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  作者: 梶島
Dream of Butterfly
15/19

宛てのない飛行

「っだー、もー!」


額をさすりながらその場にしりもちをつき、少女は痺れを切らしたような声をあげた。

彼女にとって、もう何度目かなんて数えていられないほどの失敗。


「別にいいじゃない。逼迫した状況じゃないから上手くいかないだけかもよ」


そう彼女を宥めたのは、向かいに立つ青年だった。

少女とは頭ひとつぶん以上違う、長身。

僅かに癖のある長い前髪の間から、金色の光を湛えた瞳と、高く通った鼻筋が覗く、端正な顔立ちをしている。

すらりとした体躯を包むのは、落ち着いたシンプルなデザインの深緑のパーカーと、黒いズボン。

いつもならば深く被ったフードによって顔は隠されているのだが、今は目の前に少女しかいないためか、脱いでいた。

パーカーのポケットに手を突っ込みつつ彼女を見降ろして、呆れとも諦めともつかない表情を浮かべている。


少女はむっとした顔で口を尖らせた。

その場から立ち上がらぬまま、青年をじいっと上目づかいに睨みつける。


「なにそれ。バクはどうなの、今できないの?」

「……できるけど」


バク、と呼ばれた青年は僅かに口ごもる。

少女はひときわ不機嫌そうになった顔を見せてから、フォローになってないじゃんまったくもう、と呟いた。

それから立ち上がり、ぽんぽんと尻をはたく。

黒い空間は汚いことも綺麗なことも関係がないのだが、彼女にとっては気分的なものだ。


「あのね、亜紀。俺が言いたいのは……」


青年の落ち着いた低い声が、亜紀と呼ばれた少女に向けられる。


「そう焦らなくたっていいって言ってるんだよ。……ひとりにするつもりもないし」


後半をやや強調するようにしながら、バクは亜紀をまっすぐに見た。

目の前に立つ小柄な少女のことは、自分がしっかり守り抜いてみせるという意思がそこにある。


しかし彼女は納得いかないといった表情で、バクを見上げた。

宥めるような言葉を受け入ることなく撥ねつけるように、不満の色を強く映した瞳で。


「でも、何があるかわからないじゃん。あたしが『貘』として一人でちゃんと動けるようになるに越したことはないと思って」

「……だけど」


反論する亜紀にさらに反駁の手を見せて、バクは腕を組みながら目を細めた。


――『貘』。


それがこのふたりに宛がわれた名前。

この真っ黒な空間にひたすら扉が浮かぶ空間――夢の世界――に『生きて』、人の悪夢を食べる存在。

そして亜紀はまだ貘になりたての新米である。

しかしそれからもうすぐ一年経つために、いつまでもビギナーの顔はしていられないだろうという焦りがあるのだった。

最初は隠れて特訓していた亜紀だったが、やがて相方のアドバイスを乞うほうが効率がいいと思い、ここのところは彼の目の前で行うようにしている。


ひとつ髪をかきあげてから苦い顔をして、バクは亜紀に視線を送る。

それからどこか疲れたような声でこう告げた。


「多少は飛べるし、多少は物も出せるし、多少は核の位置も掴める。もうそれでいいじゃない」


どこか諦めを促すような言葉に聞こえて、亜紀はほんの少しだけ憤る。

何故、彼は自分の自立をあまり喜んでくれないのだろうか、と。

そしてそれが、もしかしたら筋の悪い自分に呆れているからなのではないかという不安も、なんとなく自覚している。


「多少じゃ良くないっ! だってバクってばあたしを掴んで飛ぶとかそういうことはしてくれるけど、一緒に瞬間移動はできなかったでしょ?」


『貘』には、夢を食べる以外にも色々な力が備わっている。

飛ぶ、物を自由に出す、瞬間移動。

亜紀にもある程度はできるのだが、瞬間移動はどうしてもほとんど出来ない。


