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1-11 迷い、そして送る道

 静かな部屋。もうすぐ日が暮れるのだろう、オレンジ色の光が部屋に差し込む。その光が映し出すのは、小さな2つの陰と、砕けた硝子の破片。ぽたり、ぽたりとその破片に雫が落ちる。隣の幼馴染、アヤが嗚咽を漏らし続けている。それも当然のことだ。本当に僅かな時間しかなかったとはいえ、それでも、つい数時間前まで楽しく話していた相手が、今は動く気配もないのだから。アンドロイドというものを深く知らないボクらにとって、目の前で人が殺されたような感覚だ。

 頭は現状を理解している。この今が絶望的な状況であることを。でも体は動かない。痛い、というのもあるけれど、それだけではない。どうしたらいいかわからない、暗闇に放り出されたような。


「ねえ、ノアは死んじゃったの?あの二人とはもう仲良く出来ないのかな」


 アヤが悲しそうに呟く。普段仲の良い友達に心底嫌われたかもしれない。迎え入れた新しい仲間が、一瞬で死んでしまった。感じたことない辛さに、脳は限界を迎えている。


「わからない。けど、何もする気になれないよ」

「…」 


 視界の端に、ちらりと金色の何かが映る。それはアヤの制服の端からはみ出た、鍵のようなもの。せめて気持ちを下向き以外にしたくて、関係のない話をふる。


「アヤ。その金色は?」

  

 アヤも同じだったみたいで、救いだと言わんばかりに話に食いつく。濡れた右手で金色を掴み、こちらへ見せる。


「鍵、だよ。鍵だけど、なんの鍵かはわかんない」

「なにそれ?」

「なんかね、お守りみたいなもの。どうしても困った時はこれを頼るように、って親に貰ったの」


 親が殆ど家にいないアヤにとって、お守り代わりは大切なものだったんだろう。大事そうに握りしめる。


「使い方も教えてもらってないの?」

「親も知らないんだって。昔から伝わってるものみたい。シュウは知らない?鍵が使えそうな何か」

「うーん、僕は知らないなあ」


 沈黙が下りる。話が続かない。脇道に反らしても、結局今の現状は変わらないわけで。でも、ほんの少し、この場所を整理するくらいには落ち着けた。脇腹をさすりながら、ゆっくり、ゆっくり立ち上がる。


「…怪我したらだめだから、硝子は片付けるね」

「ノアのタブレットはどうするの?」


 不安げに尋ねられる。僕の知らない間に、思ったより仲良くなっていたのかもしれない。でも、何も知らない僕達にできるのは、「自分達を守ること」だけだった。


「…元の場所に返そう。せめてノアが安らかに眠れるように、丁寧に。このままもってたら、もしこれ以上バレた時に、ましてや『検閲旅団』なんかに見つかったら、僕達もノアも跡形もなく消されてしまうから」

 

 電子機器を完全に制圧しているか、抜き打ちで村や町を探し回る軍隊。大戦後しばらくは物凄い数の軍隊が沢山廻っていたらしいけど、今は各国それぞれが僅かな数で巡回しているらしい。とはいえ、いつ来るかわからない軍隊なんて、脅威でしかなく、効果は十分だった。


「このタイミングでは来ない…と思いたいけど、そういうときってくるもんね。私も、死にたくはない」 


 自分達が死にたくない。幾らノアはもういないとはいえ、そんな自分本位な理由で山にもういちど捨てに行くなんて、心が折れそうなほど痛い。それでも、他に方法を知らないから。


「とりあえず片付けて、今日の夜行こうか」


 無言でアヤも頷き、片付けを始める。

 机の上のノアを思いながら。





「アヤ、準備はいい?」

「大丈夫」


 灯りと最低限の食料と。夜の山が危険なことは誰でも知っている。そして、服にノアを隠して。割れた破片が、少し痛い。電気、というものがある頃は夜も明るかったらしい。羨ましいとたまに思うけれど、今だけは明かりがないことに感謝した。今夜は新月、月明かりもなく、誰かに見られる心配は限りなく少ない。


