

「そうですか・・・」


 その後、最初の喧嘩の原因についてや、いくつかサークルのことなどについて聞いて、カスヤ氏からの聴取は終わった。最初の喧嘩は演奏する曲に関してであり、80年代ロックかV系かで揉めたとのことだ。私は次に、イタバシ氏を呼ぶよう求めた。



「俺じゃねえよ!」


 隣室での2,3の怒鳴り声の後にやってきたイタバシ氏は、長髪を振り乱し、座る前から私に無実を訴えた。


「俺はほんとにやってねえよ!あいつはアオイのことで俺を恨んでるんだよ!」

「落ち着いてください。最初から疑うようなことはしませんよ。まず、お名前と学年学級を」

「イタバシリュウ、2年C組・・・なあ、ほんとに俺じゃねえんだよ!俺は昔やっちまったけど、あれでもう懲りたんだよ!」


 疑いを晴らすために話を聞くのだと言い聞かせて、彼を宥めるのは少し苦労が必要だった。実のところは別として、私はあくまでイタバシ氏の味方であり、ここにもフタバ氏の涙ながらの訴えを聞いたことで、彼の無実を確信してきたと感動的に語ったことで、彼は幾分かは私を信用した。


「あなたの無実を証明するためには、あなたが部長殿の鞄をいじっていた理由を聞く必要があるんです。他言はいたしませんから、どうか話していただけませんか?」


 私の要求を実現するために、彼は相当な勇気を必要としていた。私よりも10cmはあるタッパが、私の倍はあろうという筋肉を用いてモジモジとしている様は愉快だったが、それを隠して、彼のよき理解者であらねばならなかった。


「あいつの鞄の、蝶・・・」


 似合わない声で彼はようやく告げた。


「銀と青の蝶のことですか?」

「・・・そうだよ。あれ、アオイがあいつに贈ったやつなんだよ。アオイはもう俺の女なのに、いまでもあれをつけてて、シンジのやつもまだつけてんだよ。おかしいだろ?いまアオイが好きなのは俺のはずなのに、いつまでもあんなのつけてるなんてよ。それで、俺も別のアクセサリー送ったんだけど、アオイはまだあの蝶を外さねえんだよ」

「それで、無理に外そうとした?」

「・・・かっこわりいだろ」

「かっこ悪いかどうかはともかく、気持ちはわかりますよ」


 心にもないことを5分ほど言って、イタバシ氏を慰めた。女々しい男はどうしても好きになれない。


「ところで、あなたがフタバさんと交際をはじめたのはいつ頃ですか?」

「2年になってから。1年の3月にあいつに告白されてさ。シンジには悪いと思ったけど、俺もアオイのこと好きだったし」

「カスヤさんは反対なさらなかったので?」

「最初は、考えさせてくれって言われた。どれくらいか忘れたけど、大分後になってOKした。そんときは、俺を恨んでるみたいな感じもなかったんだけどな」

「ふむ・・・」


 私が黙って考えこむと、目の前の長髪男は不安になったのか、再び情けない目をして訴えてきた。


「なあ、ほんとに俺じゃねえんだよ。確かに俺は1年の頃に馬鹿やったけどさ、あれで改心したんだよ。あんときみんなに怒られて、みんなに嫌われて、自分がしちまったことのやばさがわかったんだよ・・・もう、もうあんな思いしたくねえんだよ・・・みんなから避けられるの、嫌なんだよ・・・」


 初対面の人間の前でよく泣き顔を見せられるものだと、内心で辟易しながらも、私はまたも彼を慰めた。彼の外見に似合わない泣き言は、イタバシリュウという人間を理解するのに少しは役立った。



 それから何人か話を聞いていって、12人目でイタバシ氏が鞄を漁っているのを目撃した、カスヤ氏以外の男に会えた


「それでは、お名前と学年学級を」

「アズマケイ、2年A組です」

「2-A・・・もしかして、あなたが部長殿以外でイタバシさんが鞄をいじっているのを見たという?」

「ああ、そうです。俺が見ました」


 新たな重要人物は、少し気になる人物だった。外見は所謂男子高校生という感じだが、その目には少し大人びたところがある。声色には知性を感じるものがあって、好感のもてる男だった。


