塔×蝶
それは、今まで黒いものが生えていなかった『道』を塞ぐようにして建っている。
やっぱり、ここを目指して正解だったんだ。
道の行き着いた、先。
遠くから見ていても黒かった塔は、近付いてもやっぱり黒かった。
艶もなくて、ただただ真っ黒で、見ていると目がおかしくなりそうなくらいに黒い。
影がそのまま空に伸びているような、不思議な塔。
「入り口、ないね。向こう側かな」
塔に、入れそうな所なんて見当たらなかった。
ぐるりと周りを歩いてみて探すしかないだろう。
ところが、バクに止められた。
「その必要はないよ」
振りかえったあたしは、今度はバクが指差した先を見た。
彼は、塔を指さしている。
真っ黒い壁の、何もないところ。
「扉は作るのさ。君が鍵を持っているから」
それから塔に歩み寄って、すっと手を当てながら微笑んだ。
「触ってごらん。きっと扉は開く」
半信半疑で、そっと塔に手を触れてみる。
すると、薄いゴムの膜を引っ張ったように、地面からあたしの頭のちょっと上くらいまで、楕円形の穴があいた。
「これで、入れるね」
そう言ってバクはにっこりと笑う。
どうして、よそから来たくせにあたしの夢の事をあたしよりも分かってるんだろう。
塔の中は、黒かった。
床も壁も一面真っ黒で、艶のない影みたいな変な感じ。
だけど、暗くはない。
一応『光』は入ってるみたいだ。
どこまでも真っ直ぐ上に伸びているし、もしかしたら天井が存在しないのかもしれない。
それとも、光なんてどこからも入ってないのかもしれない。
だけどもそんなのどっちでもよかった。
壁の内側に沿うように、階段がある。
螺旋状に伸びたそれはどこまでも続いていて、上を見上げたって全然分からない。
「これ……登るの?」
「いや、上を目指す必要はないんだ。答えはここの中を飛んでるよ」
飛んでる?
あたしがバクのその言葉の意味を理解できずに首を傾げると、彼はすっと空中を指さした。
その先に、確かに『飛んでいた』。
この世界にはないと思っていた光と色を溢れさせた、虹色の蝶。
鱗粉がまるで光の粒のように、周りにはじけて消える。
不規則に飛びまわり、上へいったかと思えば私達の近くまで降りてきたり。
「あれ……食べるの?」
「うん。といっても文字通り口に入れるわけじゃないけどね」
なんだ、てっきりあれを食べちゃうのかと思ってびっくりした。
「綺麗……」
虹色の蝶は、モノクロの世界の中でそこだけ別物みたいに輝いていた。
どうして、あれだけこんなに違うんだろう?
色のあったバクは、よそから来たって言っていたからそのせいだと思う。
でもあの蝶は、あたしの夢の一部なんでしょう?
夢の世界の色と光をすべて奪って、あの蝶だけで独り占めでもしてるのかな。
「あんなに綺麗な蝶、見たことない。欲しくなる気持ちもわかるな」
「そりゃあ夢の中だしね。それに俺もあの蝶を見たのは今が初めてだよ。でも、『ここにある』ってことは分かってたから」
バクは相変わらずよく分からないことを言う。
それからバクは黙って左手を伸ばすと、操られたかのように虹色の蝶はそこにとまった。
「綺麗なのも当然だよ。これは邪念のない、本人ですら自覚がない心の深く深く……綺麗な心の結晶だから」
「……心?」
「そう、平たく言えば君の核のようなものかな」
にっこりとあたしに笑いかけながら、バクは言う。
違う。
なにかが、違う。
顔は笑っているのに、なんだか冷たい。
「そんな、あたしはこっちにいるじゃない」
「それは君の『表面』だよ。君だってこの塔を無意識で目指してたでしょ? 表面と核は、無意識で惹かれあうんだ」
「核、って。でも、それ……食べるんでしょ?」
「そうだね。そしたら、壊れちゃうよね」
バクはまた、くつくつと笑った。
ずっとずっと、笑ってる。
「だめだよ、そんなの困るっ! わけわかんない……食べないで」
あたしがそう言うと、バクは蝶をふっと逃がした。
だけども蝶はくるくるとバクの周りを飛んでいる。
どうして?
あたしはこんなにもやめてほしいって思ってるのに。
あたしの核なら、逃げてよ。
「ひとつヒントをあげよう」
歌うように、バクが話しだす。
つかつかとあたしに歩み寄ってくるから、つい、後ずさった。
「これを食べたって君は死なないよ。俺と同じ存在として生きていける」
「どういう……意味」
ついに背中は壁につく。
バクはあたしの目の前に立って、にっこり笑う。
「そのまんま、だよ?」
そしてまたすっと手を、今度はあたしに差しだした。
そこに、虹色の蝶がぴたりととまる。
バクに食べられたくないあたしの意思に反して。
次の瞬間、あたしは無意識で動き出していた。
「――っ!?」
全力で、バクを突き飛ばした。
衝撃で蝶が逃げていく。
あんたなんかに、あたしの心を喰われてたまるものか。
突き飛ばしたまま、あたしはバクを押し倒すように倒れ込んだ。
そのまま辺りが真っ白に溶けていく。
ここで、醒めるのか――。
無意識にぎゅっと目をつむって、次に開いたとき。
そこで目にしたのは、あたしの部屋じゃなかった。
絵の具の全色をぶちまけてぐちゃぐちゃに混ぜたような、気持ち悪い色をした森。
極彩色の木々が鬱蒼と茂っていて、目がちかちかする。
……どこ? ここ。
きょろきょろと辺りを見回してみて、そこでふと、見つけた。