女×貘
「お姉さん、あたしのこと見えるの?」
「当たり前よ、同じでしょう? 夢に入ることができるのなんて本人か『貘』しかいないのに」
は、って馬鹿にしたように鼻で笑われた。
何なのこの人。
やっぱりムカつく。
「あたし、『貘』じゃないよ。そもそも『貘』って何?」
このお姉さんなら、教えてくれるかもしれない。
こんな嫌な女に聞くなんて癪だけど、他に聞ける人もいない。
そもそもあたしはどうやってバクの夢から出たらいいんだ。
バクが夢から醒めたら、あたしはどこに行くんだ。
色んな不安も隣合わせだったけど、まず一番分からないことをはっきりさせたかった。
お姉さんは目をぱちくりさせて、本気で驚いているようだった。
それから呆れたように片手に腰を手を当てて、大げさにため息をつく。
「ふーん……イレギュラーか。いいわ、教えてあげる」
長い髪をばさりと右手で払うと、強気そうな目をあたしに向けた。
「『貘』っていうのはね、基本的には悪夢を食べていくんだけど……人の心を食べるモンスターよ。心を食われた人が次の『貘』になって、元の『貘』は人間に戻れる……その繰り返しを永遠に続けているの」
「つまり、お姉さんは人間に戻る為に、バ……さっきの男の子の心を食べに来たってこと?」
色々合点がいった気がする。
それじゃあバクは、このお姉さんに食べられたんだ。
そして次の『貘』になってしまったから、あたしの夢を食べに来た――。
お姉さんはうっとりしながら答える。
「そう。あの子は『貘』の素質があるから、やっと戻れるわ。ただ心を食べればいいってもんじゃないの。『貘』の素質のある人間の心を食べれば、ようやく戻ることができる」
「『貘』の素質って?」
「まず『貘』の姿が見えたらいいらしいわ。私も食われたとき、『貘』と会ったもの。そして騙されて心の鍵を開けさせられて、食われてしまった」
この人も、誰かに心を食べられたんだ……。
同じパターンだ。
やっぱり、バクも自分がされたことと同じように、あたしの心を食べようとした――。
「もう一人で色んな人の夢を旅するのはうんざり。やっと戻れる……」
そう言ってお姉さんはくるりと体ごと横を向くと、見えない神様が目の前にいるかのように両手を広げた。
ぱたぱたと、かすかな羽ばたきの音。
お姉さんの両手に吸い込まれるように、淡く優しい金色の光を放つ小鳥が飛んでくる。
「あら……この子の心は鳥なのね」
そして小鳥はそのままお姉さんの指にちょこんととまった。
確か、バクも似たようなことをやっていたはずだ。
どうやら『貘』には、対象の心の核を引き寄せる力でもあるみたい。
そうじゃないあたしに、心の核を捕まえるのはきっと難しい。
それでも――きっと、あの小鳥はあたしが捕まえなきゃいけない。
じゃないと、あたしは助からない。
そんな気がした。
「ごめん、お姉さん! それあたしにちょうだいっ……!」
不意打ちを狙って、小鳥に手を伸ばした。
しかし驚いたお姉さんの手からすぐさま羽ばたいて飛び立ってしまう。
だめ、諦めない!
飛んでいった鳥を掴むように、あたしは強く地面を蹴って、跳んだ。
ところが、あたしの手はわずかに小鳥まで届かなかった。
あれだけ自由に走れたあたしも、さすがに飛ぶ事まではできないみたい。
どんなに祈っても念じても、飛び方を知らない体は小屋の中をまっ逆さまに落ちていく。
ああ――あたし、このままじゃ死んじゃうのかな。
夢の中で転落死ってどうよ?
いや、それって死ぬの?
ってかいつまで落ちるの?
この小屋、地下のどこまで伸びてるわけ?
バクはどのへんにいる?
一番下には本当に『なにか』あるの?
わからない、わからない、わからない――。
そして視界がじわりと白くぼやけて溶けて、あたしの意識は途絶えた。