「じゃあ、行こうか」


 草花の生えた、小石だらけの道を歩く。歩く。歩く。はぐれないように、手を繋いで。恥ずかしいとかそういったものは、これからすることの罪悪感から埋もれてしまっていた。アヤも、少し俯きながら歩いている。


「シュウ、ほんとにこれでいいのかな」

「…仕方ないよ。人は一度死ねば、それで終わりなんだよ」

「そうじゃないの。それもあるけど。ほんとうに、こうやって機械を消していくのがいい事なのかなって。昔は、大変だったのかもしれないけど、ノアみたいな子たちが沢山沢山殺されたんだって思うと。まるで虐殺みたいで。ノアと私達、何が違うんだろう?」


 僕達には答えられない質問。でも、僕達だからこそ湧いてくる疑問。僕達は、そうやってアンドロイドを殺して生き延びた人類のおかげで、今生きている。でも、同じ理由で、今目の前でノアを失った。きっとこんなふうに、家族や友人としての機械を失った人もいたのかもしれない。


「僕にはわからない。もしかしたら、どちらも生き延びた道が、どこかにあったのかもしれないけれど」


 でもそれはあるはずのない未来。未来を変えていくことは出来ても、過去を変えることは出来ない。当たり前のことだけど、恨まずにはいられない。もしあのときバレなければ。もしあのとき正直に話していれば。もしノアといることが普通であったなら。

 とさり、とさりと土を踏んで歩く。長いこと歩いて、秘密の山が見えてくる。村の人には一番バレにくいけれど、村の外の人たちは絶対に探すはず。だから、出来るだけ奥へ、奥へ。何があってもバレない場所へ。ノアがこれ以上壊されないように。


「アヤ、ここからは灯りをつけよう」

「うん。先頭、気をつけてね」


 灯りを手に進む。といっても、照らせるのは足元だけ。踏み外さないように、獣道をすすむ。夜も深く、動物達すら眠っているのか、ほとんど音は聞こえない。草木も眠る、とはよく言ったものだ。記憶を頼りに進む。


「シュウ。ここに珍しい花はあったの?」


 思い出したようにアヤが話す。本当はその目的で来たのに、ノアと出会ってすっかり忘れていた。少しでも明るい話題にしようと、その話を続ける。


「沢山あったよ。やっぱり、人の手が入らないこととか、日の当たり方が違うとか、動物が沢山いるとか、そんなことで育つ植物も変わるんだろうね。きっと、知らない薬草や食べられる葉もあると思うよ」

「そうなんだ。村の人はここに近づきたがらないからね。シュウが第一発見者だね」


 優しく微笑む。もしそうなったら村にシュウのこと自慢するんだ、そう話すアヤは今どんな表情をしているのだろうか。山が深くなり、次第に珍しいものが増えてくる。そしてその中に、小さな銀色や黒色が混ざり始める。


「もしかしてこれ…」


 アヤも足元のそれに気付いたのか、下ばかり見て歩いている。普通に生きていれば出会わない、複雑な機械達。今は動いてないけれど、かつてはノアのように喋ったり、…それとも、人を殺したりしていたのだろうか。  


「ここだよ」


 少し前、はじめてノアと出会った場所。こんなに早くここに帰ってくるなんて、思いもしなかった。記憶どおりの様子に、胸がきゅうっとなる。アヤは、想像以上だったのか、周りに散乱する機械達を見つめていた。


「同じところだと、きっと辿り着かれてしまう。もっと奥深くがいいと思うけれど、アヤはどう思う?これ以上進むのはそれなりに危険だとは思うけど」

「シュウがそう思うなら。私は、シュウに従うよ」


 少し強く手を握る。そのまま振り向いて、また前へ進み続ける。奥へ、奥へ、まだ奥へ。暗く深い山の中を、ただ二人で進み続ける。まだ夜明けは、遠い。

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