「早速ですが、その時のことについて詳しくお話しいただけますか?」

「はい・・・」


 彼は少し俯き、頭に手を添えた。正確に状況を思い出そうとしている様は、協力的で好感を持てる。


「でも、意外な事実とかはないですよ?シンジと連れションした後、教室に戻ったらリュウがいて、鞄をいじってたんです。それを見たってだけで」

「いえいえ、見たことを見たままに教えてくださるのが一番ですので。連れションということは、部長殿とは普段から仲がよろしいので?」

「まあ、クラスの中では。どっちかというとリュウのほうが仲はいいですね。シンジとは学校の中だけの付き合いだけど、リュウとは外行くし」

「ご友人にお伺いするのは気が引けますが、イタバシさんは前科があるわけですけど、部費泥棒なんてするような人ですかね?」


 アズマ氏は神妙な顔になり、友人の人間性について熟考を始めた。いや、熟考というより悩んでいるというべきかもしれない。


「イタバシさんがもし無実だとしたら、それを証明するためにもすべてを聞かせていただきたいのです。一見不利になるかもしれないことでも、意外なところで疑いを晴らしてくれるしれませんから」


 私の説得を、真っ直ぐにこっちを見つめながら聞いた彼は、なにかに納得したようにうなずき、やや躊躇いながら話始めた。


「あいつの性格だけ考えるなら、もうやらないと思います。前やった時は、部員全員から避けられてたし。でも、先輩とかは退部して逃げちまったのに、あいつはバイトして金返したんですよ。それで許されて今は・・・この前までは普通にって感じです」


 表情と言葉の切れ方から察するに、彼の言葉には続きがあるようだった。


「・・・でも、最近金がないっていってもいたんですよね。アオイとデートの約束してるらしいんですけど、バイトあんま入れなかったらしくて、金がないって。あいつかっこつけたがるから、もしかしたらってこともあるかもしれないです。・・・考えたくないけど」

「確かに、女性との外出となると金がかかるものですからねえ。・・・そのデートは、すでに行ったのでしょうか?」

「行ってないと思いますよ。そんな話も聞きませんし」


 この件については、それ以上聞き出すことはできなかった。しかし、アズマ氏からはフタバ氏とイタバシ氏の間柄について、いくらか聞き出すことができた。所謂高校生のカップルという風であったらしい。


「それでは、イタバシさんとカスヤさんの喧嘩についてお伺いしたいのですが、よろしいですかね?」

「ああ、この前のですか。大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。原因は、曲目だったとか?」

「はい。リュウの好きなV系やるか、シンジが好きな古めのロックやるか。最初はそこだったんですけど、シンジが余計なことを言って」

「余計な事?」

「リュウの推してた曲が・・・なんていうか・・・ちょっと病んでるんですよ。それで、メンヘラだとか言ったんです。そしたら今度はリュウが、いつまでもアオイに未練を持ってるのは女々しいとか言って」

「フタバさんの話題を出したのはイタバシさんだったと?」

「はい。そしたらシンジがキレて、リュウに殴りかかってって感じになって、最後は俺や他の奴らで2人を押さえて、そんな感じです」

「ふむ・・・部長殿とフタバさんは、昔交際していたんですよね?それについて、なにかカスヤさんから聞いてはいませんか?」

「なにも。あいつ、そのことについては話したがらないんで。もしかしたら、本当に未練があるのかもしれないですけど」

「そう思わせるようなことが?」

「隠してるつもりなんでしょうけど、アオイからもらった蝶のアクセ、まだ鞄につけてますから」


 アズマ氏は複雑な苦笑いを見せた。「やれやれですね」とでも言いたげな顔だった。イタバシ氏、カスヤ氏、そしてフタバ氏が軽音部の中心にあることは、これまでの聴取から明らかとなっていたが、この男はどうやら一歩引いたところから部活を見ているらしい。


「しかし、部長殿はイタバシさんと自身の彼女との交際について、結局は反対しなかったと聞いています。今になって、未練が湧いたといったところなのでしょうか?」

「そんなとこまでわかりませんよ。まあ、別れたときからアオイを避けてたのは確かです」


 その後、私はアズマ氏個人のことについていくつか質問をしたが、特に得るものはなかった。しかし、彼は最初の2人を除けば最も多くを私に教えてくれた人物であったため、強く印象に残る存在となっていた。