狙った所に出られないし、たいした距離も飛べない。

飛んだ先に天地がひっくり返った状態で出たこともあった。

そして今はそれを特訓しているところというわけだ。

ちなみにさっきは頭から落ち、したたかに額を打つ羽目となった。


「よほどのことがなければ必要ないでしょ。夢の中じゃ死なないんだからさ、死ぬほど痛いってだけで」

「……でも、そのせいで」


亜紀が本気を出して特訓しようと思ったのには、きっかけがある。

一人でこそこそやるよりも、バクにちゃんと見てもらった方がいいと考えるようになったきっかけと言う方が正しいかもしれない。


ろくに動けない亜紀を庇って、バクが大怪我をしたからだ。

怪我といっても夢の中の話で、大怪我も数十分で完治した。

しかし亜紀の中で強く渦巻いたのは、『自分のせいでバクが痛い想いをした』という罪悪感。

自分の力が至らなかったせいで誰かを傷つけてしまったことを、軽く捉えられるほど亜紀は冷たくなれなかった。


――あたしが『避けて』いれば、バクが怪我をすることはなかったのに、と。


バクは少し不思議そうな顔をした。


「まだ気にしてるの? あれは俺のミスだからいいんだよ」


本当になんでもないことのように言ってのけた彼の言葉は嘘ではない。

彼自身、まだ貘になりたてだった頃は散々痛い思いをしたし、どうしたらそうならなくて済むのか掴むまでにそれなりの時間を要したのだ。

誰にも頼れない、孤独な時間。

全て自己責任となり、痛みも苦しみも一人で抱えなくてはならなかった頃。

それを経験し乗り越えたバクにとっては本当に大したことがなかったのだが、亜紀はそれを知らないために、いまだ現実の感覚に囚われている。


「だからなんでそうなるの!? びびったあたしが立ちすくんだから……」

「銃弾だと思わなければ銃弾にはならなかった。だけどそう『認識』してしまったせいで弾を浴びちゃった、それだけ。俺の気持ちの問題」


貘の、というよりは夢の世界にあるルールのひとつ。

雨も、海も、銃弾も、恐竜も。

『そうである』と認識しなければ『そうならない』。

だからたとえ土砂降りの雨の中だろうが海の中だろうが戦争中だろうがなんだろうが、そうであるという認識さえ持たなければ、夢の中で起きている現象の干渉は受けないのだ。

これはただの夢、どうなろうと痛くも痒くもない、という気持ちを貫ければ問題ない。


しかし、亜紀は惑わされてしまったのだ。

向けられた銃口に思わず身を固め、このままでは撃たれてしまう……というところで、バクが亜紀の目の前に飛び出して庇った。

その一瞬の出来事が、亜紀の中で拭いようのない罪としていつまでも自分自身をちくちくと責めたて続けている。

『あたしが撃たれる』と認識したから、バクも銃と銃弾をそれと認識してしまった。

あたしがビビらなければ、バクだって庇う必要もなかったし、撃たれて痛い想いをする必要もなかったはず。


全部あたしのせいだ。

あたしがしっかりしていれば、バクは痛い思いをすることもなかった――。


今の亜紀を駆り立てるのは、罪悪感と焦りばかり。

少しずつでも貘としての力と、夢の中の常識に慣れる心と強さを持って……バクの足を引っ張らないようになりたかった。

それが全て空回りになってしまうことが、余計に彼女を焦らせる。

 

「……そう気に病まなくても。年季が違うんだから」

「でも、あたしだってもうすぐ一年経つのに……」


貘になってすぐの頃、亜紀はバクに『貘』になったばかりの頃のことを聞いた。

そのとき、彼は数ヶ月程度でこういった力の使い方をほぼマスターしたと言っていたのだ。


誰にも頼れない孤独。

バクは強くならざるを得なかった。


亜紀の中で、再び不安と焦りが噴き出していく。

全身を苛む、嫌な感覚。

煙のようにまとわりついて、苦しい。


なんでだろう。

あたしは貘として落ちこぼれなのかな……?

