夢×彼
結局彼と一緒に歩くことになった。
初めて見る景色。
それはやっぱり白と黒のつまんないもので、だけど見たことのない、デジャヴもない景色。
「ねぇ、どうしてあなただけ色がついてるの?」
「色? ……あぁ」
唐突に浴びせ掛けた質問に彼は目を丸くしたが、すぐに理解したようだった。
「俺はよそ者だから、ね」
「どういう意味?」
「君の夢の本来の登場人物ではないってこと」
にこにこと笑いながら答えてくれた。
なにがおかしいの? 変な人。
「それだったら、どこから来たの?」
「ねぇ。貘って……分かる?」
バク?
知らない。
質問したのはあたしなのに質問で返された。
ちゃんと答えてよ。
夢の中でまで不愉快にさせないで。
露骨に不機嫌そうな顔をしてやったって、彼は貼り付けたような微笑を絶やさなかった。
「夢を食べる伝説の動物だよ。俺も君の夢を食べに来た」
「あっそ。じゃあ、あなたはその『バク』ってことでいいの?」
「近いものかな」
つっけんどんに言ってやったって、彼はやっぱり目を細めて薄く笑う。
「バクは、どうしてあの塔を目指すの?」
隣を歩く彼に聞いた。
しかし、答えてくれなかった。
やっぱり背が高くて……フードを被っているせいもあって、こっちを向いてくれていないと表情がよく解らない。
「バクは、あの塔になにがあるか知ってるの?」
重ねて問い掛けた。
塔には、今までにないくらい近づくことができている。
細い黒い線のようにしか見えたことがなかったのに、だんだん太く、よく見えるようになった。
艶も起伏もないつるつるの塔。
入り口は見当たらないが、そんなの辿りついてからだって探せる。
この調子ならば、本当に辿りつくことができるだろう。
それはバクの存在のおかげだ、となんとなく思えたんだ。
しかし彼は言葉を閉ざしたまま。
無視されているのかと諦めてため息をついたとき、バクが口を開く。
「あそこに、俺の探しものがあるんだ」
「……探しもの? 夢を食べるんじゃなかったの?」
「食べたい夢があそこにあるからね」
へぇ……選り好みするんだね。
人の夢に勝手に入ってきたくせに、贅沢者。
だけど、夢の続きを見せてくれたから……許す。
「バクがあたしの夢を食べたら、もうこの夢は見なくなるのかな」
食べたらなくなっちゃうよね。
こんなつまんない夢、見たって嬉しくないし。
夢を夢だと分かりながら見ることほど、冷めるものはない。
バクはまたくすくすと笑った。
「さあ? だけど、また最低でももう一度は見ることになりそうだ」
「……え?」
「今日は、ここまで」
立ち止まってバクに向き直った途端、辺りがぶわっと真っ白になった。
どこまでも白く染め上げて、空に吸い込まれていく。
あぁ、知ってる。
夢から醒めるんだ。
いつもの朝、あたしの部屋。
世界を切り替えた犯人である目覚まし時計を、握った拳で思い切り叩く。
ちょっとだけ嫌な音がして、そのアラームは止まった。
なによ、もう。
せっかく夢の続きに進めたのに。
目が醒めたらまた最初からやり直し。
もう一度……バクには会えるだろうか?
その日の夜、眠りに落ちたあたしはまた夢を見た。
白と黒の世界。だけど――。
「違う……」
いつものスタートラインじゃ、ない。
分かる。
あたしは知ってる。
ここ、昨日バクと別れたところ……目が醒めた場所だ。
夢の続きを見られてるんだ!
「やあ、こんにちは。それよりおやすみ……かな?」
低く艶のある声。
振り向いたそこにいたのは、細身で長身のシルエット。
バクだ。
「塔、目指そう。早く行きたいの」
「焦らなくても塔は逃げないよ。俺がこの夢に来る限り、君は夢の続きを歩けるんだからね」
やっぱり、先に進めたのも続きから見られたのもバクのおかげなんだ。
バクだってあの塔に行きたいって言ってた。
なら、塔に着くまであたしの夢に出てきてくれる。
夢を食べてくれたら、きっとこのつまんない夢は終わる。
バクが、あたしの夢を変えてくれる。
「ねぇ、あたしが起きてる間、バクはどこにいるの?」
「さぁ?」
おどけたように肩を竦めるバク。
あたしの夢の住人じゃないのなら、夢が途絶えたときに彼はどうなるんだろう?
「俺にも分からないよ。ただ、君が眠りに落ちると扉が現れる」
「扉?」
「夢を見始めると、鍵が開く」
「そこから、あたしの夢に入ってくるってわけ?」
どうやら、あたしが夢を見ていない間は夢の『外側』にいるらしい。
バクはまた、金色の瞳を細めてふっと笑った。
「そう。だから俺は、君と一緒に夢を見るんだ」
「それじゃ、あたしを置いていったりはしないわけだね」
安心した。
あたしの夢は、きちんとバクが壊してくれる。
早く塔に行こう。
あたしの夢を終わらせるために。
「それにしても……色んな人の夢を食べてきたけど、世界の主と話したのは初めてだ」
あたしの顔を見てにこりと笑いながら、バクが言った。
世界の主?
あぁ、そうか。
ここはあたしの夢の中だから、あたしが主なんだ。
「いつもはひっそり食べちゃってるってこと?」
「そうなるね」
悪びれなく笑う彼は、どこか楽しそうだった。
もしかしなくても、ずっと一人ぼっちだったのかな。
一人で、色んな人の夢を渡り歩いてきたんだろうか。
夢の中で一人ぼっちだったのはあたしもだ。
なんだか、おかしいな。
「どうして笑うの?」
「さぁ? バクが笑うからじゃないの」
でも今は一人ぼっちじゃない。
あたしの隣にはバクがいる。
一緒に塔を目指してくれていて、そして――。
ついに待ち侘びていた瞬間が訪れる。
塔に辿りついたんだ。