 次に現れたのは、呼んでもいないフタバ氏だった。アズマ氏を半ば押しのけるような形で入ってきた彼女は、私に詰め寄って突然訴えだした。


「絶対リュウじゃないから!」

「どうしたんですかいきなり」

「思い出したの!リュウは部費のこと知らなかったって」

「・・・おやおや」


 押しのけられたことを不快に感じたのか、険しい顔をしているアズマ氏に退室を促してから、私はフタバ氏を席につかせた。


「イタバシさんが部費のことを知らなかったとは?」

「この前予算会議やるってこと、リュウは知らなかったの。日にちが決まった日はあいつ休んでてたから、知らなかったはずなの!」

「そういうことは、あとから誰かが伝えるものなのでは?」

「うちがそんなしっかりしてると思う?疑うならみんなに聞いてみてよ。たぶん誰も教えてないから」

「・・・なら、そうさせていただきましょうか」


 私の答えに満足したフタバ氏は、振り返って扉へ進みだした。しかし、私はまだ満足していなかった。


「ところでフタバさん、蝶のアクセサリーを鞄につけていらっしゃいますね」

「え・・・ああ、あれ」


 あまり好ましい質問ではないようだった。


「あれと同じものを、部長殿に送られたとか」

「誰からきいたの、それ?」

「イタバシさんからです」

「リュウが知ってるわけない」

「しかし、私は彼から聞きましたよ?もちろん、彼からだけではありませんが」

「・・・言わないでっていったのに」

「出過ぎた質問とは存じますが、あなたはいまでも部長殿を?」


 10代が悪いことをしたときに見せる、反省してるようでしていない、自己弁護を秘めた表情が俯いた。余談だが、私はこの顔が大嫌いなのだ。


「リュウのことが好き、それは本当。でも、シンジのことも好きだった。じゃなきゃ、付き合わないし」

「縁りを戻そうと考えたことは?」

「それはない!」

「部長殿からは?」

「あいつはそういうやつじゃない!じゃなきゃ、いまリュウと付き合ってない!」


 私が退去を求めるまでもなく、彼女は部屋を出ていこうとした。それを止めたが、強引に出ていこうとしたため、腕を強くつかまねばならなかった。


「蝶のことを知っている人を、思い出せる限り教えていただきたい」


 フタバ氏は一睨みの後に私の手帳とペンを引ったくり、そこに数人の名前を書いた。その次の彼女の行動を、今度は私は止めなかった。

 イタバシ氏には、誰も会議のことを告げていなかった。



 再び現れたカスヤ氏は、入室時の一瞬を除けば、こちらに視線を向けようともしなかった。


「イタバシさんは、部費のことを知らなかったようですね」

「誰かがかばってるんじゃねえの?」

「もちろん、その可能性も否定できませんが」

「それに、漁ってたら偶然ってこともあるだろ」

「それも否定できませんね」

「じゃあやっぱり・・・」

「しかし、彼のかつての行いに対する報いと、それについての彼の恐怖を考えれば、確率は低いでしょう」


 舌打ちが、カスヤ氏の口から漏れた。


「あなたは、イタバシさんが部費のことを知らなかったとわかっていましたね?」

「決めつけんなよ」

「ではなぜ、いま最初にそれを仰らなかったので?」

「・・・」

「個人的な諍いに立ち入って、あなたを責めるつもりはありません。ただ、真相を探るのが私の仕事なので」


 ようやくこっちを見た彼の目は、親の仇でも見ているかのようだった。それでビビると思っていたのならば、相手を間違えている。


「むかついたんだよ、未練があるとか言われて」

「先日の喧嘩ですね?」

「そうだよ。こっちがどう思ってるかも知らねえ癖に」

「まだ未練がある。だから蝶をつけていらっしゃる」

「・・・悪いかよ」

「いえ、至って普通のことだと思いますね」


 厳めしかった顔が急に哀愁を帯びた。そこに、イタバシ氏のような情けなさはなかった。


「俺がアオイを放っておいたのはほんとだし、アオイが俺よりあいつを好きになったなら、もうどうしようもねえじゃねえかよ。だから・・・だから・・・」


 涙は流さなかった。代わりに、そんな風になる男が絶対にできない横顔を私に見せた。


「イタバシさんは、部費のことを知りませんでしたね?」

「・・・ああ」


 私は彼に準備室の鍵を渡し、退室した。




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「お疲れ。差し入れもってきたよ」

 

 昼休みに、生徒会室で現状までの報告書を書いている私を訪ねてきた女があった。ボブカットの彼女は、私の机に紙束とチョコレート1箱を置いた。


「ありがとさん。いつも悪いね」

「じゃあ今度、どっか連れてってよ」

「次の給料日の後な」

「あんた、バイトしてないじゃん」

「その代わりに、ここで人一倍働いてるんだよ」


 彼女はため息をつくと、近くから椅子を引っ張り出して座った。なにが面白いのかわからないが、そこでPCと自分の持ってきた書類と交互に目を通す私を、じっと見つめていた。


