エピローグ
「ただいまー」
あたしは台所にいるであろうお母さんに聞こえそうな声量でそう言った。
今日から高校1年生だったのだ。
本当だったら高校2年生なんだけど、一昨年の一年間は原因不明の病気で昏睡状態だったから、中学3年生の一年間学校には行けてなかったんだ。
だから、去年は中学3年生として一年を過ごした。
一年も眠っていたから、お父さんもお母さんも、ダメかもしれないって思ってたみたい。
でも、あたしはこうして目を覚ました。
眠っていたときのことは何も覚えてない。
いつも通りベッドに潜り込んで寝ただけなのに、起きたら一年近く経ってたからすごくびっくりした。
寝ていたせいで筋力が随分と衰えてしまったから、少しだけリハビリも必要だった。
体育の授業はしばらく見送りになってたけど、それもやがてできるようになって、今ではほとんど眠る前と変わらない生活ができている。
高校は当たり前だけど知らない人がいっぱいで、うっかり一年ダブってることも話しちゃったんだけど、幸いにも、ひとつ年上のあたしを疎む子はいなかった。
これなら一年間がんばれそうだ。
早く馴染んで友達をいっぱい作りたいな。
でも、無理はしちゃいけないって言われてる。
なんでも原因のわからない病気だったから、また再発する可能性があるかもしれないんだって。
そんなことないとは思うけど、高校の始業式で疲れたのも事実だった。
ご飯を食べて、お風呂に入って、すぐにベッドに潜り込む。
始業式だから、まだ授業もなければ課題も出てないしね。
その日、あたしは不思議な夢を見た。
辺りは真っ暗で、それなのにあちこちに扉が浮かんでいる。
光もないのにどうして扉が見えるんだろう。
別に扉が光っているわけでもないのに、不思議だな、と思った。
そんな不思議なところを彷徨っていると、誰かが立っているのが見えた。
誰だろうと思って近寄っていくと、深緑のパーカーを羽織ってフードまで被った男の人みたいだった。
後ろ姿で、顔は見えない。
細身の黒いパンツにすらっと長い足。
スタイルの良い人だなぁ、なんて思ってたら、その人が振り向いた。
癖のある髪は男の人にしては長めで、前髪の隙間から目が覗いているような状態。
驚いたのが、その人の目が金色に光っていたこと。
日本人じゃないのかも、って思ったあたしは何も言えなかった。
でも、向こうから話しかけてきたんだ。
ちょっと目つきのきつい人だったけど、あたしを見るとふっと表情を緩めた。
「……やあ。亜紀」
落ち着いた低いトーンは、どことなく懐かしいような、あったかい感じがした。
年はたぶんあたしよりちょっと上くらい。
年上と接することなんてあんまり無いから、急に名前を呼ばれてドキっとした。
「なんで……あたしの名前知ってるの?」
今思えば、夢の中なんだから知ってても全然不思議じゃないのに、夢の中のあたしは不思議だからそう尋ねちゃった。
パーカーの人はどこか寂しそうな顔をして笑うと、こう言ったんだ。
「ずっと君を待っていたんだよ。……やっと、逢えた」
2014.01.14 完結
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