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  作者: 梶島
『貘』
2/19

夢×彼

結局彼と一緒に歩くことになった。

初めて見る景色。

それはやっぱり白と黒のつまんないもので、だけど見たことのない、デジャヴもない景色。


「ねぇ、どうしてあなただけ色がついてるの?」

「色? ……あぁ」


唐突に浴びせ掛けた質問に彼は目を丸くしたが、すぐに理解したようだった。


「俺はよそ者だから、ね」

「どういう意味?」

「君の夢の本来の登場人物ではないってこと」


にこにこと笑いながら答えてくれた。

なにがおかしいの? 変な人。


「それだったら、どこから来たの?」

「ねぇ。貘って……分かる?」


バク?

知らない。

質問したのはあたしなのに質問で返された。

ちゃんと答えてよ。

夢の中でまで不愉快にさせないで。


露骨に不機嫌そうな顔をしてやったって、彼は貼り付けたような微笑を絶やさなかった。


「夢を食べる伝説の動物だよ。俺も君の夢を食べに来た」

「あっそ。じゃあ、あなたはその『バク』ってことでいいの?」

「近いものかな」


つっけんどんに言ってやったって、彼はやっぱり目を細めて薄く笑う。


「バクは、どうしてあの塔を目指すの?」


隣を歩く彼に聞いた。

しかし、答えてくれなかった。

やっぱり背が高くて……フードを被っているせいもあって、こっちを向いてくれていないと表情がよく解らない。


「バクは、あの塔になにがあるか知ってるの?」


重ねて問い掛けた。

塔には、今までにないくらい近づくことができている。

細い黒い線のようにしか見えたことがなかったのに、だんだん太く、よく見えるようになった。


艶も起伏もないつるつるの塔。

入り口は見当たらないが、そんなの辿りついてからだって探せる。

この調子ならば、本当に辿りつくことができるだろう。

それはバクの存在のおかげだ、となんとなく思えたんだ。


しかし彼は言葉を閉ざしたまま。

無視されているのかと諦めてため息をついたとき、バクが口を開く。


「あそこに、俺の探しものがあるんだ」

「……探しもの? 夢を食べるんじゃなかったの?」

「食べたい夢があそこにあるからね」


へぇ……選り好みするんだね。

人の夢に勝手に入ってきたくせに、贅沢者。

だけど、夢の続きを見せてくれたから……許す。


「バクがあたしの夢を食べたら、もうこの夢は見なくなるのかな」


食べたらなくなっちゃうよね。

こんなつまんない夢、見たって嬉しくないし。

夢を夢だと分かりながら見ることほど、冷めるものはない。

バクはまたくすくすと笑った。


「さあ? だけど、また最低でももう一度は見ることになりそうだ」

「……え?」

「今日は、ここまで」


立ち止まってバクに向き直った途端、辺りがぶわっと真っ白になった。

どこまでも白く染め上げて、空に吸い込まれていく。


あぁ、知ってる。

夢から醒めるんだ。



いつもの朝、あたしの部屋。

世界を切り替えた犯人である目覚まし時計を、握った拳で思い切り叩く。

ちょっとだけ嫌な音がして、そのアラームは止まった。


なによ、もう。

せっかく夢の続きに進めたのに。

目が醒めたらまた最初からやり直し。

もう一度……バクには会えるだろうか?


その日の夜、眠りに落ちたあたしはまた夢を見た。

白と黒の世界。だけど――。


「違う……」


いつものスタートラインじゃ、ない。


分かる。

あたしは知ってる。

ここ、昨日バクと別れたところ……目が醒めた場所だ。

夢の続きを見られてるんだ!


「やあ、こんにちは。それよりおやすみ……かな?」


低く艶のある声。

振り向いたそこにいたのは、細身で長身のシルエット。

バクだ。


「塔、目指そう。早く行きたいの」

「焦らなくても塔は逃げないよ。俺がこの夢に来る限り、君は夢の続きを歩けるんだからね」


やっぱり、先に進めたのも続きから見られたのもバクのおかげなんだ。

バクだってあの塔に行きたいって言ってた。

なら、塔に着くまであたしの夢に出てきてくれる。

夢を食べてくれたら、きっとこのつまんない夢は終わる。

バクが、あたしの夢を変えてくれる。


「ねぇ、あたしが起きてる間、バクはどこにいるの?」

「さぁ?」


おどけたように肩を竦めるバク。

あたしの夢の住人じゃないのなら、夢が途絶えたときに彼はどうなるんだろう?


「俺にも分からないよ。ただ、君が眠りに落ちると扉が現れる」

「扉?」

「夢を見始めると、鍵が開く」

「そこから、あたしの夢に入ってくるってわけ?」


どうやら、あたしが夢を見ていない間は夢の『外側』にいるらしい。

バクはまた、金色の瞳を細めてふっと笑った。


「そう。だから俺は、君と一緒に夢を見るんだ」

「それじゃ、あたしを置いていったりはしないわけだね」


安心した。

あたしの夢は、きちんとバクが壊してくれる。

早く塔に行こう。

あたしの夢を終わらせるために。


「それにしても……色んな人の夢を食べてきたけど、世界の主と話したのは初めてだ」


あたしの顔を見てにこりと笑いながら、バクが言った。

世界の主?

あぁ、そうか。

ここはあたしの夢の中だから、あたしが主なんだ。


「いつもはひっそり食べちゃってるってこと?」

「そうなるね」


悪びれなく笑う彼は、どこか楽しそうだった。

もしかしなくても、ずっと一人ぼっちだったのかな。

一人で、色んな人の夢を渡り歩いてきたんだろうか。



夢の中で一人ぼっちだったのはあたしもだ。

なんだか、おかしいな。


「どうして笑うの?」

「さぁ? バクが笑うからじゃないの」


でも今は一人ぼっちじゃない。

あたしの隣にはバクがいる。

一緒に塔を目指してくれていて、そして――。


ついに待ち侘びていた瞬間が訪れる。

塔に辿りついたんだ。

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