バクは誰にも教わらないで、数ヶ月でうまくいったのに、あたしはもう一年経ってる。

落ちこぼれならばそれこそ努力でカバーしなくてはならない。

今のあたしは役に立たないどころか、彼の足を引っ張っているお荷物にしかなれていないんだから。

そういった彼女の葛藤をなんとなく見抜いた青年は、ひとつ小さなため息をつくと、諭すような声をかける。


「またそうやって凹む……別にいいんだってば。無理しないでちょっとずつ慣れていったらいいだけの話でしょ。焦るほうがうまくいかないよ。だから、ね?」


まるで子供をあやすような、優しい声色だった。

普段は口数も少ないし、たまに口を開けば嫌味やら意地悪な言葉が飛び出してくることが多いというのに。

彼がこういった声を出す時は、心から訴えかけているのだということを、亜紀はこの一年でわかっていた。

本気で自分のことを想っているからこそ、急がなくていいと言ってくれているのだということも。


「……うん」


いつもの仏頂面ではなく微かな笑みを浮かべたその顔をじいっと見つめ、渋々ながら亜紀は頷く。

あたしは、バクに迷惑ばっかりかけてる。

バクがそれを全部受け入れてくれてるのが、辛い。


――もっとしっかりしたいって思えば思うほど、焦りになってうまくいかない。


と、そこに。


「あぁ、久しぶり! なんだかんだで見失うもんだねぇ」

「……オーレ! わぁ、久しぶり……!」


悪趣味にすら思える虹色のスーツに、白いスラックス。

日本人離れした白い肌、高い鼻梁、さらりと流れた短い金の髪。

透き通る空の色のような瞳を持つ彼の名は『オーレ・ルゲイエ』だ。

貘である亜紀達と同じ、夢の中で『生きる』存在。

オーレというのもその役割としての名前でしかない。

ひとりの人間として宛がわれた名前は、亜紀もバクも知らないままでいた。


「いやあ、一度ちょっと『見失った』んだよね、実は。よかったよかった」


そう言ってオーレはにっこりと笑ってみせる。

担う役割こそ違うものの、一度会って以来、お互いの気配をなんとなく分かっているためそれとなく行動圏を被せてきているのだった。

と言っても、バクとオーレの間でのみの話で、亜紀からオーレの気配を探ることは、まだ出来ない。

そうして再会に喜んでいたオーレは、亜紀を見てふと表情を変える。


「おや、どうしたんだい。おでこが赤いけれど」

「ううん、ちょっとドジっちゃっただけだから大丈夫」

「そうかいそうかい。女の子なんだから、顔は大事にしなくちゃいけないよ?」


おどけた調子で言いながら、亜紀の頭を労わるように撫でた。

実年齢で言えば祖父と大差ない彼のことは、亜紀も全くと言っていいほど警戒していない。

彼女にとっても、いつも朗らかで諧謔に富んだ物言いをするオーレは接しやすい相手だった。


「また『特訓』でもしてたのかな? アキ、せっかく会ったんだから少し休憩していかないかい」


ぱちりとウインクしてみせながら、オーレは左腕にかけていた2本の傘のうち、小さい方――子供用の傘を右手にとって掲げてみせる。

紺色の紳士用傘と、イラストがプリントされた子供用の傘は彼の『仕事道具』だ。


「……うーん、でもね、あたし」

「いいじゃない。行ってきたら」


やんわりと断ろうとした亜紀を、バクの言葉が覆い隠す。

どうして、と疑問を視線で送った彼女に、青年はこう続けた。


「なんでも詰めればいいってもんじゃないよ。特に今の君は焦ってるから、一度それを忘れたほうがいい」

「そう、なのかなぁ……」

「そうだよ。大事なのはオンとオフ。一番効率がいいのは、スイッチの切り替えをうまくやっていくことさ」


渋る様子を見せた亜紀に対し、オーレはバクに加勢する。

それからいくらかの問答の後に、彼女はオーレに従うことを了承したのだった。


「……さて、じゃあちょっと自分は他にやることがあるから、アキは遊んでおいで」


オーレは黒に浮かぶ『扉』の中から一つを選び、それに『傘』を使ってからこう言った。