「なんかわかった?」

「おかげさまでね」

「さっすが名探偵さん」

「どちらかといえば刑事だろ」

「たしかにそうだね」


 いつの間にか背後に移動した彼女は、私の背中に寄りかかり、腕を首の横から垂らした。


「重い」

「女の子にそういうこと言うな」

「仕事中なんだ」

「私がいなかったら、仕事終わらなかったでしょ。デートにも行けないんだから、これくらいやらせろ」


 1時間ばかりして、私はようやく上書き保存をすることができた。女は私の背中で寝息を立てていた。


「起きろ」

「もうちょっと・・・」

「仕事の時間だよ。起きろ」

「いじわる・・・」

「いじわるで結構。長谷川と石橋、それから谷田呼んで来い」

「タイーホいくの?」

「うまくいけばな」




---------------------------------------------


 放課後、全員に再度事情聴取をするという名目で、終礼直後に、軽音部全員が生徒会室に集められた。20人全員が集まるのに5分とかからなかったのは、こちらの手際の良さの表れだと自負している。


「すいません、お待たせをいたしました」


 1時間遅れて、私が到着した。隣の部屋で、お茶を飲んでいたのが遅参の理由だった。それを知っていたはずはないのだが、軽音部20数名は非常に不満気だった。


「先日届出がありました部費盗難について、調査が終了いたしましたので皆さんにお越しいただきました。まずは、ご足労について感謝いたします」


 堰を切ったようにブーイングが巻き起こった。「全員来る必要はあったのか」、「今日の練習時間はどうしてくれるのか」、「かっこつけてんじゃねえ」等々。


「静粛に願います。これは軽音部の存続にも関わる大事なことですので、我々としては皆さんのご理解を得られるものと、勝手ながら信じております」


 「軽音部の存続」と、20数名を囲む筋骨隆々の10人(柔道部、空手部、合気道部など)が1歩近づいたことで、軽音部諸氏は静かになった。


「最初に申し上げておきたいのは、イタバシさんの無実についてです。生徒会としては、イタバシさんへの疑いは、彼の行いに起因するものがあったとは言え、事実無根のものであったと確信しております。実は、みなさんをここにおよびしておきながら1時間も頂戴してしまったのは、皆さんの荷物、ロッカー、机等を改めさせていただいたためなのですが、イタバシさんのそれらからは、部費、あるいはそれが入っているはずの茶封筒は発見されませんでした」


 再度のブーイングが、筋骨隆々の男達によって阻止された。


「もちろん、イタバシさんのお財布や制服のポケットに隠されている可能性は否定できません。しかし、どうやらそれを改める必要はないようです」


 私はジャケットの中に手を入れると、内ポケットから重みのある茶封筒を取り出して、これ見よがしに右手で掲げた。


「部費は発見されました。10万円、全額この中にあります。部長殿、この封筒で間違いありませんか?」

「見せろ」


 カスヤ氏に封筒を渡し、彼がそれを確かめるのを見守った。注意深く全体を見てから頷いた彼は、それを懐にしまおうとしたが、私は右手を出してそれを制止した。


「もちろん、真犯人が私というオチではありません。やはりこの事件は、軽音部の人間によるものでした。しかし、詳しいことをここでべらべらと申し上げるつもりはありません。ここには、犯人と部長殿だけ残っていただきます」


 私は全員に退室を促した。約20名がおどおどしながら生徒会室を後にした。半ほどで扉をくぐったイタバシ氏に、謝罪の言葉をかける者もあった。尤も、彼はすぐに許すつもりはなさそうだったが。



 部屋に残った軽音部は2人だった。部長殿と、真犯人。後者が微動だにしないことに気づいたものは少ない、あるいはいなかったかもしれない。生気を失った彼は、気配といえるようなものを発していなかった。


