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  作者: 梶島
『貘』
6/19

答×扉

次に目を醒ましたあたしは、夢の中だった。


「……どういうこと」


聞いたって答えは帰って来ない。


あたしは、あたしの夢の、塔の中にいた。

あれからバクはどうなったんだろう。

あの小鳥は、お姉さんに食べられちゃったのかな。


「やあ、おはよう……いや、おやすみ、か」


もはや聞き慣れた声に振りかえると、そこには相変わらず貼り付けたような笑みを浮かべるバクがいた。

その表情にはちょっとだけ余裕がないような気がする。

だけども、余裕がないのはあたしも同じ。

バクの周りをまるで守るようにひらひらと飛ぶ、虹色の蝶を見たから。


「俺の中、見たみたいだね?」


初めて見るほど、真っ黒い感情の滲みだした表情でバクがそう言った。

怒り、憤り、不満、悲しみ、妬み――そんなマイナスの感情が全部ないまぜになってぐっちゃぐちゃになったような、そんな顔。


「うん……『貘』がどういうのか、なんとなくわかった。その蝶を食べれば、バクが助かって、あたしが次の『貘』になる――でしょ?」

「それなら話が早い」


バクはすっと右手を上げた。

そこにまた操られるようにして蝶がとまる。


「長い間一人で旅してもう疲れたんだ。そろそろ解放して、バトンを受け取ってくれないかな」

「やだ」


あたしは即答していた。

黙ったままのバクの端整な顔が僅かに歪む。


「あたしは騙されないよ」

「だけど既に君の核は俺の手の中にある」

「そうだね。それでも食べないのは、どうして? あたしにわざわざ何度も確認をとるのは、どうして?」


やろうと思えば、あのお姉さんみたいにあたしを騙して食べちゃえばよかったんだ。


――階段を登っておいで、俺はここにいるから。


って言えばよかった。


バクは、本当は優しいんじゃないの?

自分がそんな理不尽に騙されて、嫌だったから。

あたしにそんなことをしたくないんじゃないの?


