森×色
……バクだ。
服装こそ違うものの、華奢で長身な体躯といい長めの前髪といい、あれはバクにしか見えない。
極彩色の景色のなかで、白っぽい服装――入院着? のバクはそこだけ塗り忘れた塗り絵みたいに浮いて見える。
これってもしかして、バクの夢の中……?
バクは少し俯き加減のまま、森を歩いていた。
あたしには、気がついていないみたい。
「バク!」
あたしは彼を呼んでいた。
危ないかも、なんて思わなかった。
だけど、反応はない。
もしかして、聞こえてない?
他の人の夢の中だから?
仕方ないから、後ろからこっそりついていくことにした。
バクの夢もおんなじだ。
木の生えていない、真っ黒でつまんない地面が伸びてる。
その一本道を導かれるように、進んでいた。
しばらく歩いたところで、木々と同じ極彩色でひどく見づらいものの小屋が見えてきたのがわかった。
これもあたしの夢とおんなじだ。
きっと、あの中にバクの『心の核』があるんだろう。
あたしが先回りして、それを捕まえてしまえばいいのかな?
声が聞こえていないのなら、姿だって見えないんじゃないか。
思い切って、茂みの中から、バクの歩いている道に出てみた。
バクからの反応は無い。
目の前に立っても、隣を歩いても、まるで私を居ないもののように、なんの反応もしない。
――これなら、いける。
あたしは走りだした。
歩いているバクより先に、小屋にたどり着くために。
そして心の核を奪ってしまえばいい。
本当にその行動が正しいのかどうかはわからない。
だけどあたしは、そうしなきゃいけないって思ったんだ。
疲れを知らない夢の中で、全力疾走した。
体が羽根のように軽くて、一歩進むたびに何メートルも進んでる錯覚に陥る。
いや、錯覚じゃないかもしれない。
わからない。
でも、確実な事が一つ。
あたしは、小屋にたどり着いたってこと。
極彩色の木の幹……丸太を組み合わせた小屋だった。
だけども、やっぱりドアがない。
窓もない。
どこから入ったらいいのか分からなかった。
そういえば、あたしの夢で塔に入るとき。
『鍵』を開けたのはあたしだった。
ここがバクの夢ならば……バクに鍵を開けてもらわないと、小屋には入れない?
そう気付いたあたしは、来た道を引き返していた。
バクと同じペースで進むしかない。
バクの所まで戻ったところで、あたしは信じられないものを見た。
「……『貘』?」
「そう。夢を食べる伝説の生き物よ。私は君の夢を食べにきたの」
バクが、女性と話していた。
身長はバクより少し低いけど、大人っぽくて余裕のある声色。
栗色の髪は長くて、背中まで伸びている。
あたしからだと後ろ姿しか見えないから顔は分からない。
おかしいのが、バクが言っていたのと全く同じことを、あのお姉さんが言っていること。
しかもそれを、まるで初めて聞くことのように、バクが怪訝そうな顔をしながら聞いてるんだ。
「俺の夢なんか食べてどうするの? 俺は、そこまで行ったらいつも夢から醒めてしまう。面白くもなんともないよ」
無表情で淡々と、さもつまらないことのようにバクが言う。
それを聞いたお姉さんは、肩を震わせた。
笑ってるんだ。
「それでもいいのよ。あなたの夢は美味しそう。私にはわかるの」
それからお姉さんはバクに歩み寄り、くるりと振り返ってあたしを指さした。
「行きましょう? あの小屋へ」
正確には、あたしよりも向こう側の小屋を。
振りかえったお姉さんは、口角を上げてにいっと笑っていた。
嫌な女。
直観的にそう思う。
あんな嫌な、真っ黒い笑顔を浮かべるなんて嫌な女に決まってる。
バクは、お姉さんと並んで歩きだした。
そして、いつも夢から醒めるというラインを――超える。
ひどく驚いた顔をするバクを、お姉さんが笑った。
そのまま二人で小屋を目指して歩きだす。
ここまであたしと全くおんなじだ。
どういうことなの?
バクも、同じように誰か他の『貘』に会ったの?
あたしの夢の中の出来事と、バクの夢の中の出来事が混ざって、配役が変わっただけ……?
それならあのお姉さんは、誰?
誰も答えてくれない疑問。
その答えはきっとあの小屋にあるんだ。
あたしは歩く二人の後ろからちょこちょことついていった。
バクが鍵を開けたら、一緒に小屋に入る為に。
途中でバクが夢から醒めたらどうしよう……と思ったけれど、それは杞憂で済んだ。
バクと、お姉さんと、あたしは、小屋の前にたどり着く。
「この小屋……入る場所が、ないよ」
「そうね。だったら作りましょう?」
お姉さんは不敵に笑って、小屋の外壁に触った。
極彩色の丸太に、お姉さんの白い手が映える。
それに倣ってバクが恐る恐る丸太に触れた。
すると、音もなく丸太が切れてゆき、がらがらと崩れ去り、そして……人が通れるだけの四角い穴があく。
「開いたわね。ああ、この小屋は地下に伸びているみたい」
お姉さんが先頭で小屋に入り、それにバクが続いた。最後にあたし。
あたしの夢の塔とは逆で、地下に向かってどこまでも伸びる螺旋階段。
下を見ると落ちそうで気が遠くなる。
だけども、光がどこから入っているのかわからないのに明るいってことと、内側まで極彩色だってところは、あたしの塔とおんなじだった。
「私が案内できるのはここまで。ここで夢を食べているから、あなたは階段を下りて答えを探してらっしゃい」
――答え?
答えは、階段の向こうにあるの……?
蝶はどこだろう。
いや、蝶じゃないかもしれない。
だけど、バクの心の核がこの中のどこかにあるはずなんだ。
もしバクと同じなら、お姉さんはそれを狙っているはず。
だけど、階段の向こうにも何があるのかも気になる。
バクは頷いて、階段を降りていった。
あたしは……どうしよう。
そう思った矢先に、お姉さんがあたしにつかつかと歩み寄ってきた。
……嘘。
お姉さんにはあたしが分かるの?
「驚いた……まさか他の『貘』がいたなんて。私一人かと思っていたわ」