「正直なのは素晴らしいことです」


 私は2人分の席を用意しながら言った。


「しかし、行いが許されることはありません。あなたのしたことは、中々にえげつない」


 カスヤ氏は腰かけたが、犯人は未だ動かなかった。


「動機の予想もついていますが、探偵小説じゃなし、ここで推理をひけらかすつもりはありません。あなたがお話ししたいなら、それはお任せいたしますが」


 犯人は、やはり動かなかった。


「あなたのしたことは犯罪です。校則を超えた、国の法律に抵触することです」


 犯人は、震えていた。


「しかし、訴えを起こすかは学校が決めることです。あるいは、軽音部の誰かが。しかし、退学は覚悟してください」


 震えた口が、数度の試みの後にようやく開いた。


「あんな奴らが選ばれるなんて、おかしい」

「それを決めるのはあなたじゃない」

「アオイを誰よりも大切にしてたのは俺なんだよ!こいつらが絶対できないほど大切にしてた!なのに・・・なのに・・・」


 アズマ氏は、床に崩れおち、情けない涙と嗚咽を漏らした。


「リュウは馬鹿でメンヘラ、シンジは自分のことばかり考える自己中・・・なんで、なんでアオイはそんなやつばかり・・・」

「でも選ぶ権利があるのは彼女です」

「そうだよ!だから教えてやろうと思ったんだよ!2人がどんな奴らかをな!」


 目の前で泣きじゃくる男には、もはやなんの好感も感じず、ただただ嫌悪感が湧いた。


「結局、教えることができたのは、あなたがどんな人間かだったわけですね」


 言うべきことでなかったことは承知しているが、我慢が効かなかった。

 アズマケイは、柔道部に抱えられ、唖然とするカスヤ氏の後ろを通って部屋を出て言った。


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 生徒会室で相も変わらずパソコンを打ちながら、背中のボブの女を背負っていたのは、事件解決から2日経った日のことであった。事件解決後にゆっくりと一杯一服というのは、高校生には許されないことなのである。


「まだ終わんないの?」

「お前が手伝ってくれればあと30分」

「手伝わなかったら?」

「1時間」

「ふーん」


 そういって手伝わないのがこの女の可愛らしいところであり、嫌なところだ。


「ねえ、結局あの事件ってどういう流れだったの?」


 女が耳元で、芝居がかった囁き声で聞いてきた。


「それを教えるには、15分手を止めなきゃいけない」

「じゃあ止めて教えてよ」

「早く帰りたいんだが」

「15分延びても大したことないでしょ?」


 上書き保存の後、私はペットボトル5分の1の紅茶を飲み干して、ため息をついた。呆れたというような振る舞いだったが、実際には話したい気にもなっていた。


「君に頼んだ差し入れにあった通り、アズマ氏とフタバ氏は中学からの仲だったんだよ。アズマ氏が彼女の恋愛事情について人より知っていたのは、そのためだ。彼は友人を愛していたが、友人は彼を愛さなかった。それでも献身を貫ければいい男と言えたんだろうが、彼には荷が重かったようだ」


 口を湿らすためにペットボトルに手を伸ばしたが、できたのは先刻の行動への後悔だけだった。諦めて、乾いた口で話し続けるしかなかった。


「喧嘩を好機と思ったアズマ氏は、運がいいのか悪いのか、イタバシ氏が予算会議の日を知らないことにも気づいてしまった。そんで運命の日に彼に蝶のことを教えて、焚き付けでもしたんだろう。あとはその前なり後なりに茶封筒を失敬すれば、オールオッケーというわけよ。イタバシ氏がもう少し精神的に強くて、頭の働く男ならこっちは楽できたんだが・・・まあ、そういう男とはかけ離れてるからな」


 ボブカットはある程度満足したようで、「ふーん」などと間抜けに言うと、あとは答えても答えなくてもいいという風に続けた。


「お金を教室に置いておいたのは、イタバシさんの鞄とかロッカーに入れるため?」

「だろうな。いつ好機がくるかわからないから、持って帰れなかったんだろう。そのまま行方不明にしときゃ証拠不十分になるわけだから、こっちは手出しできなかったんだがね。まあ、あわよくばと思ったんでしょうな。ロッカーの奥の1年の教科書に挟んであったよ。その程度で隠し通せると思ったなら、彼のおつむもたかが知れてるな」


 ここまで話すと、女は再びなにかに興味を持ったようで、私の体に強くしがみついてから聞いてきた。


「ねえ、調べる前からアズマさんだって目星はついてたんでしょ?じゃあアズマさんだけ調べればよかったじゃん。1時間私たちに仕事させる必要あった?」


 「いい質問ですね」と言葉にはしなかったものの、人差し指だけ突き出た右手を軽く動かして、女を褒めてやった。


「あの1時間のおかげで、定期的な所持品検査の有用性と、それに必要な人員について職員室の理解が得られたんだ。いまなんの書類作ってると思う?来月の臨時生徒会選挙用の資料だよ」


 生徒会役員増員の悲願は、臨時選挙を経て、翌月無事に果たされた。






煙草と酒をやらせたかったが、高校生じゃあねえ・・・

それだけが惜しいところ。


2018/3/1 人生初の欧州旅行を前にして、自室にて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 名探偵と女性達とのエロスを感じる描写が素晴らしい。 これは短編の傑作ですね! [気になる点] 自称被害者が自作自演していた可能性があります。 まあ、現物が発見されたのでこのストーリーでいい…
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