彼の仕事は『子供の夢を操作すること』であり、いい子には子供用の傘で楽しい夢を、悪い子には紳士用の傘で嫌な夢を見せる。

悪夢ばかり見てきて精神的に疲れがちな『貘』である亜紀にとって、オーレの能力は確実性の高い心の清涼剤だった。


「え? オーレ、行っちゃうの?」

「悪いね。すぐそこの扉からものすごく悪い子の予感がするんだよ」

「……やっぱりオーレも、そういうのわかるんだ」

「いいや、自分の勘だよ。ただのね。いい子だったら楽しい夢に塗り変えた後こっちに戻ってくるから。それじゃ」


それだけ言い残し、オーレは颯爽と別の扉を開けて中に入っていってしまった。

夢に取り残された亜紀は、オーレの振りまいたオレンジの光の粒子がまだあたりにきらきらと散らばっているのを見る。

彼の能力である、『楽しい夢に変える光』だ。

その力は絶大で、特に何の変哲もない夜景が見る間にまたたく星とライトで彩られていく。

まるで宝石をひっくりかえしたような輝きに満ちた、ため息が出そうなほど美しい景色に、亜紀は別の意味でため息をついた。


――オーレはいい子か悪い子か、夢に入るまで分からないって言ってた。

だから一瞬焦りにも似た感情が彼女を襲ってしまったのだ。

『オーレ・ルゲイエ』になってから30年は経っているという彼もまだ、『成長』しているのではないか、と。

扉に入らずとも、判別がつくようになるという『成長』を。


成長しない自分への憤りを一時的でも忘れるために入ったのに、これでは意味が無い。

亜紀はぶんぶんと首を振り、ぱんぱんと頬を叩いて、その思考を追い出した。

ひとまず夜景を飛んで、気分転換をしよう。

広大な宝石箱の中、彼女は身を翻した。





「……あんた、嘘吐くの下手だね」

「悪いね、そっちの方向では器用に振る舞えないんだ」


オーレは、夢に入っていなかった。

扉の浮かぶ空間、いわば夢の入り口が集まるロビーであるこの空間で、バクと対峙している。

バクは亜紀の入った扉が視覚に入る位置に腰を落ち着けていた。

必ずしも地面と垂直ではない『扉』の中には、地面と平行に近いほど傾いているものもあり、彼はそれに座るのが癖なのである。


「で? わざわざ亜紀を遠ざけて、『俺に』なにか用?」

「アキの話だからね。やっぱり彼女は『ダメ』なのかい?」


隠れ聞く人もいるはずがないのに、オーレは抑えた声量をバクに投げかける。

普段よりワントーン低い声色は、彼の真剣さそのものでもあった。

それに対し、バクは僅かに気色ばむ。


「……どういう意味?」

「貘として、だよ。彼女は随分前から特訓に励んでいるような気がする。それこそ、初めて会ったときから」


だというのに、まるで成長がみられない。

バクのように、『貘』としての能力を振るえているようには到底見えない。

オーレが言いたいのは、つまるところそんなことだった。

バクはほんの少し考え込むように視線を逸らし、それから思案顔でこう答える。


「そうだね、俺はただ、性格の問題じゃないかなと思ってたんだけど」

「と、言うと?」

「あれには順応できないんだよ。人間としての常識と貘としての常識のズレに」


認識しなければ撃たれない銃弾。

認識しなければ濡れない雨。

それらは全て彼らの『心の中』でどう処理できるかにかかっている。

しかし亜紀は、元の世界での常識を捨てきることができない。


「『特訓』で額を打っている時点で……アキは確かに、認識の切り替えが上手く出来てない」


首を捻りながら、オーレも押し殺した声で呟く。

そもそも、身体をぶつけたり怪我をしたりすること自体がありえないのだ。

『そうである』という認識さえ捨てれば、どうとでも自由になれる能力を持っているのだから。


現実離れした世界に身を置いておきながら、亜紀は現実へと戻る希望を捨てていない。

彼女が思考をうまく切り変えられないのはおそらくそのせいだろう、とバクは内心毒付いた。


彼は知っているのだ。

自分たちが二度と元の世界に戻れないことを。

 