だからあたしは、バクの言葉そのままに騙されない。

バクは、力なく手を降ろした。


指に止まっていた蝶がひらひらと不規則な軌道を描いて光の粒をまき散らす。

そのまま黒い塔の上へ上へと消えた。


「そうだね。俺がここでこの蝶を食べてしまえば簡単なんだ」


全てを諦めたような声で、バクが言葉を零していく。

やっと話してくれた、バクの心を紡ぐ言葉。


「だけど、そうしたら今の君は死んでしまう。『貘』として生きる道を強制的に選ばされてしまう」


少しだけ後ろに歩いて、それから階段に腰掛けた。

あたしの顔を見ようともしないまま、感情の吐露を続ける。


「俺は今までたくさんの悪夢を見てきたよ。『貘』は悪夢を食べないともたないんだ。そして今回やっと、『貘』の素質のある君に会えた」


それから両手で顔を覆って、うなだれた。


「……思い出したんだ。俺が食われたときの事を」


しばらくそうして黙っていたが、ゆっくりと顔を上げて、そしてあたしの目を見た。


「もう一人で『貘』として生きるのにも疲れたっていうのは本当なんだ。だけど次の犠牲者を出したくなんてない」

「ねぇ、あたしには『貘』の素質があるんでしょ?」

「そうだね」


あたしの質問に、バクは力なく笑って答えた。

試しに、右手を差し出してみた。

虹色の蝶が来てくれるんじゃないかって思って。


想いが通じたのか、蝶はすぐ近くまで降りてきてくれた。

だけども、あたしの手には一向にとまろうとしない。


「俺が介入したことで、この夢の構造が脆くなってる。たぶん、俺がここで君の心を食べなくても、もうこの夢は見なくて済むよ」

「ちょっと黙ってて」

「ただ、『貘』の素質のひとつに『同じ夢を見続ける』っていうのもあるから――」

「黙っててって言ってんじゃん!」


怒鳴ると、蝶がひらりと逃げてしまった。

そしてその軌道はくるくると回りながら、バクのもとへ。


「無駄だよ。素質はあってもまだ君は『貘』じゃない。何がしたいのか知らないけれど、この蝶に触れる事ができるのは俺だけだよ」

「うそつき。ここにいるあたしは心の表面で、その蝶が核なんでしょ? お互い引きあってるんでしょ? 触れられないはずがないじゃない」

「近付こうとしても接触はできないよ。『ぶつかっちゃいけない』んだ」


分かるように話せっつーの。

やっぱりバクの言ってることはよくわからない。

触れられないんだったら触るまでだよ。


「なかなか夢から醒めないね。俺が介入したことで、夢が深くなってるのかもしれない」

「醒めてどうするの? 明日もまた同じ夢でバクと会うの?」


それじゃなんの解決にもならない。

なのに、バクは寂しそうな顔をしてふっと笑う。


「そうだね。殺さなくて済むのなら……」

「馬鹿」


あたしはバクにつかつかと歩み寄って、あたしよりも背の高い彼のことを睨んだ。


「前からずっと『貘』が次の『貘』を騙して……馬鹿みたい。どうせあたしがバクに殺される予定だったんなら、イレギュラーを起こしてやろうじゃない」


面喰らっているバクを無視して、あたしは……。

バクの周りをひらひらと飛んでいた蝶を、乱暴に掴み取った。

その瞬間、全身がはじけ飛ぶような不思議な感覚に襲われる。


「馬鹿っ、どうして自分で壊し――っ!」


バクの叫び声が聞こえた気がしたけれど、あたしの意識はまた真っ白く染め上げられて――途絶えるのだった。







どれぐらい眠っていただろう。

意識の途絶えている間の記憶はないけれど、全身のけだるさがその長さを想像させる。


「……起きた?」


声をかけられて、ぼやけた視界をぐるぐる動かす。

やがてそれが少しはっきりしてきたころ、声をかけてきたのがバクだって分かった。


「あれ、あたし……ここ、夢?」


それは見慣れたあたしの部屋の中じゃなければ、見慣れた夢の中でもなかった。

黒くてぼやぼやしたものが周りを取り囲んで、閉じたままになった色んな扉がふわふわ浮いている、変なところ。


「夢じゃないよ。ああもう……自分の心を握り潰す馬鹿は初めて見た」

「え、っちょ、あたし、握り潰したの!?」


思わずがばりと上体を起こした。

すると彼は、はあっとため息をつく。


「そうだよ。ほんっと呆れる。蝶は消えちゃったよ。俺も食べてない」


心底見下したような目で、呆れたように言うバク。

蝶……掴んだところまでは覚えてるけど。

 

「えーと、あたし、どうなったの?」


胸のどきどきが止まらない。

不安とか、緊張とか、いろんなもののせいで。

バクはあたしの隣にしゃがんでいたけれどすっと立ち上がって、両手を組みながらこう言った。


「おめでとう、晴れて君は『貘』の仲間入りです。俺も『貘』から戻れないまま」

「っそ……!?」

「全く、こうなるんだったら普通に俺に食わせてくれればよかったのに」


と言って、バクは苦い顔をする。

それからまた諦めたようにふうっと息を吐いた。


「まー、諦めるんだね。次の『貘』の素質を持つ者の心を食べるまで、『貘』のしがらみからは解放されないよ」

「人の心を食べていかないといけない、ってやつ……?」


よくわからない世界に足を突っ込んでしまった……。

少しだけ気落ちしたあたしと対照的に、バクはにいっと笑うのだった。

 

「ううん、食べる意味があるのは『貘』の素質のある者の心だけ。普段食べるのは悪夢……『夢』であって『心』ではないよ」

「それじゃあ、いっぱい人を殺さないといけないってわけじゃ……ないの?」

「うん。まぁ、死にたくなるほど嫌な夢をいっぱい一緒に見なきゃいけないんだけどね」


それはそれで嫌だけど……殺さなくても済むんだったらそれでいい。

一人でずっと悪夢を見てそれを食べ続けるなんて、気が狂いそうだ。

だけど、一人じゃない。


「……俺と君と、コンビの『貘』なんてきっと初めてだよ」


一人ぼっちの『貘』は、今日から二人になった。

だけども、夢の世界は一人で一つ。

たとえ『貘』の素質を持つ人の夢に入れても――『貘』から解放されるのは一人だけ。


それだったら食べなくてもいい。

寂しい一人旅は終わりを告げた。


一人ぼっちに戻るくらいなら、永遠に『貘』として悪夢を食べながら二人で生きていこう――だなんて。

2010/08/17 完結

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