「でも……本当に、それだけなのかな」

「まどろっこしいね。何が言いたい?」


訝しむオーレに、バクは眉根を寄せる。

隠しもせず尖らせた声を受け流し、オーレは顎に手をやって考えこむような仕草を見せた。


「ずっと、疑問だったんだよ……」


一人ごちるようにこぼされた声を、しかしバクは拾わない。

ただ静寂だけがずっとそこに留まった。

ふと顔を上げたオーレは、扉に腰かけるバクを見上げる。


「バク、自分の瞳をよく見てくれないか」

「は。……男と見つめ合う趣味はないよ」


急に何の冗談だ、と非難しようと思ったが、オーレの表情が真剣なものであることを見て、バクは言う通りに彼の瞳を見つめた。

透き通る青。

ガラス玉のようなそれは、秋の高い空を思わせる色だった。


「我ながら綺麗な空色だろう? ただ、これは自前のものじゃない。君もそうなんじゃないかな? 違うかい?」

「……まあ、そうだけど」


少し語尾を濁らせながら、バクは肯定する。

彼のぎらついた金の瞳は、『貘』になってから変わったものだ。

元々のバクは、日本人らしい黒い瞳の持ち主だったというのに。

オーレはひとつ息をついてから、思い出してみてくれないか、と前置きしてからこう続ける。


「アキの瞳は、金というより琥珀色をしている。アキの瞳と、バクの瞳は……自分が見た限り『違う』んだ」

「俺もちょっと思ってたけど……それが何と関係するの?」


「――簡単な話デス。半端者デスからね、彼女は」


二人の会話に唐突に混ざったのは、鈴を鳴らしたような高いトーンの少女の声。

全く気配を感じられなかった『三人目』に、バクとオーレは警戒の色を強めながら振り返った。

 

「どうも。……彼女は、夢の中デスか」


亜紀よりもさらに低い身長の、モノクロの少女は白い瞳を扉にちらりと向けてから呟く。

喪服めいた黒い和服に身を包み、肌の色は生気を感じられないほど白かった。

頭の高いところでひとつにまとめた白い髪はさらりと背中から腰、ふともものあたりまで流れ、さながら血の通わぬ日本人形のような風貌だ。

腰に提げている、ぎらつく金の装飾の施された刀の鞘を認め、バクは扉の上でにわかに身構える。


「は。誰、あんた」

「ご挨拶デスね。まあいいのデス」


ふふ、と薄く笑って、少女は扉の上から警戒のまなざしを突き刺してくる青年を見上げた。

それからバクに向かって伸ばした手の指先が僅かに光を帯びたかと思うと、それはすぐに小鳥の姿を形作る。

金色の光の粒を纏った小鳥は、少女の指に留まったまま剥製のように微動だにしなかった。

まるで、少女に全てを委ねて身を任せるかのように。


「これに、見覚えは?」

「……っ!」


顔に微笑を貼り付けたまま首を傾げる少女に対し、バクの表情は一瞬で困惑と焦燥に塗りつぶされる。

それを見て満足そうに口角を上げると、彼女はひらりと手を振った。

そのまま小鳥は光の粒子になり、散ってゆく。


金色のカナリア。

それはバクにとって、自分の命と死の象徴のひとつだった。


「ま、そんなところデス。『死神』の、ええと、ノアでいいのデス」

「……死神?」


怪訝な顔でオウム返しに尋ねるオーレに、ノアと名乗った少女は頷いた。


「ええ、アナタ方は『貘』と『オーレ・ルゲイエ』デスね。毎日御苦労さまなのデス」


名乗ってもいないのに正体を見破られたことに、二人は戦慄する。

バク達とオーレが初めて会ったとき、お互いがどんな役割を担っている存在なのか、分からなかった。

彼らの側からなにか言うこともなく見抜いたのは、彼らより高位の存在であると自称する『悪魔』、『サキュバス』だけだったからだ。

『死神』であるという少女もまた自分達より高位の存在らしいということを、認めるしかない。


ノアはまだあどけなさの残る顔に屈託のない微笑を浮かべ、二人を労る。

外見だけ見ればバクとオーレのほうが年上に見えるというのに、彼女の態度は目上の立場からのそれだった。

幼い容姿にそぐわない、死臭にも似た禍々しい何かを感じ、オーレは息を飲む。

態度こそ柔らかいものの、何を考えているのか掴めない。


「ま、ワタシもそこまで意地悪ではないので、彼女の意見は尊重するのデス」


弾んだ声でそう言って、ノアは挿していた刀を鞘ごと抜きとって脇に置きながら、その場に腰を降ろした。


「……ちょっと待って。意味がわからないんだけど。亜紀をどうしようって言うの」


自分のペースで二人を振りまわす奔放なノアにバクが尋ねるが、笑顔で振り返った彼女の答えに、二人は声を失う。




「言いませんでしたか? ワタシは死神デス。彼女の魂を狩りに来る以外に、何の用事が?」

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